第123話 倍返しどころではないの


「以上がハイネ様が王都を離れてからの清髪剤とちゃんこ鍋屋の大まかな進捗状況になります」


 ハイネは書斎でラビスから、留守の間の仕事の進捗状況の報告を聞いていた。

 因みに今回もヨコヅナ達はお昼寝中だ。


「こんな短期間でよくここまで……地方にまで噂が届くわけだ」


 噂には聞いていても、正確な数字を見たのとでは実感が違う。

 それもちゃんこ鍋屋の比較対象として、王都で料理店が新規出店した年間の平均売上のグラフまで用意されていた。


「よくこんなデータを集めることが出来たな」

「私が用意したデータではありません、ついでに貰っただけですよ」


 ハイネは誰から貰ったのかは聞かなかった、こんなデータを簡単に用意できる者は限られているし、ラビスの真の雇い主を考えれば聞くまでも無い。


「本来であれば喜ばしい限りなのだがな……」


 ヨコヅナの仕事が上手くいっていることは本当に喜ばしいことなのだ、ヒョードル達が余計なことを企てたりしていなければ。


「クククっ、お困りのようですね」

「……正直私は関係ないと突っぱねたいところだがな」

「そうなされば宜しいのでは?どちらに非があるかは明らかですよ」

「父上達に非があるのは確かだ……が、「事業の乗っ取りを企てた」は、やり過ぎではないか?」


 そう、今ヘルシング家は王族から事業を乗っ取ろうとしたという疑いを掛けられている。ヒョードルが主催したちゃんこ鍋屋の開店祝いパーティーが、コフィーリアから事業を乗っ取る為に開かれたものだとして。


 これがちゃんこ鍋屋の開店祝いに招待されなかったコフィーリアの仕返しである。


「状況証拠はたくさんありますからね」


 普通、勝手に開店祝いをしたぐらいで事業乗っ取りなどとは思わない。しかし、今回の件は状況をみるとそう思われても仕方ないのだ。


 証拠1:コフィーリアに話を通さずパーティーが開かれた事。

 所有者であるコフィーリアに話が通っていない事はどう考えてもおかしい、それに招待された客は出来るだけ他言しないように暗に言われていたという証言もあるので疑いが増した。


 証拠2:パーティーの招待客の多くがちゃんこ鍋屋と職業的に関連がある事。

 開店祝いパーティーなのだから招待する客の基準として当り前と思えるが、事業乗っ取りという疑いが前提にあれば、外堀を埋める為の策に思えてくる。


 証拠3:ヨコヅナに婚姻をさせようとした事。

 これがヒョードルの本来の目的であるのだが、これこそが事業乗っ取りの動かぬ証拠でもあった。

 言うまでもなくヨコヅナはちゃんこ鍋屋においても清髪剤の販売においても最重要人物だ。

 そんな相手に勝手に婚姻の話を持ち掛ければ以外の何モノでもない。 


 他にハイネが見た他店の売上平均よりもちゃんこ鍋屋の売上の圧倒的に高いことが分かる比較グラフも、コフィーリアが乗っ取りに真実身を出させる為に用意した物である。


「王女様の凄いのは秘密裏に証拠を集め、且つ疑いを広めるまでの早さですね」

「ああ、父上達から相談されたが既に詰みに近い状況だ」

「やっぱり放っておいて宜しいのでは?」

「そうもいかん。一族の信用に関わることだからな」


 古くから軍人家系であるヘルシング家と言えど、一族全てが軍関係の仕事をしているわけでない。今はまだ疑いの段階だが、王族の事業を乗っ取ろうと企てたなどと事実として広まれば、一族に与えるダベージは絶大だ。


「コフィーは父上達からの話を聞いてくれないらしいしな……」

「仕方ありませんよ。ちゃんこ鍋屋の開店祝いを勝手に開いただけなら言い訳も成り立ちますが、ハイネ様の屋敷からヨコヅナ様を追い出すために勝手に婚姻させようとするのは道理が通りません」

「全くそのとおりだが、根本となる原因が私にもあるからな。間に入ってコフィーを説得するしかあるまい……コフィーも本気でこちらを追い込む気はないだろうしな」


 コフィーリアが本気であれば既に詰んでいるだろう。


「ですがこれで、ヘルシング家がヨコヅナ様にちょっかいを出してくることは無くなるでしょう」

「間違いないだろうな……そういえば母上が言っていたのだが」

「私とヨコヅナ様が恋仲なのではないか?、とかですか。もし恋仲らならヨコヅナ様を屋敷に住まわせ続けるのは良くない、とかもですかね」

「ああ、その通りだ」


 何か言う前に全て言い当てたところを見るに、ラビスの計画通りだと察するハイネ。


「パーティーではそう見えるように立ち回っていましたからね。ヨコヅナ様に言い寄る女性を厳選しようと思いまして」

「……ラビスなりに私の依頼を遂行しようとしてくれた結果なわけだな」


 ハイネの依頼とはヘルシング家のヨコヅナに対する企ての阻止である。


「それでも言い寄ってくる令嬢を虐めて楽し…ゴホンッ、さらに厳選しようと思っていたのですが、コフィーリア王女のおかげで全てが無駄になりました」

「それは残念だったな」


 労をねぎらう必要性を感じないが依頼はしていたので一応そう言っておく。


「いえ、寧ろこれから忙しくなるので好都合でした」

「そうなのか?ちゃんこ鍋屋も清髪剤も好評ではあるが、ヨコヅナの仕事は落ち着いてきたとの報告だったが」

「新商品を開発中なのですよ。清髪剤と同じようにニーコ村で採れる材料を使っての石鹸なのですが、ハイネ様はご存じでしたか?」

「ああ、清髪剤と同じく分けて貰っていたからな」

「では清髪剤と同じようにハイネ様が愛用していると宣伝させて頂いても宜しいですか?」

「構わないさ……しかしラビスの方こそいいのか?」

「…何がでしょう?」

「コフィーの専属メイドとして仕事に戻らなくて良いのかという意味だ。元々清髪剤の発売とちゃんこ鍋屋の開店の為の補佐ということだったはずだ」

「コフィーリア王女からは何も言われておりませんので、戻るよう命令が来るまでは問題ありません」

「そう言ってこのままずっとヨコヅナの補佐をしていたりしてな」

「………それも良いかもしれませんね」

「本気で言っているのか?」


 一国の王女の専属メイドとしての仕事より平民を補佐する仕事を選ぶなど、特別な理由でもなくてはありえない。


「私は冗談でこんなことは言いませんよ。……そろそろヨコヅナ様達が起きられるころですね」


 ラビスはそう言って扉の前へ行き、


「では報告は以上となりますので、失礼いたしますハイネ様」


 一礼してから書斎を出て行った。

 ハイネはラビスが出て行った扉を見ながら、ミューズの言ってた事を思いだす。


「母上の勘は当たるんだったな……」

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