第16話 むしろ当然じゃの
「ヨコヅナに伝えてくれたかしら」
「はい…」
ケオネスは席に戻る前にコフィーリアのもとへ呼ばれていた。
「ですが、仮にヨコヅナが負けたとしても」
「もちろん罰したりなどしないわ」
「そうですか」
ケオネスはヨコヅナに言ったように、負けてコフィーリアが罰を与えるつもりでいるのなら止めなければと思っていたが、それは杞憂であったようだ。
「あら、私がそんな身勝手なことをすると思っていたの?」
「…い、いえ」
心の中では「はい」と答えつつ、口では否定するケオネス。
「…まぁいいわ。それで」
心を見透かしたような目をしたコフィーリアだったが、聞いてきたのは別のことだ。
「ヨコヅナは何か言っていた?」
「…自分は決して倒されない、と」
ヨコヅナの言葉そのままではなく、おそらくこういう意味だろうとケオネスなりに解釈した言葉を伝えた。
「ふふふっ、頼もしいわね」
それを聞いたコフィーリアは楽しそうに笑う。
『この闘技大会も中盤にさしかかって益々盛り上がってきました!一回戦を勝ち上がった猛者達によって二回戦が繰り広げられます!!』
盛り上がってきたと言っているが、実況のステイシィーはずっとハイテンションである。
『では二回戦第一試合!選手の入場です!西方より現れるのは、大判狂わせの瞬殺劇をおこし、実力の底が見えないこの男!ヨ コ ヅ ナ~!!!』
ヨコヅナが現れるのと一回戦の時より大きな歓声が上がる。
ヨコヅナの戦いを楽しみにしている観客が増えたためだ。
王女のコフィーリアとセコンドのツルーナとのやり取りがあったからでもある。
『続いて東方より現れるのは!研究者によって鍛え上げられた驚異の肉体を持つ怪力男!ヂャ バ ラ~!!!』
一回戦同様不気味な雰囲気を漂わせてヂャバラが現れる。
その後ろには余裕の笑みを浮かべたツルーナがついている。
『一回戦を圧倒的パワーで打ち破った両者!やはり壮絶なパワー対決となるのでしょか!どう思います姫様』
『…私はそうならないことを期待しているけれどね』
『と、言いますと?』
『ケオネスから聞いたのだけれども、ヨコヅナが使う格闘技はスモウというものらしいわ』
『スモウですか…聞いたことありませんね』
『私もよ。蛙のような例の構えは手合。体当たりのような頭突きはブチかましと言うそうよ』
『ちゃんと技名があるのですね』
『ええ。技がありしっかり鍛練を積んでいる。…これ以上はただの憶測になるから見てのお楽しみにしましょうか』
『そうですね!いったいどのような戦いになるのか!まもなく開始です!』
ヨコヅナは前に立つことで、ヂャバラの発する雰囲気があるモノに似ていることに気付いた。
「魔素狂い?」
ニーコ村の森で時折現れる魔素狂いになった獣に似ていたのだ。
しかし人間が魔素狂いになるなど聞いたことがない。
気のせいだろうと考えて意識を試合に切り替える。
両者が開始線につき審判が手を振り下ろす。
「はじめ!」『ドドン!』
「うがあぁぁあ!!」
咆哮をあげながら突撃するヂャバラ。
ヨコヅナは手合の構えをとっていない。
力任せに大振りしてくる拳を受け流し、そのまま組み付こうしてくるヂャバラに対してヨコヅナは…
『ヨコヅナ選手組み付かれた!!』
『違うわ。ヨコヅナは自らも組にいった。つまり、投げ勝負を受けてたつ、ということよ』
『なんと!?常人離れした怪力同士の投げ勝負だ!!』
「バカな奴ね」
セコンドのツルーナが侮蔑の目でヨコヅナを見る。
「ヂャバラお前の力を見せてやりなさい!」
「うがあぁぁあ!!」
ヂャバラが咆哮と共にヨコヅナを持ち上げようと力を入れる。
観客の中には一回戦の再現を想像した者もいただろう。
しかし、
「うぐぐ、ががぁぁあ!」
ヂャバラがいくら力を込めようと、
『ビクともしてないわね』
『ヂャバラ選手!ヨコヅナ選手を投げれない!!倒せない!!これはやっぱり重いからでしょうか?』
『それもあるでしょうけど』
確かにヨコヅナはソニードに比べて大きく重いが、
「何をしている!その程度の相手、予選で難なく投げてきたはずよ!」
ヨコヅナと同程度の体格の相手なら、予選でヂャバラは投げて勝ち上がって来ている。
だがこれまでの相手とヨコヅナがまるで違うことは、誰よりも組み付いているヂャバラが一番実感していた。
「そんなんじゃオラは投げれないだよ」
ヂャバラが吠えならが全力で投げようとしているのに対して、ヨコヅナは涼しい顔をしている。
そして、ゴロンッ、まさにそんな擬音がつきそうなぐらいにあっさりと、ヂャバラが投げられた。
『なんと!逆にヨコヅナ選手がヂャバラ選手を投げた!!』
『…逆に、ではないわね』
『どういうことですか?』
『見ていれば分かるわ』
ヂャバラは何をされたのか分かっていなかった、しかも痛みはほとんどない。
観客達が見ていて、ヂャバラが自分から転がったのではないのかと思えるほど、上手く投げられたからだ。
「何をいているの!さっさと立って奴を倒しなさい!あなたの筋力で投げれない人間などいるはずがない!」
ツルーナは研究者だがヂャバラに最適な試合での戦い方は、
相手を投げ、上に乗って攻撃を加えることだと判断し、重い物を持ち上げたり、人間を投げる練習はさせていた。
人間の体重として考えられる限界の重さでも、ヂャバラが持ち上げられることは検証済みだ。
それなのに、
「うがあぁぁあ!!」
再度ヨコヅナに向かっていくヂャバラ。
今度は殴ることはせず、体当たりするように腰のあたりに組み付きにいく。
だが勢いをつけた体当たりでも、手で足を刈るように押し倒そうとしても、傾けることすら出来ない。
ヂャバラはまるで、地に太い根をおろした大樹にでも組み付いているような思いだった。
「フンッ!」
そしてヂャバラの方は、踏ん張ることも出来ずあっさりと投げられる。
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