第2話 中央高地方面軍司令部へ
・・2・・
10月7日
午前10時半前
山梨県北杜市付近上空
可変回転翼機の機内
翌朝、富士宮を立った孝弘達は可変回転翼機に乗って北杜市へと向かっていた。
平時であれば富士宮と北杜の距離は約八〇キロ程度で、可変回転翼機の固定翼モードであれば三〇分もかからず到着出来るのだが、ルートの大半が域外にあたる今では長野方面に大きく迂回して飛行する必要があった。いくら孝弘達Sランクの能力者が四人も乗っているから不測の事態にも余裕を持って対処が出来るとしても、そもそも不測の事態は避けたいもの。故に迂回ルートを使い一時間以上をかけて北杜市付近上空に差し掛かっていた。
『CHFHQ(中央高地前線司令部)へ。こちらキャリアー101。間もなく北杜市上空に到達。送れ』
『CHFHQよりキャリアー101へ。了解。指定空路を通り、ポート06へ着陸せよ。送れ』
『キャリアー101、了解。終わり』
孝弘は無線の内容を聞きつつ小さな窓から北杜市周辺を眺めていた。上空約一〇〇〇メートル弱を飛行しているので建物などは豆粒のようにしか見えないが、上空からだからこそ防衛線の構築がよく見えていた。富士宮のように、あちこちで塹壕が構築されていた。恐らく地上には機関銃が配置されトラップも多数置かれているのだろう。
孝弘がぼんやりとそれらを見ていると、男性機長が声をかけてきた。
「米原少佐、でしたかね」
「ああ、うん」
「短い空の旅でしたが、間もなく北杜の中央高地方面前線司令部に到着します。我らが女王様がお待ちですよ」
「連隊長が直々に? それはすごいな。出迎えされるのなら、しっかりしておかないと」
「そうしといてください。七条のお方なのにあんまり格式を必要としてこないのには助かってますがね。ああ、それと」
「それと?」
「富士宮の英雄方がどんな人かと思っていたんですが、思ったより普通だったなと」
「いくらSランクでも人は人ですよ。腹は減るし、喉も乾く」
「ははっ、それもそうですね」
軽い話を交わすと、機体は高度を下げていく。北杜に置かれた前線司令部への到着だ。多くの軍人が行き交い、可変回転翼機の他にも回転翼機が多く駐機されていることから、作戦が活発に行われていることを示していた。
機体は地上に降り立つと、後部ハッチが開く。孝弘達の他にも荷物が複数あったが、まずは孝弘達から降りることになった。
「皆さんの健闘を祈ります。またどこかで会いましょう」
「ええ、またどこかで」
機長と副機長に別れの挨拶を済ますと、四人を呼んだ人物は割と近くにいた。
「雑誌か専門誌でしか見たことない人が目の前にいらぁ……。すげえ……」
「かわいい……」
大輝、知花の順に感想を漏らすと、どうやら二人の声は璃佳に聞こえていたらしい。
「おーい、ばっちり聞こえてるぞー。上官に対して可愛いってどういうことだー? って言いたいとこだけど、可愛いって感想は嬉しいから許そー。四人とも、ご苦労。私が七条璃佳だよ」
ニコニコとしている璃佳に対して、孝弘達は軍人らしく敬礼をする。璃佳と隣にいるメガネをかけた真面目そうな男、熊川は答礼する。
「米原孝弘以下四名。命令書を受領し、ただいま到着致しました」
「うんうん。富士宮では期待以上の活躍を果たしてくれて感謝するよ。ようこそ、中央高地方面へ。あ、こっちは副官の熊川。君らと同じ少佐。君らのアレコレな経歴はともかく、少佐歴はこっちの方が断然長いけどね」
「熊川彰。魔法少佐だ。詳しい話は後々聞くが、これからよろしく頼むよ」
「米原孝弘です」
「高崎水帆よ」
「川島大輝だ」
「関知花です」
「……君達はすごいな。Sランクというのもあるだろうが、魔力を完全に隠匿出来ている。学校じゃここまで習わないだろう?」
「まあ、色々とあって身につけたもの。とだけお伝えします」
「なるほど。興味が湧いてきた。後の話を楽しみにしておく」
孝弘達は熊川のことを生真面目な軍人然とした男と第一印象から思っていたが、意外と気さくに話してくれることに少しだけ安心し彼に対する見方を早速変えていた。
「さて、立ち話もなんだし前線司令部に行こうか。方面軍指揮官の美濃部中将閣下が楽しみに待ってるからね」
「はっ。了解しました」
四人と璃佳に熊川は歩き始める。
北杜市に置かれているこの司令部は、作戦前までは最前線だったこともあってヘリポートの周辺には様々な兵器が置かれている。少し向こうには榴弾砲が数門置かれているし、対地ミサイルを牽引している大型トラックもある。また、意外な事に対空兵装も幾つか確認できた。璃佳曰く美濃部中将が念の為に最近配備したものだとか。今のところ敵に航空兵器が無いから活躍の機会は無いが、相手は超大型の転移門を世界各地に開いている。いつ何が起きてもいいようにということらしいが、水帆は美濃部少将を用心深そうな人だとコメントしていた。
司令部に向かっていると、当然孝弘達は注目の的になっていた。彼等だけでなく璃佳もいるからだ。将兵に対して手を振る璃佳の様子はまるで慰問に訪れたアイドルのようだが、送られる敬礼からかなり尊敬されている人物と取れる。それだけここまで彼女達が活躍していたということなのだろう。
司令部が置かれている建物に着き、指揮官室の前に着くと、
「美濃部中将閣下、七条璃佳大佐が到着されました。富士宮の方々もご一緒です」
「入りなさい」
ドアの向こうから聞こえてきたのは凛とした声の女性だった。孝弘はそういえば美濃部で女性と言えば記憶にあるんだけど誰だったか……。となるが、思い出せなかった。
ドアが開くと、璃佳はいつもの気さくな様子は無くなり軍人らしく振舞っていた。
ドアが閉まると、美濃部中将は防音魔法をかける。それも厳重に。
機密扱いの自分達がいるとはいえ、どうしてそこまで?
と孝弘は疑問に思う。
「七条璃佳、米原少佐以下四名をお連れしました」
「ご苦労様、七条大佐。ところでそろそろいいかしら?」
「ええ、まあ……」
外見からすると三〇代後半に見える美濃部中将は、いわゆる美人。キャリアウーマンといった感じだ。凛とした声と見た目が一致していると言っていい。ポニーテールにしている黒い長髪がよく似合っていた。
ところで、そろそろいいとはなんだろうか。璃佳のこの歯切れの悪さは?
四人の謎はすぐに解ける。
つかつかと音を立てて姿勢良く歩く美濃部中将。璃佳が半歩下がった気がした。
美濃部中将は璃佳の目の前で止まると。
まるでぬいぐるみを抱きしめるかのように璃佳をぎゅうぅ、と強く抱きしめていた。
『えっ?????』
孝弘達、当然の反応である。何が起きているのか全く分からない。
だが、続く美濃部中将の発言も現実とは思えなかった。
「よぉぉぉぉぉく来てくれたわねぇぇぇぇ。璃佳ちゃん、大丈夫だった? 怪我はない? 肌に傷もない?」
「………………苦しいです」
「よーしよしよしよしよし」
「………………今日はお客さんから部下になった彼らもいるんですけど」
「いいじゃないどうせ遅かれ早かれバレるんだもの。威厳のある姿疲れんのよ。分かるでしょ?」
「理解はしますが、彼等は初対面ですよ」
「『帰還組』の子達でしょ? 知ってる知ってる」
「いやそうではなくてですね……。離してください」
「んもう。仕方ないわねえ」
「ええええええええ…………」
なんだこれ。である。
突然璃佳を抱きしめたと思ったら、この会話である。孝弘達が唖然とするのも無理はない。
「あ、あのぅ……」
「失礼。教え子と数日振りの再会でつい、ね」
知花が申し訳なさそうに言うと、美濃部中将はようやく理性を取り戻したのかドアを開けた時の様子に戻った。しかし孝弘達がいつもの調子でいられるわけでなく、唖然としたままである。
そこに口を開いたのは、ぐしゃぐしゃになったロングの黒髪を手ぐしで直していた璃佳だつた。
「この方が
「あ、あー。思い出したぜ。業界じゃ超有名人だ。確か多くの魔法能力者を育てていて、七条大佐の魔法家庭教師もやってたって……」
「ネットで噂になってた無類の可愛いもの好きって本当だったのね……」
「あと、七条大佐の事を物凄い可愛がってたって言う話は、あれは公でも有名だったね……。ここまでとは思わなかったけど……」
大輝、水帆、知花の順に、転生前までの知りうる限りの美濃部中将の情報を口にする。孝弘は口をぽかんと開けたままだった。
「あら、あたしってそこまで有名人だったのね。そう、あたしが美濃部香織よ。一ヶ月前の撤退戦で陸軍の大脇中将閣下、今は元帥ね。彼が戦死されたので私が今ここの指揮官。先月まで少将だったけど、中将になったわ。よろしくね?」
『は、はっ……』
四人は困惑しつつも美濃部中将に敬礼し、彼女も答礼する。
「私の前だとこんなんだけど、本当に有能な人だよ。そうじゃなきゃ、私が来る前から今まで北杜を維持出来てなかった。それだけは保証するよ。それだけは、ね……」
璃佳がため息をつきながら言うと、四人は璃佳に同情した。この場所ですらこれなのだ。家庭教師の頃がどうだったかなど、察するに余りある。
とはいえ、美濃部中将の暴走はここまで。ここからは指揮官らしい振る舞いに戻る。
「四人が来てくれた事、感謝するわ。富士宮での活躍も既に耳に入れてる。『帰還組』らしいから、あちらでも色々大変だったでしょうに戦ってくれて本当にありがとう。中央高地方面軍を代表して礼を言うわ。そして、今日からの活躍も期待しているわ」
「ありがとうございます。七条大佐のもとで任務を果たさせて頂きます」
「いい瞳をしているわね、米原少佐。七条大佐」
「はっ」
「彼等の武装については手配しているわ。標準兵装以外にも色々と。要望はほぼ通るはずよ」
「ありがとうございます。七条の名を使って少々無理を言いましたが、助かります」
「こんな時だもの。貴女の名前を使った方が早く済むんなら構わないわ。ああそれと、彼等の飛行魔法の慣熟訓練も済ませておきなさいな。たぶんだけれども、あんまり時間は無いわよ」
「了解しました。そちらについても随時」
「ええ、よろしく。それじゃ、改めて四人ともよろしく」
『はっ! よろしくお願い致します』
顔合わせの時こそとんでもないものを見せられた孝弘達だったが、その後は円滑にコミュニケーションを取っていき挨拶を終える。
「さ、次は韮崎に行きましょ。私の連隊への挨拶だよ」
次の目的地は韮崎。最前線からすぐの所にある、璃佳率いる第一特務連隊へ孝弘達は向かうのだった。
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