第184話 大会を開く
最後の敵、『原初』の駒との戦いに備えて十数年が経過した。DPを稼げば稼ぐほどに強くなる俺達は、未だにその天井を知らないでいる。小さな島の港町でしかなかったかつての拠点も、今では拡張に次ぐ拡張を重ねて巨大な海上要塞都市と化し、そこに住まう人々やモンスター達の数と種族も以前の比ではなく、国際色豊かな様相を呈しているぞ。また、正式に海賊国家として周辺国より承認され、今では世界最大の漁獲量を誇ってもいるのだ。
おっと、このくらいで驚かないでくれよ? まだまだ言いたい事は沢山あるんだが、そうだな…… 例えばDP、こいつは島の貨幣という枠組みから飛び出し、今ではフォークロア大陸にまでその影響を及ぼしているくらいなんだ。マジで驚きだよな。いや、言いたい事は分かるよ? ここまで来ると、俺も止めようがなくなってきてしまい、戦いを始めるタイミングが掴めずにいるんだ。でもさ、いざ戦いが始まれば案外、直ぐに決着がつくとは思わないか? 何せ今の俺達には、数年前に建造した島自慢のコロシアム、その王者であるアークが居るのだから―――
「―――最初は興味のなかったコロシアムだったけど、いざ作ってみたらこれが凄いの何の。血飛沫が毎日飛び交うし、見ているだけで熱くなる! これはウィルも参加すべきだと心を入れ替え、今では王者アークの下で武者修行をしているところよ!」
「……アーク、寝ている俺の耳元で一体何をしているのかな?」
仕事中だった筈だが、どうやらその途中で眠ってしまったらしい。で、そこからあんな壮大な夢を見てしまったと。耳元で好き勝手に語るアークに誘導され、夢の中とはいえ、コロシアムを作って弟子入りまでしてしまったと。ハハッ、我ながら自分の単純さに呆れてしまうよ。
「何って、別に何もしていないわよ? 私はただ、ここで将来を夢を口にしていただけで~」
と、視線を逸らしながら、そんな言い訳を述べるアークさん。まあ全部が全部、アークの言った内容ではないんだろうが…… それにしたって、十数年後ってのはなぁ。流石にそこまで先延ばしはできないだろ。前にチラッと聞いた話だけど、ピークを過ぎれば肉体は衰え、ステータスも下がっていく。そういう意味でも、あまり先延ばしをし過ぎるのはよろしくないのだ。 ……まあ、アークは歳とか関係なく、ずっと成長し続けていく気もするけど。
「お前、そんなにコロシアムを建てたいのか? この島に建てたとしても、絶対持て余すだろ。参加する面子だって固定化するぞ?」
「え~、絶対楽しいのに~?」
悪びれもなく、堂々と文句を垂れるアーク。まさか夢の中でまでコロシアムを推してくるとはな。その熱意だけは見習いたいくらいだよ。しかし、だ。アークやアイ、ひょっとしたらトマも喜ぶかもしれないが、それ以外の仲間達からの反応は微妙だろう。バルバロはそれよりもゴブイチとの漁対決に熱心になっているし、ブルローネはシュートの研究に余念がない。純粋な破壊力のトップに君臨するクリスだって、当然そんなバトルジャンキーな趣味は皆無。と言うか、日常の仕事が趣味も兼ねているから、改めてそんな事を始める必要すらないのだ。スカルさん達だって…… いや、ここはワンチャンあるか?
「つうか、俺を鍛えるのもアークの夢に含まれているのか? 何だよ、武者修行って?」
「うーん、まあ、そこそこに? ウィルは基礎能力が高いんだから、もっと戦闘技術を磨くべきなのよね~。私が鍛えてあげたら、そう時間も掛からずに強くなると思うわよ? どう? どうどう? 私と一緒にトレーニングしてみない?」
「……一応聞いてみるけど、それってどれくらいの期間が必要になるんだ?」
「まずはみっちり一ヶ月くらい鍛え上げましょうか! パーフェクトスムージーがある事だし、睡眠時間をがっつり削って吐くほど鍛えれば、私的にも良い線いくと思うのよね! ダンジョンマスターなのに前線で戦う! これって新しくないかしら? 奇をてらって敵の隙も作り出せるわ!」
「新しいが、やっぱその案は却下で」
「何でよ!?」
普通に死ぬって。あと、パーフェクトスムージーの使用は用法用量を守れ。理論的には不眠でいけるかもだが、先に心が折れるわ。前線に出るダンジョンマスター云々の話も訳が分からん。
「俺を鍛える話は捨て置いてさ」
「さて置くまでもないって事!?」
「そこに噛みつくな噛みつくな…… コロシアムの話に戻るけど、やるにしたって最初からそんな大規模である必要はないだろ? まずはさ、鍛錬場とかで小さな大会を開いてみたりして、皆の反応を探るとかした方が良いんじゃないか? カジュアルに誰でも参加できる感じって言うか、何ならお祭りの延長でやってみるとか」
「えー、それって私が本気で参加できなくない?」
「お前が本気で参加したら、そもそも相手できる奴がアイくらいしか居ないっての…… コロシアムを作って盛大に大会を開きたいって願望は分かった。けど、何事もまずは基礎、土台作りからだ。アークが俺を鍛えるにしても、いきなり奥義めいた技を教えようとは思わないだろ? それと同じだよ」
小さな大会なら、DPも何とか融通できるしな。と、この話を締める俺。よし、上手く話せたな。パーフェクトスムージーコミュニケーション。 ……うん、まだ疲れが残ってるっぽいな、俺。区切りの良いところで、パーフェクトスムージーを飲みに行くか。
「むー…… 兎に角、それで大会の有用性を証明できれば良いのね? DPを投資しても良いとウィルが思えるくらい、すんごい成果を叩き出せば良いのね?」
「ま、まあ、それはそうなんだけど……」
アークの顔つきが戦闘時にそれになっている。何だろう、すんごく嫌な予感がするんですけど?
「こうしちゃいられないわ、早速準備に取り掛からないと! じゃ、そういう事だからウィル、大会の有用性を刮目しなさいよッ!」
「お、おい――― って、もう行っちゃったし……」
スタートダッシュと同時に突風を巻き起こし、一瞬で姿を消してしまうアーク。準備って、一体何の準備をするんだろうか?
「……嫌な予感はもう確定として、今から心配してもしゃーないからな。さっ、仕事仕事」
と、すっかりそんな予感に慣れ切った俺は、不安高まる未来に一旦蓋をして、目の前に作業に集中する事にした。慣れとは怖いものである。
◇ ◇ ◇
アークが精力的に何かを企み始めてから、数日。あれだけ盛大な前振りをしていたのにもかかわらず、ここ最近は変な事件が起きるような事は特になかった。あったとしても精々、バルバロがカジキっぽい大型モンスターを釣り上げてきたり、知らぬ間にジェーンが布団の中に入り込んできた程度である。 ……いや、これはこれで事件なんじゃないか? 俺の常識、段々と麻痺していないか? と、そんな疑問がない訳でもなかったが、兎に角、平和ではあったんだ。
しかし、今日の俺には予感があった。数日前に感じていた嫌な予感、それが現実化するという、やたらと具体的な予感がな。これは幾度もの修羅場を生き残ってきた俺が、いつの間にか会得していた技能の一つ――― というのは冗談だが、割とマジでそんな気はしていたんだ。だって今朝の飯時のアーク、キラッキラと目を輝かせていたんだもの。
ええと、今日の予定は…… そうそう、これからジークが率いるサウスゼス王国騎士団との合同訓練があるんだったな。確かこれ、アークの発案だった筈。なら、何か起こるとすればそこで、か。
「って事で、やるわよ!」
「……何を?」
「前に言った大会に決まってるでしょ!」
「……どこで、いつ?」
「フフン、ここで今に決まっているわ!」
朝食後に鍛錬場に呼び出された俺は、アークにそんな言葉を浴びせられるのであった。うん、それはまあ良いよ。大会を開く事自体は、前に聞いていた通りだからな。今日の合同訓練にかこつけて、大会開催を引っ張ってくるまでは、流石の俺も予想できた。けど、けどさ―――
「……その大会とやらに、何で見知らぬ面々も参加しようとしてんの?」
―――この場に宣教師っぽい方々が集まっているのは、一体なぜなのだぜ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます