第10話 感動の再会と、古川少将の発言

 ・・10・・

 豊川翔吾。二六歳。現・日本魔法軍中尉。

 四人が転生前に通っており、日本で一一校しかない魔法関連学部を設置している清秋学院大学――人口約三〇〇万人の愛知県名古屋市より北にある、人口約七〇万人で県庁所在地の岐阜県井口市に所在している――の卒業生である。

 豊川翔吾が四人と仲良くなるきっかけは入学式の直後のオリエンテーションで孝弘と出会ったことだった。大学生がその後の四年間や卒業後も仲良くする相手を得るパターンは幾つかあるが、それなりに多い部類はオリエンテーションであり、翔吾と孝弘の出会いもその一つだった。

 清秋学院大学は生徒数一〇〇〇〇人を越える大規模大学であるが、魔法学部の学部生は他学部に比べると余り多くない。魔法学部五本の指と呼ばれる清秋学院大学魔法学部ですら一学年生徒数は定員九〇。魔法科学学部で定員八〇。魔法医学部に至っては定員四〇だ。これだけ生徒数が少ないとなると、横の繋がりは他学部に比べて強くなる。孝弘と彼もその例に漏れずオリエンテーションをきっかけに仲良くなった。

 そこから学部の専門講義をきっかけに四人と翔吾は仲良くなった。世間の大学生らしく昼食を共にしたり、学校周辺のカラオケやゲームセンターで遊んだり、時には徹夜で遊ぶこともあった。

 二年生になると専門科目が増え、授業で接する事も増えていった。他愛もない会話も積み重ねていった。大学卒業したらどうしようね。いやその前にゼミだろゼミ。院進だって結構あるんだし。

 四人と翔吾はこれからもこの緩くも楽しい関係が続くと思っていた。

 ところが、突如四人と翔吾の関係は断ち切れる。

 翌日が金曜日はなるものの元から五人とも授業が少ない上に四月の段階で休みがあることが分かっていたので四日間を使って旅行に行く話が出た。大学入学後割と直ぐに免許を取って車も持っていた大輝がドライバーになって、関東方面へ旅行へ。という話が出たのだ。ところが、翔吾は偶然家庭の予定が数日入ってしまっており、行けなかった。

 これが決定的な分かれ道だった。

 今から六年前の五月二二日。翔吾は父親の実家である香川県高松市から、テレビのニュースで見てしまった。


『中央高速道路駒ヶ根多重玉突き事故』


 原因はタンクローリーの横転と、トラックの事故。そこから対向車線まで含めて多数の車や大型車両を巻き込んだ二〇二〇年代から二〇三〇年代にかけて最大で最悪の自動車事故だった。

 死者三六名。重軽傷者一一六名。行方不明者四名。

 その中の行方不明者に、四人の名前があったのだ。死者の大抵が悲惨な状況だったこの事故。何日経っても見つからないことから周辺まで捜索したもののそれでも発見出来ない。

 結果として四人は焼死体の中にいたかもしれないが、行方が分からないままというわけで行方不明者として処理されることになる。

 当然世間では孝弘達四人がどうなったかの注目が集まった。が、それも事故から一ヶ月まで。事故の節目の時には多少思い出されるものの謎を残して消えた事になっており、時が経つに連れて忘れ去られていった。

 四人の親族は大いに悲しみ、絶望した。それでも何とか納得しようと、割り切ろうと過ごした。行方不明者故に死亡届は出さざるをえず、とはいえ四人の生きた証は未だに残していた。

 たまたま四人と居合わせていなかった翔吾も大きなショックを受けた。だが、いなくなった友人達が帰ってくるわけがない。

 事故の当初と暫くはどこかに神隠しにあったのではという荒唐無稽な話も出てたし、出来ればそれを信じたかったが、いくら魔法が存在する世界とはいえそれはありえないし、有り得るのならば魔法の学問体系として証拠や実証実験が無ければならなかった。

 結局、翔吾もまた割り切らなければならないと心中に思いを抱いたままの一人になった。

 事故から五年以上が経過して、ようやく翔吾も自分なりの四人に対する気持ちの着地点を見つけて日々を過ごしていた。

 ところが、二〇三六年七月末。魔法学部卒業生としては比較的ある進路である魔法軍に入り中尉になった彼は、異なる世界からの侵略者によって戦地に身を投じることとなる。

 今のところ最前線で戦う経験は幸いなかったが、今いる富士宮や富士はすぐそこが最前線。いつどうなるかも分からない。

 そんな不安に苛まれる中で突如姿を現したのは、行方不明者のはずで、真相は異世界アルストルムに転移させられ戦場の六年を生き抜いた四人だった。

 もちろん、その事を翔吾は知るわけもない。



 ・・Φ・・

「ほ、本当に、本当に生きてる……! は、ははは、嘘だろう……? は、ははははは……」


 翔吾は死んだと思ったはずの四人が生きていて、目の前に姿があって身体を震わせていたし、四人は四人でまさかこんなところに翔吾がいるとは思っていなかったから驚愕していた。古川少将は彼等の関係性を察してか何も言わないでいた。


「なんて言えばいいんだろうな……。まあ、その生きてたんだ」


「そう、ね。表現しがたいわね……」


「んー、どう伝えりゃいいんだろうな。ま、幽霊じゃねえのは確かだぜ」


「う、うん」


「なんでもいいさ……!! 皆が生きていて、それだけで……!! あの時は、あの時は、本当に……!! ああもう、まさかこんな時に、こんな事が起きるなんて……!!」


 四人ともどうしたものかと、言葉を濁す。だが翔吾にとってはそんなことはどうでも良く、四人が生きていた喜びと感動に震えるばかりだった。

 とはいえ、彼も学生ではないし子供でもない。立派な大人である。まして軍人であるから五分程度は感動の再会を分かちあっていたものの、彼は心を切り替えた。


「本ッッッッッ当に、生きてて良かった。今なんて言えばいいか僕は分からないし、何を伝えたいのかも混乱して分からない。ただ、ただ、さ。プライベートの自分として、軍人としての双方の観点から聞くよ。生きていたとして、だ。どこにいたんだい……?」


 翔吾が聞きたいのも当然だろう。何せ六年だ。六日ではないし、六ヶ月でもない。生きていたとしても六年も姿を表さないのは謎が過ぎる。国内にいれば見つかるはずだし、国外とて似たようなものだ。

 翔吾は言葉を続ける。


「見たところ、四人とも健康だ。服装は綺麗だし、痩せてもいない。むしろ孝弘と大輝は逞しくなっていないかい……? 高崎さんや関さんにしても、なんかこう、六年前と雰囲気が全く違うような……。いやそりゃ六年も経ってるんだから変わるんだろうけど……」


 孝弘達は言葉が詰まる。真相を話せるわけが無いのだ。異世界に転移してました。六年間戦ってました。格好が綺麗なのはアルストルムの人達が当時の服や持ち物を保管してくれていたからで、体格が良くなったのは戦場に六年もいたから。雰囲気が違うのは長いこと戦場にいたからで、当然それが原因で自分達の価値観も変わってしまっているから。

 今日本や世界で起きている異なる世界からの侵略者について混乱こそしているものの、絶望に満ちてこの後自死や引きこもる事が選択肢に毛頭無いのもそのせい。なんならさっき約数百のバケモノを倒してきたところで、動じなかったどころか割と余裕が残っていた。

 こんなこと、口が裂けても言えないだろう。だから四人は何も言えなかった。

 その時だった。しばらく口を閉じていた古川少将が言った。


「まあ、君達が言いにくい気持ちもよく分かる。大方、言ったところで信じて貰えない。といった所だろう?」


「どういう、ことですか?」


 古川少将の謎の問いに対して、孝弘は警戒して問いを返す。古川少将は何かを知っていそうな口ぶりだったからだ。三人もやや身構える形をとる。

 しかし、反して古川少将の表情は変わらない。むしろ防音魔法を冷静に発動したくらいだ。


「福地少尉には予め話していたが、豊川中尉含め二人にはくれぐれも本件を口外しないよう。軍機だ」


「はっ」


「了解しました」


 福地少尉、翔吾の順に言うと、古川少将は改めて四人の方に顔を向ける。


「君らもあまり警戒しないでくれ。私も初めて聞いた時は耳を疑ったが、今や異世界からの侵略者によって世界が危機に瀕している。もう疑う余地もない。君達に聞こう。悲劇の玉突き事故の被害者だった君達は、どこの世界かまでかは分からないが、異世界に飛ばされた。そして、何があったかまで分からないが帰還を果たせた『帰還組』。――違うかね?」

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