ミイとの遭遇
八川克也
第1話 プロローグ
火星中央宙港行/RS787便
シャトルの窓からぼんやりと近づいてくる火星を眺めていたとき、胸ポケットでカードがぶるっと震えた。
(メールだわ)
坂本裕子はカードを取り出す。表面には差出人とタイトル。
(秋人くんじゃない。何だろ)
カードからイヤホンを引っ張り出して耳に入れる。再生ボタンを押した。
『坂本先輩、そろそろ火星でしょうか。最近は早くなりましたね。ところで、先輩が学会から戻ってきたら食事に行きませんか。景色のいいレストランを予約したんです。話したいこともありますし。それじゃ、発表がんばってきてください。 〈再生終わり〉』
画面の中では秋人が照れたように早口でしゃべった。普段よりちょっとかしこまった様子に、裕子は微笑んだ。
(話したいこと、って……。まあ、大体想像つくけどね)
カードをポケットにしまいなおし、また窓から外を見る。ポン、と音がしてシートベルト着用のサインが出た。大気圏突入が始まる。
(そういう私も断る気はないし)
そう考えてから、なんとなく照れくさくなって裕子は前髪をいじった。裕子と秋人はまだ、ただの先輩、後輩の間柄だ。
スピーカーが少し雑音を立て、それからアナウンスが入る。
『本日はレッドスターラインをご利用いただきましてありがとうございます。まもなく本機は火星大気圏の突入回廊へ進入いたします。皆様お席について――』
次の瞬間、機体が大きく揺れた。
裕子の胸ポケットからカードが飛び出し、その拍子に再生ボタンが押された。『坂本先輩、そろそろ――』
裕子は手を伸ばしたが届かない。
(秋人くん――)
RS787便は、火星史上、初の航宙事故機となった。
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