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私はそれから想い出図書館へ通い詰めるようになりました。また来たいと言ったら、維央さんは快く想い出図書館への行きかたを教えてくださったのです。
最初は十一の面影と再びまみえるために通っておりました。けれど記憶の本を何度も続けて観ていると、次第に虚しくなってしまったのも事実です。いくらその時経験した感覚の全てを再体験できるとはいえ、記憶の中に存在する十一には触れることもできないのです。これを観たからといって十一に罪滅ぼしができるはずもなく、結局記憶の本に固執するのはやめました。
「記憶の本をお貸ししてくださり、ありがとうございました。お世話になりました」
「またいつでもいらして構わないのですよ」
本を返す時に別れの挨拶も添えると、維央さんは笑顔で本を受け取りました。
「いえ、もう記憶の本は十分観ました」
「記憶の本が目的でなくてもまったくよいのです。君には息抜きの場所が必要なんでしょう?」
何度か図書館を利用するうちに、私はここに来た経緯を維央さんに少し打ち明けていたのです。時間にとらわれずとも良いというのは大変魅力的でありましたが、虫が良すぎます。是非と答えるには腰が引けました。維央さんには何の利益も無いのです。そのように答えると維央さんはいつくしむような笑みを浮かべました。
「君は子どもだのに遠慮がすぎますよ。今はもっと我が儘を云ってよいのです。それにね、私も君のような話し相手が欲しかったところなので、本当に遠慮は要りません」
私はそこで初めてまじまじとその人の顔を見たように思います。父に跡取りとして必要とされるのはなかば義務のようなものですが、それ以外で人に欲せられたのはそれが初めてだったのです。
「話し相手……ですか?」
「ほら、ここは特殊な場所でしょう。訪れる方もそう多くありませんし、割に退屈なのです。そうだ、それでも私に得がないと云うんなら、君がここのお手伝いをしてくれるというのはどうでしょう。本の整理は問題ないので、私の外出中の留守を預かるとかちょっとしたお使いとか。それなら利害一致、対等でしょう?」
「対等……それならば。お願いします」
私が礼をして顔を上げると、維央さんははにかむように笑いました。
あ、初めてこの人の本当の笑顔を見た、と思いました。
十一を除いて、身近な大人がお愛想でないやわらかい笑みをするところをおそらく見たことがなかったのです。私の家はとかく厳格でしたから。あの人は私よりもずっと自然に笑顔ができる人でした。
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