032 出発、最後の石柱へ

 翌日、ルーネルはベッドの上でコーエ、ビクターと向かい合っていた。ハインとアイレは隣のベッドに腰かけて、話を聞いていた。

 彼がひとりで先走り、それぞれが分かれた後のこと、釈放されたコーエが血相を変えてハインとアイレに合流した。顔を合わせるなり、石柱オベリスクは王都の地下にあり、それが王都へ魔物を出現させているというのだった。

 それが夜の入りのことで、ほぼ同時に魔物が王都に跋扈し始めたのだという。

 宿から飛び出した三人は敵を片付けながら、ギルド近くにいたビクター、ティーカ、クーオと合流する。するとコーエは彼らに魔物を片付けるよう指示して、自分たちは石柱オベリスクを壊すことに専念するという方針を立てた。

 その後城へと向かい、アーバルト指揮する騎士が発見したという地下通路へ。明かりもろくにないそこを進むと、黒ずんだ石柱オベリスクと湧いてきていた魔物を発見する。それらがどうするのか様子をうかがおうとしたが、それらが隠れていた彼らではない方向へと向かっていることを認めて、アイレが飛び出したのだった。

 そして石柱オベリスクが白くなり、魔物が現れなくなったことを確認した三人は、カルトンの骸からルーネルを救助して地下を後にした。出口で待っていたアーバルトに石柱オベリスクの破壊を依頼して二日後、今に至る。

 丸一日眠ってしまっていたルーネルは、腕を組んでいるコーエに尋ねた。

「おまえ、どこにいたんだよ」

 城の地下牢だ、と目を伏せて、迷惑をかけた、とトーンを落として続ける。

 詰所に連れていかれた後、居合わせた貴族に投獄された。脱獄、説得、ビクターの召喚を求めていたが、どれも無駄だった。手をこまねいているうちに時間は経ち、突然牢は開け放たれた。そこにいたのは一人の女性で、石柱オベリスクと地下通路についてだけ口にすると、どこかへと立ち去ってしまったのだ。

 どんな人かとハインが尋ねると、髪の短い人で、声と輪郭で女性だと分かった程度なのだという。

 見つからないように牢から出たところ、ちょうどアーバルトとその付添人が歩いてきていて、釈放を告げられた。先ほど女性から受け取ったのか、牢の鍵束を握っていた。まっとうな貴族であることを信じて、城内にあるという地下通路を探し出してほしいと告げたのだった。

 一体、何が起こっていたのか。何はともあれ、石柱オベリスクをまた一つ片付けて、魔王へと近づけたのだ、とコーエは締めくくった。まだやれるか、と続けた彼女が三人を睨みつけると、間髪入れずに威勢のいい返事が室内に響き渡る。

「なら、離脱は考えなくていいな。だが、石柱オベリスクが見つかるまでは、休むほかないだろう。ゆっくりしておけ」

 にやりとしてそう口にすると、コーエは立ち上がって部屋を出る。と、顔を険しくする老人が口を開く。

「やれやれ、お上に報告するのはわしの役目だというのに……まぁ、魔物の被害を最小限に抑えられたことは、喜ばしいことだな」

 どれくらいの犠牲が、とアイレが尋ねれば、森の集落の一人を含めて五人程度。王都の近郊で初めて魔物と対峙した騎士団を除いて、だが。

「そいつらのことは、気にするな。お前たちの介入のおかげで、魔物という脅威を広めることもできた。おそらく、あと一つの石柱オベリスクを片付けられるのも、時間の問題。ここまできたら、わしも最後まで協力してやろう」

 深いため息と共にビクターもまた立ち上がり、ギルドでも情報を募ろう、と言い残して立ち去った。取り残された三人は深く息をついたかと思うと、一番に口を開くのはルーネルだった。

「アイレ、ハイン、助けてくれて、ありがとな」

 気の抜けた笑みを振りまいた。年相応と言うべきそれに、まったくだ、とハインが肩をすくめ、同じベッドに座り込んだかと思うと、バシンとその背中を強く叩く。

「一人でつっ走りやがって。これで、あいこな」

 にやりとする彼に反してアイレは肩を組む様子を遠巻きに眺め、

「心配はしてなかったけど、本当に」

 無事でよかった、と口にしたものの、ルーネルは聞こえていなかったのか、うん、と目を丸くする。だがなんでもない、と彼女は立ち上がると、ちょっと出かけないかと提案する。鈍った身体を動かすにはちょうどいいだろとルーネルを誘って、三人は私服のまま宿を後にした。


 ギルドへと戻ったビクターは賑わいを見せている室内に眉をひそめながら、向かい合って料理をつまむクーオとティーカに声をかけた。

「お、おっさん、あいつらとの話終わったか?」

 いつもより紅潮している顔で朗らかに笑っているこれに大した反応を見せず、代わりに謝る口元だけを見せているティーカは彼から酒瓶を取り上げる。

「お疲れ様です。依頼ですか?」

 分かってるなら話が早い、と空いていた席に着くと、ビクターは魔王の討伐まで少年たちと行動を共にするが、そのための手練れが欲しいというのだった。もちろん報酬はビクター個人から出すものに加えて、討都トウトからの謝礼を充てるつもりだという。

 彼らを選んだのは、腕が立つのは当然として、ビクター同様の目線を持っているからだという。

「この賑わいも、どうせ魔物の情報で一山当てようという有象無象だろう。この混乱のうちに、さっさと終わらせたい。赤字にもなるしな」

 そりゃそうだ、とにやつくクーオ。ティーカは分かりました、と頷く。

 だがすぐに出発するわけではないと伝えると、二人はまた食事を再開する。わしも休みたいな、と人混みをかき分けつつギルドを出れば、彼の名を呼ぶ者が一人。

「またやつれたか、アーバルト」

 石柱オベリスクの破壊を確認するために同行したときよりも、さらに青ざめた貴族を見やり、道脇に手招きする。

「だろうよ。騎士の物資管理をしていたカルンが行方をくらませてな、ただでさえ政で忙しいというのに……手伝ってくれんか?」

 傭兵も連れず、仕事から逃げてきたと言わんばかりの様子だが、

「悪いが、また少ししたら遠出する。もし無事に戻ってきて、元気なら、手伝ってやろう」

 意地悪い笑みを浮かべる親友に、だろうな、とがっくりと肩を落とす。

「魔王なんぞという戯言に付き合うなんて、気でも触れたかと思うたわ」

 同意するビクターは懐から水筒を取り出して彼に手渡す。

「まぁ、手伝うついでに、その魔王とやらがどんなやつだったか、土産話を持って帰ってきてやる。身体に気をつけろ、アーバルト」

 一服味わった貴族は礼と共に水筒を返すと、また重い足取りで城の方向へと歩き出し、人混みへと消えていった。

 魔物が姿を見せなくなって、まだ二日目。その脅威は、絵空事のように非常に小さかったためか、住民たちはすでに日常を取り戻していた。もちろん見回りの騎士の姿も増えているが、その成果は、犯罪の検挙がわずかに増えた程度だ。

 ふむ、と顎を一撫でしたビクターは歩き始める。ギルドの多忙ぶりなど知ったことではないと言わんばかりの彼は、つかの間の散策を楽しんだ。


 検問が厳しくなる中、王都を通るいくつかの人影。

「コーエさん、どこにいるか覚えてる?」

 どこだっけ、と答える一人はどこか上の空で、

石柱オベリスクのところに案内しないと」

 と汗をぬぐった。

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