第11話 現れたのは名状しがたき異物

 ・・11・・

 甲府盆地奪還作戦開始から約六時間が経過し、作戦の進行はまずまずだった。

 璃佳達が進出している東部方面は正午までには竜王地区を奪還。甲府に向けての準備と進発、竜王での拠点構築を並行して行っていた。

 南部方面についても比較的円滑に作戦が進んでいた。CTの数が東部ほど多くないことから正午時点で白根料金所付近まで進出しており、このまま順調に進めば日没までに南アルプス市中心街へ到達しそうだと予測が立てられているくらいにだ。

 死傷者も現時点では八七人(内死者一九名)と想定よりずっと少なかった。中央高地方面戦線は限られた兵力ではあるものの、超高練度能力者と高練度部隊の集中投入と火力を出し惜しみせずに投入し続けていることがその要因だった。

 時刻は正午過ぎ。

 孝弘達は竜王駅周辺で一度部隊を集結させ、甲府市中心街への進撃を始めようとしていた。



 ・・Φ・・

 午後0時40分

 竜王駅周辺

 第一特務連隊移動本部


 孝弘達が進発準備を進める中で、璃佳と熊川は戦況報告と情報整理を行っていた。


「七条大佐、装備の再点検及び弾薬の補充。必要な者の魔力回復薬服用は八割が完了しました。各部隊、一三二〇ヒトサンニーマルに進発可能。当初予定より一〇分早く行動可能です」


「報告ご苦労、熊川少佐。今んとこいいペースで進められてるね」


 璃佳は口角を緩めつつもこれくらいは当然と言った様子で答える。


「ええ。我々含む最前線部隊への航空支援や後方火力支援、戦車部隊の支援もありましたからね。それに、彼等四人の存在は余りにも大きいかと」


「違いないね。高崎少佐と関少佐の正確かつ超が着くほどの魔法火力が絶大な効果を出してるし、米原少佐の痒いとこに手が届くような機転が効いた判断と援護で危うかった小隊クラスを何度も助けてる。でも、私が一番評価したいのは川島少佐。召喚士っていう同業者の色眼鏡抜きでもあのゴーレムの存在は心強いよ」


「確かにあのゴーレムは強力ですね。時には戦車でも苦戦する大型CTをいとも容易く切り伏せるか殴り飛ばす様は圧巻の一言に尽きます」


「あれほぼ自動らしいからね。相当細かい指示以外はあのゴーレムが全部自分で判断してるみたい。それにあの身のこなしは私もちょっとビックリしたかな。まるで人間の武士みたいに精細な動きするんだから。極めつけは稼働時間。丸一日は動けて、魔力を補充すれば三体ならさらに二日はいけるってさ」


「Sランクの凄まじさは七条大佐でいつも実感していますが、彼も大概ですね……。あのクラスを三日ですか……」


「Sランクの魔力が無いと到底不可能だね」


「敵に回すとあれ程厄介な召喚術士はおらんじゃろうな」


「おっ。おかえり茜」


「んむ、今戻ったぞ」


 二人が孝弘達のことを、とりわけ大輝の事を評価している時にひょっこり現れたのは空狐の茜だった。彼女は中級程度であれば傷の回復を早くしたり怪我などの痛みを和らげる治療魔法――現在の現代日本式ではなく古来日本式魔法であるが――が使える為、敵戦線の境目付近への散歩ついでに連隊員へ治療を施していたのである。


「茜がそこまで評価するの本当に珍しいよね。私から見ても彼は超一流だと思うけどさ」


「あのようにほぼ完全な自立制御が出来ておる時点で一流じゃ。しかもまだ本気でないのじゃから、本気を見てみたいまではあるの。戦況的に避けたい事態ではあるがね」


「そりゃまあね」


「あとじゃな、あやつの召喚はゴーレムだけじゃなかろうて。手札が幾つもあるのじゃないかの? お主と同じじゃて」


「本気じゃないならその可能性は高いだろうね。そういえば、作戦開始前に今回はみたいな話をしていたし、ああうんそういうことだわ」


「それだけではないの。お主を通じて知っておるが、白兵戦もやれる口じゃろ」


「うん。連隊員がコテンパンにされてたね」


「あー、そうでしたね。薙刀の捌きも見事でしたが、徒手格闘も圧倒してました」


「私も川島少佐と手合わせしたけど、いやぁ、楽しかったなあ。ほぼ互角だったもん。こんなのありかよぉ!! って言いながら受け流す人、久しぶりだったよ」


 なおその時の訓練を大輝は、人間の動きじゃねえ。と評しているが、その璃佳の動きに対応出来ている大輝もおかしい、とはある連隊員の感想である。


「じゃから、もし甲府中心街で『理性ある敵』じゃったかの。それが出てもあやつらならなんとでもするじゃろ」


「ほぼ謎に包まれている『理性ある敵』、ね……。予め部下達には接敵の際には覚悟するよう伝えてあるけど、情報が少なすぎるからねえ」


「存在は判明していますが、情報はほぼ無いですからね。エンゲージした部隊もあるようですが、軒並み未帰還。少なくともB+ランク以上ではないか。くらいですからね」


「ま、鬼が出るか蛇が出るかは甲府に入らないと分からないさ。さーて、そろそろ進発だよ」


「了解しました。通達しておきます」


 一三二〇時。

 第一特務連隊は予定通り甲府に向けて前進を開始した。



 ・・Φ・・

 午後3時過ぎ

 甲府城西高校付近


 午後一時半前から第一特務連隊を始めとした甲府盆地東部方面の部隊は中央高速を越え荒川に近付くほど多数の敵と交戦する羽目になる。当然前進速度も低下しており、死傷者は午後三時時点で二一四名と増加していた。

 ただそれでも想定より損害は少なく、作戦遅延時分も十数分程度と許容の範囲内だった。

 孝弘達は荒川から渡ってきたCT、約二個連隊規模と交戦していたが、数十分で八割程減らしあと少しで全滅させるところまで戦果を上げ続けていた。


「さすがに甲府に近付いてくるとCTの数も一段と増えてくる、な……!」


「次から次へと、本当にキリが無いわよね!」


「なぁに、ぶっ飛ばしゃ全部一緒だぜ!」


「大輝くん、でもこれで、最後だよ……!!」


 孝弘達四人は悪態を付きつつも確実に、CTを倒していく。

 付近は市街地で、ヘルハウンド型や人型は十字路や空き地などあちこちから突然現れたり、大型CTは家の壁を壊してまで突進してくるものの、『賢者の瞳』である程度までは動きが掴める為、的確な対処が出来ていた。場合によっては家ごと吹き飛ばしたり、大輝のゴーレムの攻撃で怪獣映画よろしくコンビニだった建物が崩壊したりもしたが。

 何はともあれ、CTの数が増えようがこれらを対処し第一特務連隊の担当区域では荒川に到達した頃。

 孝弘達や璃佳達と一部戦車部隊が荒川東岸に渡り、周辺の安全確保と少数のCTを倒し、西岸では装輪車両などが渡河する為の臨時架橋――一般的には架橋の為の設備があるが、今回は魔法能力者部隊がいるので魔法で簡易的な橋をこうちくしている――が行われている時だった。

 周辺警戒を一通り終えてからは璃佳の隣にいた茜が、ぴくりと狐耳を動かす。鼻をスンスンともしていた。


「む、酷い臭いがしおる。化物の類じゃの。何と言うべきか、ごちゃ混ぜになった臭いじゃ。不快じゃぞこれは」


 茜の言う意味を、Sランクの璃佳や孝弘達は気付き、連隊員達も直ぐに嫌な予感を抱いた。

 そしてすぐ。

 彼等の視界に映ったのは、オーガやオークというには余りにも醜く。かといってキメラのように複数種の動物が整った合体をしているような訳でもなく。外皮が焼けただれ元が何だったのかよく分からない、体長約八メートルはあろう名状しがたい化物のようなナニか。それが数体現れたのである。

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