第108話 とある執事の下働き 9
「じゃあヤズッチは、本当はヤズミ・シン・ハスキーパって名前で、王女様の側近執事なんだ」
「そうだ」
ラビスとの会話を聞かれた私は部屋に戻り、ワコと話をしている。
「ちゃんこ鍋屋で働いているのはラビスとの賭けに負けた、罰ゲームのようなものだ」
ワコがどこまで知ったか分からないが、正直に話して秘密にしていてもらう事が良いと判断した。
別に他の従業員にバレたからといって、何かペナルティがあるわけでもないしな……ないよな?
「え!?罰ゲームで仕事クビになったの?」
「クビになってなどいない!期間限定の派遣のようなものだ」
「あ!だから「暖かくなるまで」って言ってたんだ。でもラビスさん「一年ぐらい居てもらう」とか言ってなかった?」
「ラビスは性根が腐っているからな、私をからかって楽しんでるだけだ。本当にそんな長い期間は考えてはいない……はずだ」
……だよな、さすがに一年はないよな。
「そっか~。でもなんか納得。ヤズッチ仕事完璧だし、いつもピシッっとして姿勢良いし。あ、ヤズミさんって呼んだ方が良いのかな、あと敬語で」
「いや、今まで通りヤズッチで構わないし、敬語もいらない。その代わり他のみんなには内緒で頼む」
ワコだと使い分けが出来ず、ポロッとみんなの前で言いそうだからな。
「うん!分かった内緒だね。でも、家名もあるってことは、貴族なんだよね」
「ああ、ハスキーパ家は代々王族に仕えている貴族だ……本当はすぐにでも王女様の元に戻りたいのだがな」
「……そっかぁ。そんなに楽しんだ王女様の仕える仕事って」
「楽しいとか、つまらないとかではない。王族に仕える事が私の仕事だ」
「楽しいから執事の仕事をしているわけじゃないの?」
「やりがいはある。ただ何よりもそれがハスキーパ家に生まれてきた者の使命だからだ」
私にそう説明されても、ワコは首を傾げている。……分からないのも仕方ないか。
「違うのだからな」
「違うって?」
「貴族の私と、平民のワコと、ではだ」
「……違うの、かな。でもみんなと楽しくやっているし」
「違うさ」
楽しくやっているのは
「極端な話をすれば、ワコは王女様と同じだと思うか?」
「え!?いやいやそんな、王女様と同じだなんて思わないよ」
「私はそのコフィーリア王女の側近執事、常に側に仕え、時には命に代えても主を助ける。姫様の片腕的存在なのだから」
「それじゃ、なんだか…
ワコは語尾を弱くしながらそう言う。
「その通りだ、幼い時から王族に仕える為の教育をされてきた。ヤズミ・シン・ハスキーパは王族に仕える為に生まれてきたのだ」
私はワコに言うと同時に自分にも言い聞かせる。
「……そう、なんだ」
暗い表情で俯いてしまうワコ……彼女のそういう顔を見ると、はやり胸が少し痛いな。
「そう暗くなるな。ここで働く間はヤズッチだ、今まで通り楽しく働けるさ」
「あ、うん」
ワコは少しだけ笑顔を見せてくれるが、いつもの明るい笑顔とは程遠い。
こればかりは仕方ないな、価値観が違うのだから。
……そういえば、ラビスが言ってたな。
『クククっ…そのヒントは、盗み聞きしている
盗み聞きをしていたのはワコだ。
つまりワコが姫様に望まれていることのヒントを知っていると言うことか?
いや、そんなはずはないか。私の正体を今さっき知ったばかりなのだから……
「ワコ、一緒に働いてて、私に未熟だと思うところはあるか?」
「え?ヤズッチの仕事見て未熟なんて私言えないよ、私の方が失敗も多いぐらいだし」
「そうか…、姫様に「ちゃんこ鍋屋で働いて成長しろ」と言われててな。それにはまず自分の未熟な所を認識しなくてはいけないと思ったのだが、どうもつかめなくてな」
ワコが私の欠点に気づいている、という意味かと思ったが違うか。
思わせぶりなことを言っただけか、あの暗黒メイドならやりかねない…
「まぁ、何か気づいたら言ってくれ。些細なことでも構わない」
「うん!、分かった」
頼られたのが嬉しいのか、少し明るさがもどるワコ。
「あ!、さっきの話聞いて気になった事があったんだけど、いいかな?」
「ああ、何だ?」
「ヤズッチは、というかヤズミはハスキーパ家じゃなかったら、王女様に仕えようとは思わなかったのかなって」
私がハスキーパ家ではなかったら………
「考えた事もなかったが、王族に仕えるのは名誉ある仕事だ。なれる環境であればなっていたのではないか。平民に生まれていたら無理だが」
「あれ?ラビスさんも王女様から派遣されたメイドって聞いてたけど、平民だよね」
「何事にもイレギュラーはあるさ、姫様は面白いからと言ってそういう血筋に関係なく有能な者を採用したがるんだ。他は皆由緒正しい家柄の者達だぞ」
そもそもラビスは闘武大会で優勝したのがきっかけで、王宮でメイドをすることになったからな。本当にイレギュラーすぎる。
「そうなんだ。もう一つ思ったんだけど……あ~、でもこんなこと聞いたら怒るかな?」
「?……言ってみてくれ、怒らないから」
「ヤズミが仕えるのはコフィーリア王女じゃなくても、
何気なく出たワコの言葉。
だが、私は生涯この言葉を忘れることはないだろう。
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