第8話 小田原にて、今川中佐はこれからを憂う

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 一一月一四日、八王子側では初日から激戦が繰り広げられ無事第一段階である高尾と西八王子方面まで橋頭堡を確保していた頃、太平洋側でも小田原奪還の戦闘が繰り広げられていた。

 魔法軍一個旅団と今川中佐率いる西方特殊大隊、海兵隊を含む約四〇〇〇〇の地上部隊、空母艦載機による航空支援と艦砲射撃による支援を行う海軍、海軍空母艦載機部隊と協同で航空支援を行う空軍一個航空団、低空航空支援を行う無人機一個飛行隊。これらは予定通り午前七時に作戦を開始した。

 まず無人機も含む航空機部隊と西方特殊大隊による強襲爆撃及び法撃が行われ、ほぼ同時に進発した地上部隊先遣隊が突入。速やかに箱根方面の入口にもなっている早川・箱根板橋方面を確保していく。

 徹底的な火力投射は地上部隊や航空部隊だけでなく、海軍艦艇からも行われた。ミサイルによる攻撃はもちろんのこと艦砲射撃も行われた。

 これが八王子側との大きな違いだったからだろうか。小田原奪還に向けた作戦は比較的順調に進んでいく。火力はやはり正義だったのである。

 昼前になると、本隊は小田原市街に突入。午後には小田原中心部を奪還する事が出来た。

 当然ながら作戦はそのまま進行していく。途中、八王子側と同様にエンザリアCTが計九体現れるものの西方特殊大隊を中心にこれを対処。中には戦車砲の連続投射という力技でエンザリアCTを討伐した事もあった。

 そうして夜を迎えた東部方面攻略軍は小田原市酒匂川西岸のほぼ全域を確保。東岸についても鴨宮周辺を確保するまでに至っていた。



 ・・Φ・・

 11月14日

 午後9時半前

 鴨宮駅周辺・西方特殊大隊仮設宿営地



 作戦一日目を終えた西方特殊大隊約三〇〇は、夜間警戒を行っている者を除いてようやく一心地つけるようになっていた。陸軍や海兵隊の工兵隊が防衛線構築の為の作業を行っていることもあり夜間警備兵力を通常より増やしていることもあるが、加えて無人機による偵察も二十四時間行われていたからである。いくら精鋭とはいえ、翌日以降も激戦が控えているのならば休息は必要。完全温食こそ叶わなかったが落ち着いて夕食をとれ、落ち着く時間もあったのである。

 ただし、部隊長たる今川中佐までそうはいかない。設営された大天幕の中で組み立て式の椅子に座り、今や貴重品のコーヒーを口につけながら、司令部から届いている今日の戦闘詳報に目を通していた。


「一日目の死傷者は約六〇〇。内、戦線復帰が可能なのは半数無くて二〇〇ちょっとですか……。攻勢側だったとしても大群にやられればおしまいなのは変わらず、と。ウチからも八人の負傷者が出ていますし、初日に損耗率が一パーセントを越えるのは良いとは言えないかもしれませんねえ……」


 今川は電子書面をスライドしつつ、今現在の自軍確保領域とを確認しながら書面を読み進めていく。


「エンザリアCTが現れたのが少々痛手でしたかね。八王子側に先に現れて例の彼等がすぐに対処し、情報共有が速やかになされていたから警戒出来ましたし無防備じゃなくて済みましたけど、あの魔法火力は厄介です。そして防禦力。法撃火力抜きだと戦車砲数発を当てないと魔法障壁が破れないのが不味い。弾薬だって無限じゃないですし」


 今川がぽそぽそと言うように、八王子側にしても彼女がいる東部方面攻略軍にしても、エンザリアCTの出現には強い懸念を抱いていた。

 この日双方に現れたエンザリアCTは計一六体。捕虜からの情報でエンザリアは少数種族である上に、素の方が魔法を上手く使いこなし帝国からすれば『使える』側の種族であるはず。とのことだからそう大量に現れることは無いのではないか。これが上の仮の判断であったが、出てきてしまった以上は明日以降も警戒せねばならないのが現場の感想だ。

 そもそもエンザリアCTなど当初作戦では想定しておらず、そのせいで攻撃ヘリと無人機に損害が出ており戦闘機もあわや墜落しかねない事態もあった。こうなると、作戦前に考えていた程の無遠慮な航空支援は得られなくなる。慎重になればその分火力密度は落ちる。となると、地上では高火力を誇り空も飛べてカバー出来る魔法軍の任務は増えていく。

 ここが今川中佐も懸念している内の一つ。魔法軍の損耗率が上がるのではないかという点であった。


「元から関東平野はパンドラの箱がゴロゴロ転がっているような場所になっているだろうと思ってましたけど、初日から一個開くとはね。楽な戦争なんてありゃしませんが、一体あと何個箱が開くんだか」


 決して楽観視せず、むしろ悪い想定で戦場を見て動いている今川は小さくため息をつく。気分転換にと、コーヒーの一口をやや多めにした。


「今川中佐、失礼します」


「滝山大尉ですね。どうぞー」


 大天幕に入ってきたのは彼女の副官、滝山久憲《たきやまひさのり》大尉だ。二十代半ばで若くして今川の副官についた、しかしそれは彼による努力の成果でつまりは秀才の人だ。


「戦闘詳報のチェックですか。それも全部。相変わらずこまめですね」


「指揮官の勤めですよ。私は効率的かつそこに利益のある戦争ならやぶさかではないですが、名状しがたいナニかがいつ出てくるかも分からず、手探りで行う戦争は好きじゃありませんから」


「だったら今ある手札で出来うる限りの想定をする。ですね。今川中佐の最悪を想定して、しかし積極的に戦う姿勢は嫌いじゃありませんよ。開戦以来、激戦続きなのに自分が生きているのは貴女のお陰です」


「嬉しい事を言ってくれますね、君は。――それで、どうでした。八王子側とのやり取りは」


 今川中佐は滝山大尉に頼んでいた、第一特務連隊との通信について結果を聞く。

 第一特務連隊の連隊長は七条大佐。七条本家の人であり、階級以上に情報を知っているだろうからと八王子側の様子と向こうの意見を聞こうと思い彼に依頼をしたのである。また、八王子側には新進気鋭と言うには既に大戦果を上げ続けている例の四人がいる。同じSランクの意見は多ければ多いほどいい。ということもあった。


「エンザリアCTのデータ、既に司令部提供以上のものを得られました。夜中には更新されているでしょうけど、先んじて貰えましたよ」


「誰が作りました?」


「名義は七条大佐ですけれど、連名で例の四人の一人の名がありました。関少佐です」


「あぁ、光属性を高度に使いこなすだけでなく、戦いながら的確な戦況分析と情報提供も行う凄い子ですね。米原少佐がキメ細やかな指示を出せるのは彼女のお陰とも聞いてます」


「詳しいですね。確かにあの四人は有名ですけど」


「私含めて超貴重なSランクが四人も増えたのですもの。おまけに上にとっては『帰還組』にたまにある暴走だの傲慢も無し、戦場を怖がらずむしろ友軍を救う為なら命を賭す覚悟がある。なんて立派な軍人。十月頭にぽっと現れたのも気にならないですよ。――話が逸れましたね。データを下さい」


「はっ。こちらです」


 今川は滝山からデータを受け取ると、早速目を通していく。

 今川は、ふむふむだとかへぇ、だとか言いつつも読み終えると。


「夜中には更新されるんですよね、これ」


「ええ」


「このデータは役に立ちますよ。決して楽観視していないのも大変好ましい」


「今川中佐ならそう言うと思っていました。賢者の瞳による簡易分析をフル活用して、たった数時間でここまでまとめてくれるとは思いませんでした。歩兵火力、砲火力、攻撃ヘリ火力、固定翼機火力、そして法撃火力においてどれだけの火力を投射すれば魔法障壁を破壊し討伐出来るか。アレの移動速力からの最適攻撃方法に封じ方、さらには即時撤退か遅滞防御か、もしくは積極攻撃かの目安まで纏められています。あとはこれです」


「エンザリアCTの検知困難における対処法ですね。距離一〇〇〇ではないとキャッチが難しいですか。人型ですから小型ですし、既存のに紛れ込みやすい。よって今までのようにレーダーだけに頼らず、魔力探知魔法の積極使用で探知を併用方式へ。あくまでその場しのぎに近いですがやらないよりはマシ。エンザリアCTは光線系魔法の発射に数秒の準備時間があるから探知出来れば対処もややしやすく、見つからなくてもいきなり奇襲は受けずに済む。まあ、ベターですね」


「高探知魔法レーダーが普及してから、魔力探知魔術方式は余程局地戦でない限りはあまり使われなくなりましたからね。訓練でやる程度です。それを改めて使うということは、敵の魔法阻害下外でも使うということ。まあ、範囲が特殊部隊等の局地戦から全般になっただけというところでしょうか」


「我々特殊部隊がやってた事が他部隊行うだけになるなら共有化も容易いでしょう。言うは易しですが、魔法軍だけでも全員が対処可能なマニュアルにするのは大変ですよ」


「ええ全く。七条大佐もですけど、関少佐自体もかなり知識豊富そうですね。これを提案にするには、相当な経験が無いと頭に出てこないはず。七条大佐が早々に四人を囲ったのはこういうことかあ」


 戦闘だけでなく知識面だけでも超有能な部下を得た璃佳に対し今川は、いいなあ。七条のコネってすごいなあ。とボヤいたりもする。とはいえその分八王子側は少ない兵力で戦う羽目になっているのだから今川はこれ以上は言わなかった。

 滝山大尉もただのSランク能力者では無い四人は彼女とて喉から手が出るほど欲しい人材であるだろうし、さもありなんと感じていた。大抵は反則じみた力を持つ『帰還組』とはいえ上官の言う事を聞かない暴走者など御免だが、上の言う事を聞いた上で自立的かつ的確な判断で動く人材などダイヤモンドみたいなものだからだ。


「でもさあ、きっと全てが順調には行かないんでしょうねえ。八王子側に七条大佐や四人がいて、太平洋側に四〇〇〇〇の地上兵力に海空の支援もあって。今日はどっちも橋頭堡を構築出来ましたけど、相手はまだまだ謎だらけじゃないですか」


「ええ。その証拠にエンザリアCTも出ましたし」


「あれとてたかだか十数なわけがないでしょう? 私はね、アレは一〇〇単位は見てますよ。どっちが貧乏くじ引くか分かんないですけどね」


「パンドラの箱が十連セット。一つはレア確定。なんて僕も御免ですね」


 滝山大尉は苦笑いをする。


「なんですかそれ。ちょっと昔のソーシャルゲームでしたっけ?」


「はい。ガチャです。父親も母親も生活の範囲で入れ込んでました。戦争が始まる前までのゲームでも似たような仕組みが残ってましたけど、天井規制で苛烈なモノはもうないですね。天井になると激レア出ちゃいますけども」


「もっと嫌な奴じゃないですか。敵の激レアなんて、命が幾つあっても足りなさそうですよ?」


「今川中佐の仰る通りで。――話を戻しましょうか。明日は予定通り平塚方面で良かったですよね?」


「ええ。国府津を越えて平塚を確保しないと第二段階は始まりません。あそこを取らない限り、八王子側との合流は果たせませんから。あと平塚と厚木、藤澤に相模原には情報部が魔法阻害を確認しました。間違いなく明日も激戦です。魔力回復薬は万全に、弾薬もフル装備でいきましょう。エンザリアCTが一〇〇は出るくらいの心積りでね」


「僕は絶対に嫌ですよ、そんな数のエンザリアCTなんて」


「ふふ、私もですよ」


 軽口を叩き合う今川と滝山。信頼し合っている者同士の会話だった。

 今日は生き残れた。明日も生き残ろう。誰もがそう思う中、作戦は二日目を迎えることとなる。

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