第3話 魔法軍第1特務連隊
・・3・・
山梨県韮崎市。人口約三〇〇〇〇人。
市域の大部分が釜無川と塩川の間か釜無川西岸に位置しており、かつては自然豊かでのどかな、ごくごく普通の小さな街だった。
しかし、異なる世界からの侵略者による戦争で全ては変わってしまった。
八王子が陥落し、相模湖から上野原。大月から甲府盆地にかけての橋脚爆破と封鎖に間に合わなかった――主戦線たる東京・横浜・藤澤方面にかかりきりで戦力が足りなかったのが原因――ことにより、最終的には甲府盆地へCTは大挙として流れてきたのだ。多くの戦線を抱えていた日本軍が中央高地方面にまで対応するのが難しく、遅滞防御に精一杯だった。
結果として甲府盆地のほぼ全ては失陥。防衛範囲が狭まった事と、太平洋側に比べればCTの流入量が少なかったのが幸いしてか北杜市を防衛線としてようやく侵攻を止められたのが先月のこと。
そこから戦線が動いたのは、後退し生き残った部隊を含むとはいえ中央高地方面軍に約一五〇〇〇の兵力をようやく整えられたこと。事態の深刻さから新潟方面に展開していた第一特務連隊を援軍として配置出来たことがきっかけだった。
第一特務連隊を含め方面軍の奮戦について詳細は割愛するが、そうしてようやく取り戻したのがこの韮崎市。
地形上中心部は二つの川に挟まれ、南は小さいながらも御勅使川があり、天然の地形で防衛線を構築しやすい。ここを奪還出来たことは奪還面積以上の成果を生んでおり、今も次に備えてあちこちで軍人達が防衛線構築と訓練を行っていた。
その中で孝弘達や璃佳は連隊で使っている偵察用軽装甲車両で、北杜の前線司令部から韮崎市中心部に置かれた連隊司令部へと向かっていた。
「――んで、今から向かうウチの連隊司令部は駅に置かれてるんだけど寝床は付近の店舗を利用して設置しているから安心して。糧食は作戦前までは温食が出るし、嗜好品も言ってくれれば手配するよ。平時のいつも通りとまではいかないけれど、おおよそは揃ってるから」
「助かります」
「例えば私のコレなんてモロ私物だし、個人手配だから」
「ああ……、タバコって軍からの配給や出回りだとすごい限られますもんね」
知らない人からすれば中学生かどうかの見かけによらず喫煙をし紫煙を窓の外に吐く璃佳の話に、孝弘は納得する。
「そゆことだね米原少佐。これは有事が起きた際に買い貯めたモノなのよ」
「どれくらい買われたんですか?」
「一〇〇カートンだから、一〇〇〇個かな」
「一〇〇〇個!?!?」
一〇〇〇個という個人ではとんでもない購入量に孝弘だけでく水帆達も驚く。一人で吸うなら一日一箱ですら全て無くなるまでに二年以上かかる計算だ。銘柄にもよるが金額にして約五〇〇〇〇〇円である。
「大佐はかなり吸われる方でな、平均で一日に一箱は絶対喫煙されるんだ」
「結構ヘビースモーカーなのね……」
「戦場じゃ娯楽って少なくなるからね。高崎少佐達がいた異世界って確か近代レベルでしょ? 軍本部の会議室とか凄かったんじゃない?」
「はい。それはもう、部屋はモクモクですよ。七条大佐のように窓を開けて頂く配慮なんて無いですし」
「だと思った。じゃあ私がさっきみたいに吸っていいかの確認も」
「無かったですね。まあ、近代ならそんなもんだと一年目で慣れました。煙草で体悪くするより戦場で死ぬ可能性の方がずっと高い世界でしたから気にもならなくなりますね」
「そういうの改めて聞くと、向こうじゃ大変だったのが報告書しか見てない私にもちょっとだけ分かる話だね。――さぁて、雑談はこれくらいにしてもう少ししたら連隊本部に到着するよ。そろそろ準備しといてね」
『了解しました』
フロントガラスから映る景色は、つい最近までそこが戦場だったのを表している光景から、比較的片付いた一帯に入る。それから見えてきたのはかつては人で賑わっていたであろう韮崎駅前。今や璃佳率いる連隊の将兵以外は無人となっていた。
偵察用軽装甲車両は駅の広場に駐車され、璃佳と熊川が降りると、気付いた兵士達は敬礼をする。璃佳が朗らかに答礼すると、その後に姿を現した孝弘達に注目の視線が集まった。
あれが噂の人達なのか。
富士宮で我らが大佐のように活躍した四人だっけか。
意外と普通っぽそうだな。
いやでも、ああ見えて隙も無さそうだぞ。
マジか。軍服着てなきゃ民間人に見えるのに。
つーか魔力を完全に外に出さないようにしてるのすげえな。少しも感じねえ。
あ、ほんのちょっとだけ感じた。
大方聞かれてるんじゃないか?
気持ちは分かる。こっちは興味津々にならねえわけねえもん。向こうがどう思うかは気になるさ。
まあ実力については戦闘になれば分かるでしょ。
確かにな。
などなど。耳をすませば聞こえてきそうな彼等の会話を、孝弘は微弱に魔法で聞き耳を立てる。すると璃佳が孝弘に耳打ちをしてきた。
「気になるのは分かるけど、ウチの連中だと微弱でも魔力を感知するし大方何をしたか分かるから気をつけなよー」
「すみません。わざとです。気になったのは確かですが、大佐の部下の方々がどれくらいの能力をお持ちなのかと思いまして」
「ありゃ、それは失礼。にしても、初手で把握にかかるなんて、もしかして」
「アレ《アルストルム》絡みです。重要ですから」
「あー、なるほどね。そりゃそうか。生きる為のってやつ」
璃佳は合点がいったようでそこで会話を終えた。どうやら孝弘の行為に納得してくれたようだった。
孝弘達と璃佳達は駅の中に入ると、二階へ向かう。駅は数年前に新しくされており屋内も戦闘があった割には綺麗に保たれていた。この一帯は比較的建物が無事だったのも影響しているのだろう。
六人が入ったのは、連隊司令部情報室だった。そこには多くの情報要員や士官がおり、璃佳が入室したのに気づくと敬礼する。その中には佐官を示す階級章をつけた男女が三人いた。
「みなごくろー。新しい仲間を連れてきたよ!」
「いやいや大佐、ゲームじゃないんですからもうちょっとちゃんと紹介しましょうよ」
璃佳の大雑把すぎる説明に熊川がすかさずツッコミを入れ、室内にいた者達からどっと笑いが起きる。
「さすがにそれじゃ終わらないって。大隊長メンツも含めて説明しとくけど、彼等が富士宮で活躍した四人。米原少佐に高崎少佐、川島少佐に関少佐だよ」
璃佳が階級含めて孝弘達を紹介すると、四人はそれぞれ簡単に自己紹介をする。情報要員達も名前だけでも覚えて貰うために簡単に自己紹介をし、それらも終えると璃佳は。
「じゃ、大隊長メンツ自己紹介よろしく」
「はっ。んじゃまずはオレが。連隊第一大隊大隊長の
最初に自己紹介をした川崎はやや長身で髪もやや長い男だった。雰囲気と口調からして、性格は大輝に近いといえるだろう。年齢は三〇歳。
「なら次は自分だな。俺は連隊第二大隊大隊長の
次に自己紹介をしたのは軍人らしく短髪の高富。身長一九〇センチに届くかなりの長身で筋骨隆々の体格から威圧感を強く抱くが、口調は固いものの丁寧だった。璃佳曰く、先祖は魔法武家で明治からは軍人一族と由緒正しき家の出身とのこと。年齢は三二歳と川崎の二つ上だ。
「最後はあたしっすね。あたしは連隊第三大隊大隊長の
最後に自己紹介をしたのは長浜。三つの大隊の中で唯一の女性大隊長である。身長は約一五五センチとやや小柄だが璃佳が身長一四〇センチを少し越えるくらいなので大きく見える。しゃべり方は大隊長メンツの中で一番特徴的と言えるだろう。璃佳曰く、性格は朗らかでムードメーカーとのこと。年齢は孝弘達と同じ二六歳だ。
「今の三人が大隊長。設立当初からのメンバーだよ。A+ランクだから魔法の腕前も一流。ま、時間があれば交流して互いの魔法の話をするのもありじゃないかな。で、最後にもう一人だけ紹介しよか。佐渡ー、自己紹介してー」
「…………私ですか」
「そそ。この前話してた例の四人だよ」
「例の……、ああ。あの人達ですね」
振り向いたのは、直前までホログラム式コンピューターで何やら作業をしていた女性。座っていても分かるくらいの長身の女性で、髪の長さは璃佳より少し短いくらいのロングだった。
「
「この子基本的にいつも無口だけど、戦術分析や戦況分析、戦闘時の情報提供はピカイチだよ。実戦部隊の誰もがお世話になってるし、私もすごく助かってる。とまあ、自己紹介はこんなもんかな。それじゃあ早速だけど、現在の戦況と今後の方針について話そうか。こっちのテーブルに来て」
璃佳が手招きをすると、孝弘達はテーブルの方へ。テーブルの上に広がるのは、ホログラムで表示されている甲府盆地の地図。状況説明が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます