第543話 最古の敵から救われる理解
「変な訪問があるんだけど」
「魚でしょ」
「さかな?」
「つまり鬼からの物色」
「うわ、何とかならん?」
「心のかき板に記す」
「なにを?」
・・・
順に考えよう。
■シダは「奉仕」を撒く。
この世界で、指導者と呼ばれる人が理想とすべきは
「羊歯植物」
シダは「胞子」で増殖するが、それは「奉仕」を撒いているのと似ている。
人々は感謝して叫ぶ。
「今、気付いた」
「『シロ』が私を『最古の敵』から護って下されねば…
私は存在しなかっただろう」
それとなく、守られている人は数多い。
彼らはヒントを得て、それに気付くのだ。
人生を思い起こせば、
幼少期から何度も危機に落ち
不思議な力に救われている。
海で溺れそうな時も、
崖から落ちそうな時も、
十人のヤクザに絡まれた時も、
偶然であるかのような形で、命拾いをしている。
周囲には「サイコ」の神。
しかし、遠くから後ろ髪を引く遠い神の声・・・
彼は思う。
「救いの神が私の周囲にいない」
「共に歩んで欲しいのに」
味方は常に遠く、周囲を取り囲む「サイコ」が消してしまう。
それを、モーセが理解する事になった。
「ホレブの山で」
神と鬼の分離が出来ていなかった頃、まさか本当の神がそれほど遠い存在だとは考えていなかったのだ。
■人類共通の救い
人類への救いは、「ユダ族」がもたらすとされている。
創世記49章
9 ユダは、ししの子。わが子よ、あなたは獲物をもって上って来る。彼は雄じしのようにうずくまり、雌じしのように身を伏せる。だれがこれを起すことができよう。
10 つえはユダを離れず、立法者のつえはその足の間を離れることなく、シロの来る時までに及ぶであろう。もろもろの民は彼に従う。
「シロ」は「メシア」と解され、「シロの来る時」とは「イエス到来」だったと読んだ人々は、言う。
「イエスは役割を終えた」
「ユダの王権も終わった」
実際、歴史はそのように流れたかに思われている。
→ 西暦70年頃「エルサレム滅亡」
しかし、うずくまる獅子を誰も起こせないように、その実体は残された。
(遠い島国に)
11 彼はそのろばの子をぶどうの木につなぎ、その雌ろばの子を良きぶどうの木につなぐ。彼はその衣服をぶどう酒で洗い、その着物をぶどうの汁で洗うであろう。
その国はイエスの乗り物であり、「ぶどうの木」に繋がれている。(ヒントは)
→ 武道の木
相撲・柔道・剣道・武士道。
そして、隠されたブドウの酒が保管されている。
12 その目はぶどう酒によって赤く、その歯は乳によって白い。
「歯の白い理由」は?
「乳」
思い起こせば、それは
→ 日本の旗
(白地に赤く)
「赤丸」は→ 目
「シロ地」は→ 歯(派閥)
国家そのものが「天の父」(乳)の派に属している。
父の名は
→ 井ノ神
これが、「最古の敵から救われる理解」であった。
心のかき板に記さねばならない。
「我々はもう、懐を出ているぞ」
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