第3話 救出作戦の裏に見えるは高度な政治的取引
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能力者ランクB+の魔法能力者。紫秋館大学魔法学部魔法学科の大学生。
そして、九条術士が一家の六条家長女。六条家次期当主候補第二位のいわゆる六条家の御令嬢。
ただし彼女の紹介をする前に、まず六条家の紹介をせねばならないので六条家について紹介しておこう。
九条術士が魔法の名家である事は璃佳の七条家でも説明した通りであるが、六条家はその七条家に匹敵する実力を持っている。傘下には幾つかの分家が存在しており、その影響力は政界にも届いているのは魔法関連に携わる者なら誰もが知っているほどである。経済界の七条、政界の六条と言われるくらいに。
さて、かつて九条術士の多くは京都に本拠点を構えていたが、今ではいくつかの家は本家邸宅を京都ではなく他地方に移している。
七条家は都市規模の割に多くの魔法産業や魔法教育関連施設が集まっている――東京、京都、名古屋に次いで四番目である――井口に本家があり、四条家は福岡に本家がある。六条家もこれら二家と同じく京都には本家邸宅及び機能を置いておらずどこかと言うと東京。つまり首都に置いていた。これは明治に入って首都が東京に移転した事による。
明治以降、政治の中心地に拠点を移した六条は政界とも強い結び付きを持つようになった。時は明治維新。西洋魔法と古来日本の魔法が融合した日本式魔法が花開いた頃であり、魔法科学が急速に発展した頃でもある。それは六条の大きな功績の一つであった。
明治以降も六条は政界と結びつき、この国の魔法の地位を確固たるものとした。大正・昭和に入っても変わらず、判定負けに近い形で落とし込んだ第二次世界大戦も生き残り昭和を駆け抜け、平成・令和の世の中になっても六条の影響力は変わらなかった。七条が経済界との結びつきを強め地位を向上してもなお六条を敵に回したく無かったのは、九条術士の中でも六条の存在感が一際に強かったからである。
だが、戦争が全てを変えてしまった。本家主要筋が京都の九条術士会合に参加していた事で幸い血は絶えることは無かったが、本家は目を背けたくなる状況だった。何故ならば、まだ一八歳でしかない六条千有莉が魔法華族身分として、高貴にあたる者の務めを、義務を果たそうとして首都東京を離れなかったからである。彼女が次期当主継承第一位ならば強引にでも避難させられたであろう。だが、彼女は継承第二位だった。そして、戦時の混乱で連絡不通となり消息も不明となってしまった。多くの政界人や要人と共に。
その結果、今日に至るまで六条千有莉とお付のメイドや執事と護衛に至るまで行方不明として処理されていたのである。
失意に飲まれる父親と、継承第一位にあたる兄。行方不明から既に四半期近くが経過している。
そんな時に入った急報が、六条千有莉生存と救出の要請だったのである。
・・Φ・・
「六条千有莉。聞いたことはあります。六条家の御令嬢で、当時はまだ中学生でしたが将来を期待されているとかなんとか。かつては遠い存在でしか無かったですが」
孝弘は璃佳から六条千有莉に関しての話を聞いて素直な感想を口にする。
「華族の義務とやらを果たすのはご立派な事だと思うよ。私も七条家の一人。ましてや軍人だから死守しろと言われたらする。何が何でも生きて帰ってやるけど、死ぬつもりで身を投じるさ。ただまあ、東京がああなってから今日になるまで生きているとは思わなかったよ。行方不明になってもう随分と経つ。だから死んだんだろうな。残念だとは思ってた。でも、こうやって通信が入ってきたんだから生きていたわけさ。生存者は彼女を含めて五名。内一名は無線の取り扱いが可能な陸軍軍人ってとこ」
「あの、七条大佐。発言よろしいでしょうか?」
「よろしい。何かな、関少佐」
「敵の罠という可能性があるのでは無いでしょうか」
「ゼロじゃないね。でも、救援要請は本人の声だったみたいだよ。吉祥寺で偶然見つけた、動いたアマチュア無線からの連絡だったみたい。キャッチしたのは高尾の本部。管制官の上官が彼女の声を知っていてね、今声紋解析に掛けてるとこだけど、恐らく彼女の声だって感じ。解析結果が出たら確定するんじゃないかな」
「敵に捕らえられ、無理矢理言わされている可能性があるかもしれません」
「それもゼロじゃないね。吉祥寺まで逃げてきたけど、捕まってしまった。可能性は捨てきれない」
「でも、救助要請があったからには助けに行かなければならない。ですよね」
「そういうこと。関少佐、キミのような優しい人物がここまで聞くってことは、向こうでそういうことがあったんだね?」
「はい」
知花は真っ直ぐな瞳で頷く。
孝弘達は当事者であったから、何の事を指しているのかを勿論知っている。
アルストルム世界において、救援要請があった際に救助に向かった彼等を含む救出部隊は救援要請者をダシに敵部隊の襲撃を受けた経験がある。その時は救援要請者は全員助けられず、挙句救出部隊の三割が戦死した。知花はこの苦い記憶が蘇ったのである。
璃佳はそれを知らなくても、察していたのだ。
「軍は、救援要請があったのならば救助に向かわなければならない。誰であってもね。でもね、今回は事例が特殊過ぎるんだ。戦争から四半期が経過して絶望視されていた生き残り。都心から逃げてきたから都心の状況も知っている。そして、救助要請者の中には六条のお嬢様がいる。助けない理由が益々ないわけ」
「それだけじゃないっすよね。例えば、六条本家から救助要請の強い圧力がかかるとか。オレが六条千有莉の父親ならやりますよ」
「ご名答だよ川島少佐。もう六条本家は動き出しているんじゃないかな」
璃佳がふぅ、と息をつきながら言うと彼女の賢者の瞳に連絡が入る。
「ほらね」
「やっぱりな。親なら誰だってそうするさ」
「大輝に同意だ。政界に強い影響力を持ってるなら、国防省や魔法省に圧力がかかるだろうさ」
「米原少佐の読みは当たりだよ。今言った感じのが来た。『六条本家より国防省及び魔法省に連絡あり。国防省経由で現地部隊に救助部隊編成の要請有り。現地部隊は早急に高練度能力者を中心とした編成開始を求む』ってとこ。魔法省からも連絡が来てるね」
「七条大佐に直接ですよね?」
「うん、そうだよ高崎少佐。私が立川にいるのを六条本家は知ってるからね。ほぼほぼ名指しみたいなもん。んで、高練度能力者ってのは」
「俺達の事ですね。この戦線には七条大佐を含めて五人のSランク能力者がいる。高度な政治的取引は置いておいても妥当な判断でしょう」
「そそ。んで六条本家は君達を指名ってことさ、米原少佐」
「七条大佐はこれを予測していたと」
「誰でも予測出来ることだしね。分かってたから早めに手を打とうかなって。君達には悪いけどさ」
「いえ、その点はお気になさらず。ただ、作戦をどうするかはお聞きしたく」
「おっけー、米原少佐。今からそれを説明しよっか。賢者の瞳に画面共有出すよ」
孝弘達は頷くと、璃佳は端末を操作して吉祥寺周辺の地図を展開させる。
「予め言っておくけど、まだ作戦らしい作戦なんて固まってないよ。連絡入ったのが今日じゃあねえ」
璃佳は苦笑いをすると、地図を操作して吉祥寺市内の地図を拡大させつつ立川まで映っている地図も表示させる。
「無線の発進位置から、救助要請のあった地点はここ。吉祥寺駅から北にちょっと行ったあたり。立川からの距離は約二〇キロ程度かな」
「吉祥寺ですから立川からだいぶ奥になりますね。CTもいますから、地上から速やかに向かうのは難しそうです」
「そうだね、高崎少佐。機甲部隊を編成しても難しいし、要救助者が五人いるから人手は最低でも一〇人は欲しいとこだね。でも一〇人だと五人抱えてとなれば五人しかマトモに戦えないし、残り五人は丸腰。オススメ出来ないね」
「となると、ヘリですか」
「うん、ヘリだね。出来れば可変回転翼機。ただし数が少ないから一般的なヘリになる可能性は高いかも。たった二〇キロでも救出後は急速離脱したいけど、数に限りがあるし。ま、可変回転翼機だとしてもヘリにしても無防備にするわけにはいかないから、やっぱり人手は必要。機体の護衛に三人。直接救出を行う人員が五人。パイロットに二人。やっぱ最低一〇人だね」
璃佳は可変回転翼機と投入する人員をその分だけ表示させる。一機と一〇人。数を揃えるのはいいとしても、問題は人選だった。
それを知花は質問する。
「七条大佐。いつ、誰を投入なさいますか?」
「時刻は今日の夜中で
「一人足らないと思うのですが……」
「だいじょーぶだよ関少佐。あと一人は私が召喚すればいいから。ま、狐使いが荒いとか言われそうだけど」
「なるほど、茜さんですね。あの方がいれば心強いです」
「でしょ? ってわけで、荒削りではあるけど作戦はこんな感じ。君達には苦労をかけさせちゃうけど、頼んだよ。これはあんまり言いたくない事だけど、九条術士の六条家に政治まで絡んでるからね。最悪の場合でも、六条千有莉は生きて救出すること。君達は作戦開始まで準備はしつつ休息を取ってよし。もうちょい詳細にした作戦はまた後で送信するから。以上」
『はっ!』
孝弘達は敬礼し、璃佳は答礼をする。
余りに急にも関わらず、重大極まりない案件と化した六条千有莉救出作戦。作戦開始までに無人偵察機で状況把握をしつつも、救出部隊に編成された孝弘達は準備と打ち合わせに追われつつも、夜中までに短い休息を取るのだった。
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