第144話 アイの本性

 その夜、アイの歓迎会が盛大に開かれる事となった。既に子供達から“やたらとシュートのすげぇ姉ちゃん”、“よく分からないけど何か頼りになるお姉ちゃん”と言われるようになったアイは、そこを起点に親御さん、ご近所さん、最終的にはエーデルガイスト情報網の全てに知られるようになり、早くも街の雰囲気に溶け込んでくれている。教会を作るという案も上々の評価で、建造が終わったら見に行きたいと、皆が口々に言っていたくらいだった。


「へえ、煙草は雑貨屋で買えば良いのか。でもって、値段はそれなりにするってぇんだな?」

「せや。もう社長はんに聞いてんかもしれんけど、島で作る事ができるもんはその店で、煙草みたいな希少品は雑貨屋でしか買えないねん。ま、これはワイらみたいな幹部連中以外、雑貨屋の中でしかショップ画面を開けない仕様にしているからなんやけど」

「あー、何でもかんでもショップとやらで買えないようにする為か?」

「サハハハ、アイはんは察しがええなぁ。せや、ショップはDPさえあれば何でも揃う万能卸売業者なんやけど、本当に何でもある点がある意味問題なんや。いくら信用しとる相手だから言うて、安易に毒物を売る訳にもいかんやろ? せやから、雑貨屋内での売買ん時も店員を通してやるねん」

「その相手に売って良いかどうか、店員はその見極めを行う、或いは上に判断を仰ぐ役割を持っているって訳か。まあ妥当なところだろうな。資格なりがねぇと買えないもんがあるのは、どこの国も似たようなもんだぜ」


 で、本日の主役であるアイは、現在ハギンとDPについての話をしているようだ。DP貨幣案を出したのは、他でもないハギンだからな。ジェーンと共に法整備に動いてくれた事もあって、元統治者であるアイの視点では、きっと興味を持つ部分が多いんだろう。


「お嬢さん、煙草を買う前にまずはこれを試してみては如何かな? 吸えば吸うほどにハマる、そんな魔性の代物なんだがね」

「おっ、これが噂の葉巻型無限干物か? どれどれ…… へえ、煙草としては全然アレだが、酒のあてとしては良い感じじゃねぇか。うん、もう一本くれ!」

「オフコース」


 しかし、言動は兎も角その清楚な見た目で、割とガッツリ飲んでるのな。酒と干物を堪能するのは構わないけど、あの調子で大丈夫なんだろうか? 教会、明日から本格始動予定なんですけど……


「アイはん、結構なペースで飲んでるみたいやけど、大丈夫なんか? ひょっとして、酒にめっちゃ強いとかか?」

「んー? 生まれ変わって飲んだのは今日が初めてだから、よく分かんねぇや。まっ、前世だとよくオールして、毎回死ぬ思いをしていたんだけどな。だが、こればっかりは酒がうめぇのが悪い! うん、ぜってぇそう!」

「……クリス」

「はい、グレゴールさんに二日酔い用の薬を手配してもらいますね。私の方でもしじみ汁を用意しておきます」

「頼んだ」


 よし、最悪の場合でもこれで大丈夫だろう。グレゴールさんの薬もそうだけど、クリスのしじみ汁は嘘みたいに効くからな。前にクラーサがその身で証明してくれたから、もう心配は不要だろう。


 しかし、今更ながらDPの貨幣化とか、よく考えるもんだよなぁ。ハギンは海人うみんちゅでありながら、商人あきんどでもあるって言うか、算盤の扱いも滅茶苦茶に速いんだ。DPに対する執着も仲間内ではずば抜けていて、更なるDPを! を合言葉に、サハギン達の追い込み漁にも結果が表れてきている。


 ただ、DPの稼ぎ頭と言えば、やはりトップはクリスやバルバロ、ゴブイチに軍配が上がるだろう。ライバルという存在が大きいのか、バルバロとゴブイチの爆発的伸びは他の比じゃないんだ。そんな漁獲量全てに対応して、尽くを料理に変えてしまうクリスも、間違いなく最大の功労者の一人なのである。このトップ三人の給金は、当然それ相応の凄まじい額になる筈なんだが…… 肝心の本人達がこう言うんだよ。


『その分は国庫に納めてください。調理器具を一新して頂きましたし、マスターとは恋人になれましたし、マスターの素晴らしさを分かち合う同志も拡大し続けています。ええ、私はそれで満足ですし、他に欲しいものなどありませんので』

『余剰分のDPなんて要らないよ。その代わりのもんを夜に貰っているからねぇ!』

『フッ、吾輩だけがそんな額を頂く訳にはいきませんよ。他の皆の特別報酬として、ダンディに回しといてくだせぇ。何、吾輩は少しの酒と、この葉巻があれば上々のゴブ生なんでさぁ』


 とか言って、必要最小限のDPしか受け取ってくれないんだよね。いやあ、ゴブイチは常にダンディだけど、クリス達については、ええと…… 俺からはコメントし辛いッス。


「頭、アイの奴はどんなもん――― おい、何ビビッてんだよ?」


 そんな事を考えていると、不意に背後からバルバロに声をかけられる。タイミングがタイミングだった為、思わずビクリと体を震わせてしまった。


「な、何でもないんだ。それよりも、アイがどうしたって?」

「……? いやさ、どうにも想像していた奴と違うと思ってね。サズの奴がラヴァーズの聖女を手土産に持って来た時、この海賊島で神聖な聖女様がやっていけるのか、甚だ疑問だった。けど、それが実際に口を開いたら、アレだったろ? あまりに思っていたのと違っていたから、偽物かと疑っちまったよ」

「まあ、それは仕方ないだろ。俺だってそうさ。アーク並みに喧嘩っ早いし、酒や煙草はするし、種族に関係なく誰とでも仲良くできる。とてもじゃないが覇権主義の宗教国家、そのトップとは思えない」

「本当にね。アイがずっとそんな調子だったから、内部からの乗っ取りが目的かと疑いもしたんだが…… どうもそれも違うようだ。あいつからは悪意が感じられないし、アタシの勘がこう言ってんだ。あいつはただ単に、天然のタラシなんだってね。自分が望む望まないに関係なく、組織のトップに担ぎ上げられるタイプの人間だよ、アレは」

「まあ、それも同感かな。アイは『慈愛の神』の力を失って、もう聖女を続けられないとか言っていたけど…… 正直、あの状態でもラヴァーズのトップで居続けられたし、宣教師達も違う形で魅了していたと思うよ」


 アイ本人は全くその自覚がなかったんだろうけど、今回はジークもそこを読み違えたんだろうな。まあ例の『秩序』の関係で、争奪戦後はアイと接触するのを避けていたんだろうし、仕方なくはあるのだが…… ジークには悪いけど、この事は秘密にさせてもらおうかな。


「何だ、頭もそこまで気づいていたのかい?」

「これでも今日一日、一緒に行動させてもらったからな。アイはこれから、俺達にきっと良い影響を与えてくれる。市長――― じゃなかった。船長としても、これは喜ばしい事だ」


 もしも、もしもだ。争奪戦時に俺に予期せぬ事があって、この街からダンジョンの機能が消失したとしても…… 多分、アイなら残った皆を纏め上げ、何とか逃げ延びてくれると思う。前に誰かが言っていたと思うが、保険はいくらあっても良いんだ。そんな場合の想定なんて本当にしたくはないけど、最悪を考えるのも俺の仕事のうちってね。ハァ、非常時のマニュアル、そろそろ完成させないとなぁ。


「……頭、アタシを置いていかないでくれよ? ブルローネの前で泣きたくなんてないからねぇ」

「同じ言葉を返してやろう。俺のハートはガラス製なんだ」


 だが、それと同時に最善を考え、それを目指すのも俺の仕事だ。ああ、やってやろうじゃないか。誰一人欠ける事なく、俺の幸せも皆の幸せもそのままに、争奪戦を駆け抜けてやる。副業でも海賊は海賊、その欲深さに底はないんだ。


「さて、次の敵さんは俺達以上に欲深いかな?」

「ククッ、アタシら以上に欲深い奴なんて、この世には居ないさね」


 俺達は東の海の水平線、その遥か先に届かせるつもりで睨みを利かせた。

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