第2話 大勝負の作戦に第一特務連隊の面々は

 ・・3・・

 11月26日

 午後3時15分

 東京都立川市・立川基地・日本軍東京西部方面軍前線司令部



 伊丹で今後の日本の命運が分かれる作戦について話され最終確認が行われた翌日。その前線に立つこととなる東部方面攻略軍と東京西部方面攻略軍の指揮官クラスは、ドラゴンによる奇襲以降敵の攻撃が低調化しているとはいえ最前線で戦闘が繰り広げられる中で早速午前中から作戦会議が行われた。当然この場には第一特務連隊の長たる璃佳と副官の熊川は呼ばれていた。

 二人が参加した会議が終わったのは昼過ぎ。彼女はそのまま第一特務連隊の大隊長クラスと戦術分析官の佐渡、そして孝弘達四人を呼集し作戦の概要を伝える事とした。熊川は璃佳の代理として各方面の部隊との調整に回ることとなり、不参加であるが。

 時刻は午後三時過ぎ。孝弘達にせよ、大隊長達にせよ、璃佳が入室した際に感じた雰囲気から「いよいよ大きな動きがあるんだろう」と察していた。今月に入った段階で璃佳がそれとなく匂わせていたからである。

 立川基地内の小会議室。彼等を集めた璃佳は到着し着席してからすぐに口を開いた。


「お前達も何となくは感じていただろうけど、いよいよ本格的な首都奪還作戦が始まるよ」


「おお、遂にか!」


「ドラゴンの奇襲もあった。年末までに東京奪還が目標なら今だろうとは思っていたが」


「やっと東京に戻ってこれるんだね。六条のお嬢様が伝えてくれた件もあるし、早く助けてあげないと」


 川崎、高富、長浜の順にそれぞれが違うことを言ったが表情は明るかった。ようやく首都を取り戻す作戦が明確になったからだ。佐渡も発言はしなかったものの、いつもに比べて表情は明るめだ。彼女が川崎出身というのもあるだろう。いくら家族が無事避難しているとはいえ、故郷を奪われた身。それがもうすぐ戻ってくるとなれば当然の心境だった。


「東京を奪還出来れば道筋も明るくなる。首都を奪い返せたという実績はなんとしても必要だからな」


「ええ。いつまでも東京が神聖帝国の手に落ちたままなんて看過できないもの。長浜少佐が言うように捕らえられた人達もいるし」


「東京都心まであと少しまで来たんだ。ここでやらなきゃいつやるってな」


「ドラゴンの奇襲があった辺り、神聖帝国も焦りがあるのかも。ドラゴンは今のところ観測出来る範囲では向こうにとって貴重な航空戦力。これを叩いた今なら、さらなる追撃で一気に首都奪還に動くのは適切だもんね」


 孝弘、水帆、大輝、知花の順に言う。出身が東海地方で直接の関わりはあまりないものの、旅行等で何度か訪れた機会のある孝弘達も似たような反応をしていた。

 璃佳は彼等の反応を見ながら少し間を置いて、話を続けた。


「この場にいる全員が知っての通り、東京都心はもう目の前にあるといっていい段階まできた。そこで統合司令本部は年末までの首都奪還を達成する為、戦力を集中投入する手段に打って出ることとした。ただし、南の神奈川方面と私達東京西部方面だけじゃない。兼ねてよりあえて温存しておいた戦力をここで投入する。その数は四〇〇〇〇。場所は千葉九十九里南部。白子・上総一宮方面。つまり、戦線をもう一つ作る上陸作戦も同時に行われるってわけ」


 璃佳の発言内容には佐渡を除く全員が驚いた。元々上陸作戦が出来るだけの戦力があるのは知っていたし、西の方の師団が上陸作戦の訓練をしているのも知っていた。海軍が未だ健在であるから手段として残っているのも知っていた。ただし、ここで投入するにしてもまさか四万もとは思わなかったのだ。

 対して、戦術分析官として各情報を集めていた佐渡はあまり驚かなかった。物資や兵力の移動に特異的な兆候が見られていたからだ。具体的には海軍の上陸に必要な資材や艦艇の動向。陸軍や魔法軍の移動などだ。

 だから佐渡は今の話を聞いて心中でこう思っていた。


(東京周辺にいる神聖帝国兵力が不明ではあるものの相当数いるのは間違いなく、私がいる東京西部や神奈川方面に進出している正面兵力に負担が大きくかかるのは想定の範囲内。とはいえ、出来るだけ損害は減らしたい。となると、ノルマンディーよろしくどこかに上陸してもう一つ戦線を作れば敵の兵力は分散する。白子・上総一宮の九十九里南部は比較的敵の兵力が少ない地域。こっちに比べて銚子にはずっと近いから神聖帝国がすぐに察知したら厳しい展開になりかねないけど、こっちの負担はずっと少なくなる。なるほどね、上は愚の骨頂とされる戦力の逐次投入はせず勝負に出たわけか。)


 佐渡の読みはほぼ的中していた。それは璃佳が述べる作戦内容に現れていた。


「総員ホログラム画面で資料を開いて。本作戦の作戦名は『反撃の剣』。私達のいる東京西部方面攻略軍と神奈川方面の東部方面攻略軍、そして房総半島上陸軍。さらには海軍や空軍も参戦する総出の作戦だよ」


 璃佳が説明を始めた作戦内容は以下の通りである。


【首都奪還オペレーション『反撃の剣』作戦・作戦概要】


〈参加兵力〉

 ・東部方面攻略軍(陸・海兵隊)

 四五〇〇〇人


 ・東京西部方面攻略軍

 二五〇〇〇人


 ※いずれも到着した増援分を含む。


 ・空軍戦闘機部隊

 二個航空団


 ・海軍艦艇

 第二艦隊よりミサイル巡洋艦一隻・ミサイル駆逐艦三隻が派遣。陸上戦力の攻撃支援として。



《第一段作戦・首都方面展開神聖帝国軍及びCT誘引作戦》

 ・実行期間:一二月一日から三日まで


 1,現在進出中の東部方面攻略軍及び東京西部方面攻略軍は、東部方面攻略軍は鎌倉近郊にて一旦前進を止め、東京西部方面攻略軍は吉祥寺近郊で前進を止める。目的は敵戦力の誘引。意図的に一時前進を停止させることで、敵の油断を誘い戦力を誘引させるものとする。


 2,後述の第二段作戦発動と上陸成功まで当地にて敵戦力を叩き続ける。必要な火力及び魔法回復薬等物資については第二段作戦以降までの作戦行動とは別途用意されているが、敵の油断を誘うために攻勢火力としてではなく防御火力として運用するものとする。


 3,ただし埼玉県南部方面については突出部を形成しない程度に進出。所沢や清瀬方面への進出を目的とし、第二段作戦作戦発動以降のさいたま市方面進出のための準備攻勢を行うものとする。


 4,第二段作戦発動、上陸成功後は第三段作戦へと移行する。



《第二段作戦・九十九里南部・白子〜上総一宮方面上陸作戦》

 実行期間:一二月四日未明〜


〈参加兵力〉

 ・陸軍:二個師団一個旅団、二五〇〇〇人

 ・海兵隊:一個師団、一〇〇〇〇人

 ・魔法軍:一個師団、五〇〇〇人


 上陸兵力:計四〇〇〇〇人


 ・海軍

 第一機動艦隊全艦艇及び空母艦載機全部隊

 第二艦隊より上陸支援艦隊及び上陸用船艇等


 ・空軍

 二個飛行隊(上陸前爆撃及び地上兵力支援を中心とする)



 1,上陸作戦実行区域周辺に展開するCTなどについては約一〇〇〇〇と少ないものの上陸の際には障害となりうる為、海軍艦艇による砲撃及びミサイル攻撃と空軍戦闘機部隊による上陸前準備爆撃を実施する。敵兵力が上陸作戦実行区域に流入する可能性が高いことから実施時間は約二時間。実施後すぐ上陸行動へ移行する。


 2,海軍各艦艇支援のもと、上陸部隊は白子〜上総一宮間の六つに分けられたブロックにまずは海兵隊一個師団が、後に陸軍やフェアル部隊を除く魔法軍が順次上陸。橋頭堡を構築する。この際、空軍戦闘機部隊及び魔法軍フェアル部隊は進出先の各地域に存在するCTを駆逐する。


 3,橋頭堡構築後、CT進出に備え防衛線を構築。さらに茂原方面・大網白里方面に進出しこれを確保する。両方面についても防衛線を構築。


 4,茂原・大網白里方面に防衛用戦力を残し、大網白里方面より外房線に沿って千葉方面へ進出。ちはら台方面を確保する。


 5,ちはら台方面を確保後、千葉市中心街方面へ進出しこれを確保。以降は首都奪還作戦部隊に合わせて柔軟に作戦行動を行う。ただし最終目標が東部方面攻略軍及び東京西部方面攻略軍と合流を果たす事に変わりはない。


 6,なお第三段作戦である東京都区部奪還作戦は本作戦発動から遅れること数時間後に発動される。第二段作戦が第三段作戦の成否に繋がる為、各員奮闘されたし。



 璃佳による作戦の説明が終わると、ぽろりと感想を漏らしたのは大輝と知花だった。


「オレらがいるとこ含めて東京を目指すのが七〇〇〇〇人以上。上陸部隊が四〇〇〇〇人。一つの戦域に計一一〇〇〇〇人以上の戦力投入はガチもガチだな」


「うん。緒戦で失われた兵力の補充が行われているとしても、全ての補充は終わってないはず。北方に貼り付けておかないといけない戦力と予備戦力を差し引いて、安全な西方から戦力を引き抜いてきたと考えると……。統合司令本部は大勝負に出てきたね」


「二人共ごめーとー。上は東京奪還に本気も本気だよ。戦力の逐次投入は捨てて、全力投入に打って出た。もしここで東京陥落前の悪夢が再現されたら防衛戦力はスッカスカもいいとこで、負けたらお終い。最前線は私と米原少佐の地元である濃尾平野一帯になるだろうね。いや、それも無理か」


「七条大佐の仰る通りです。約一一〇〇〇〇人もの戦力が瓦解すれば、濃尾平野は守りきれません。鈴鹿山脈と伊吹山地を境界線としてギリギリ。場合によっては滋賀県を捨てて京都が戦場になるかと」


「そうだね米原少佐。今日本軍に残っている戦力から見積もると、東北新潟戦線と北陸方面の防衛に兵力を割いたら、一一〇〇〇〇人を一戦域に投入するのはギリギリの数字だね」


「負けたらお終いは冗談でも何でもない。負けるってことは、私達第一特務は壊滅判定でしょう? ありえないけれど七条大佐含む私達Sランク五人の内、どれだけかは戦死になるでしょうし。要するに一般兵力も魔法兵力も戦線を維持出来るだけの戦力が残らない。そういうことですよね?」


「正解だよ、高崎少佐。あとはズルズル滅亡までの短い時間を待つだけだろうね」


 璃佳は笑顔で恐ろしい事を言う。だがそれが現実だった。

 彼女が言うように、今の日本は南東北日本海側と新潟県に防衛戦力を配備し穀倉地帯たる北陸地方にも戦力を配置している。さらに西日本各地には健在の師団も多いが、それとて治安維持や万が一の際に備えて空っぽにするわけにはいかない。

 となると、東京奪還に投入可能な兵力は限られており、一一〇〇〇〇人の兵力は本当にギリギリの数。勝てばめでたく東京を奪還し南関東も取り戻せるだろう。だが、負けたら防衛すらおぼつかなくなり、今度こそ日本は負けが確定するといっていい状態になる。

 まさに乾坤一擲けんこんいってきの作戦なのだ。

 そうなると、自ずとこの場にいる者達全員の気は引き締まる。富士宮から今まで勝っているからと油断していいわけがなかった。

 それでも璃佳は、普段通りの飄々とした様子を保っていた。


「ま、でも結局私達がやることは今までと同じだよ。CTをぶっ殺しまくって、神聖帝国のヤツらをひねり潰して、そして東京を奪還する。捕まってしまった民間人も救出する。ね? 民間人救出はともかくいつも通りでしょう?」


(ただ、都心にナニがいるか分からない以上は念の為に遺書は用意してもらわなきゃだけど、ね……)


 ただ内心は違う。東京都心全体がマジックジャミングによって謎に包まれた現状では、鬼が出るか蛇が出るか行ってみないと分からない。ドラゴンが出たのだから地龍が出るかもしれない。

 しかし、自身の不安はさらけ出すことは許されない。何故ならば、自分は第一特務連隊の連隊長なのだから。

 孝弘達も同じだった。異世界での経験を踏まえれば何も無いはありえない。絶対に何かあると考えるのが賢明なのだ。最上級ランクの魔法能力者だから生きて帰れるもありえない。アルストルムではそう言って死んだ味方がいたのを今でも四人は覚えていた。

 大隊長達も孝弘と考えはほぼ同じである。いくら見知った東京という土地とはいえ、謎に満たされた地ほど怖いものは無い。現代戦において情報が無いことはすなわち暗闇の中で洞窟を歩くようなものである。今回は死を覚悟して臨まないといけなくなるかもしれない。そう思っていた。

 とはいえ。やはり全員が顔には少しも出していなかった。いつも通りのやり取りを終えて、各自が作戦の準備に動いていく。

 孝弘達も部屋を出ようとした時、璃佳に呼び止められた。


「君らには予め伝えておきたいことがあってね」


「なんでしょうか? 首都奪還が成功したら家族に会える話とかではないですよね? 今それを切り出されるといわゆるフラグになりそうなので……」


「はははっ! 死亡フラグ的な話じゃないから安心して。それはまた今度。手配はつけとくから」


 孝弘と璃佳は冗談めいたやり取りをする。確かにこのタイミングで四人が家族と再会できる話は縁起が悪いにも程があった。


「それで、話とは?」


「上陸作戦の軍でちょっと動きがあってね。ようやく重い腰を上げてくれたんだ。君達の同類がね」


「帰還組、ですね」


「その通りだよ、米原少佐」


 璃佳の口から久しぶりに出た異世界からの帰還者の話。自分達以外にも存在しているという異世界帰り組。

 プロフィールなどのデータはともかくとして帰還組がどのような人物なのか、どのような能力を持っていてどのように戦うのか、孝弘達は上陸作戦軍の報告でまず知ることになるのは少し先のことだった。

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