第126話 悪魔の時間
アークが船に戻り、海中にて待機していたサハギン軍団がリングの解体作業、捕縛したロックスの回収作業へと入る。
「ジェーン、やっばい! すっごい痛いのッ! 助けて助けてッ!」
「ア、アークさん、両腕をブンブン振らないでください。動いていたら、傷の手当ができませんので……!」
とまあ、そんな感じでアークはすっかり戦闘を終えたような雰囲気になっているが、上空では未だに激しい迎撃戦が繰り広げられていた。
「ふぅー……! 大分落としたと思うけど、まだ沢山いるね」
クリスとトマによる対空攻撃は、数多くのドラゴンを撃墜していた。しかし、それでも漸く半数を倒したか、それよりも少し多いかといったところだ。正直このペースでは、敵のブレスの射程範囲に入るまでに、全てのドラゴンを撃ち落とす事はできない。
「……トマ君、そろそろ脱出の準備を」
「えっ!? い、いやいや、まだいけるよ、クリスさん! ほら、次はこの方向で撃って!」
トマが狙いを定めた魔法攻撃により、またドラゴンを新たに倒す事に成功する。しかし、一度の射撃では一体の撃墜が限界。やはり、このままでは間に合わない。
「駄目です。そろそろ敵が攻撃を仕掛けて来てもおかしくない距離、これ以上は危険です」
「け、けど……」
「大丈夫。予定より多いですが、そこは私がカバーしますから。それに、トマ君にも次の役目がある筈ですよ? 分かっていますよね?」
「うっ…… わ、分かった。じゃ、これで最後で」
クリスの指先、その延長線上にいたドラゴンが落ちる。
「クリスさん、後は任せたよ!」
それを確認したトマはクリスの背から手を放し、海の方へと落下していった。衝撃を軽減するマジックアイテムを持っていたとしても、真下が一面海だったとしても、救助をしてくれるサハギン達が待機していたとしても、高層ビルほどの高さから飛び降りるのは容易な事ではない。が、それでもトマは飛び降りた。これ以上の長居、我が儘、迷い――― それら全てはクリスの足枷になるだけだと、しっかりと理解していたのだ。だからこそ、覚悟を決めて飛び降りた。
「……ふぅー。トマ君はトマ君がすべき事を、見事にやり抜きました。では、次は私の番ですね。触媒の残弾はまだまだ健在、私自身の魔力も殆ど使っていません。よって、余力は十分――― ですが、油断はできませんよね、マスター」
遠くにいる筈のウィルに語り掛けるように、クリスがそう口にする。
「今、トマが着水したのを確認した。サハギン達は救助に向かってくれ。 ……それとクリス、予定通り天候を変えるぞ。十全に力を振るって、お前の本当の力を俺に見せてくれ」
これも狙っていたのだろうか。絶妙なタイミングで、船に残っていたウィルがそんな返答をする。そして次の瞬間に、この海域に大きな変化が訪れる事となる。
「いだぁいだぁーい!」
「あばっ……!?」
「ああっ! アークさんの腕がウィル様のお腹にっ!?」
……これとは全く別の変化が訪れる事となる。
◇ ◇ ◇
謎の攻撃の発生源、つまりはクリスの下へとドラゴン達と共に突貫を仕掛けていたシザは、眼前の光景に目を疑った。それは家族であるドラゴン達も同様で、疾走する速度は落とさないまでも、多かれ少なかれ驚かされているようだった。
「よ、夜になった……!?」
先ほどまでも天気が悪く、暗雲によって太陽の光は閉ざされていた。しかし、それでも夜ではなかった筈だ。時間的にはまだまだ太陽が昇っている筈で、夜に至るには早過ぎる。それも、一瞬のうちに闇が支配する世界になった。いくら何でも、自然現象にしては不自然である。
「……魔王の仕業、そう考えるのが妥当でしょうか。幸い、あの炎で敵の位置は分かります。作戦継続! 慎重に進んでください!」
「ギュアア!」
状況が変わろうとも、自分達のすべき事は変わらない。謎の砲撃を仕掛けて来る敵を排除し、続いて敵船を蹂躙する。シザは冷静にそう判断して、ドラゴン達に命令を下した。
「ブレスの射程に入り次第、攻撃元へ一斉掃射! 躱す隙間を与えないように…… 攻撃が来ない?」
続けて攻撃指示をしている最中に、シザは違和感を覚えた。あれほど恐ろしかった必中の攻撃が、敵から全く放たれなくなったのだ。
(アレが魔法だったとするなら、もしや魔力が切れた? ですが、まだ炎は灯っている。一体何を企んでいるのです? ……ん?)
そんな風にシザが思考を巡らせていると、敵の周囲に広がっていた炎に動きが生じた。それまでただそこに浮遊していた炎全てが、ある二ヵ所に向かって集まり出したのだ。それら動きは迅速で、瞬く間に炎は集約していった。そして、遂には二つの小さな点と化した炎の塊。何が起こっているのか理解はできないが、とんでもない危険の前兆であると、シザはそう確信する。
「……警戒を」
ドラゴン達は目標へと接近する。相変わらず攻撃は来ないが、油断はできない。念の為に固まらず、回避行動を予め取らせての進軍だ。進軍速度は少し落ちるだろう。ただ、この時シザは進軍速度が先ほどよりも速くなっているような、そんな錯覚を受けた。
(……? 思っていたよりも、敵との距離が縮むのが早いよう、な…… ッ! 違う、敵もこちらに接近し始めたんだ!)
突如として辺り一帯が暗闇となった事で、シザ達は敵との距離感が掴み難くなっていた。シザの『赤眼』で確認しようにも、圧縮された炎から放たれる強烈な熱によって、温度差の識別ができない。つまるところ、シザも曖昧にしか敵の位置が把握できていなかったのだ。しかし一定ラインを越える事で漸く、敵――― クリスとの距離間が明確化される。次の瞬間にシザの視界に入ったのは、両手の人差し指の先に圧縮した炎の弾を宿したメイドであった。
(メ、メイド!? そ、想像以上に速いッ……!)
戦場が夜になる事で、クリスは『夜適性』のスキルを発動していた。このスキルの発動中、クリスのステータスは一定の補正がかかる。スキルの説明文から引用するならば、その効力の強さは、『目に見えた効果が発揮される』ほどのものだ。とはいえ、これでは具体的には分からないだろう。身近な人物で例を挙げるとすれば――― 魔法や情報処理の面において、アークの戦闘力に匹敵するレベルにまで上昇すると言えば、理解しやすいだろうか?
シザが率いるドラゴンの軍勢へと迫るクリスのスピードは凄まじく、シザとドラゴン達が気が付いた時には、最早懐に入ったと言っても差し支えない、そんな距離にまで近づかれていた。当然、彼女らはドラゴンの専売特許、ブレスにて迎撃を試みる訳だが、縦横無尽に宙を駆け巡るクリスを捉えるのは、困難を極めた。クリスの移動が速過ぎる事はもちろんだが、夜という暗闇がここでもシザらの障害となっていたのだ。それもそうだろう。満足に視界が確保できていない中で、自分達以上に小回りが利き、速度が上の相手を発見するなんて事は、言葉にする以上に難しい。唯一の目印である指先の炎を追いかけるにしても、クリスは時折ダミーとなる別の炎の弾をばら撒いている為、余計にシザらの混乱の元となっていた。
(なるほど。ドラゴンは私ほど夜目が利かないようですね、安心しました)
クリスは移動をしながら、すれ違いざまにドラゴンを撃つ。撃って撃って、撃ちまくる。言うなればこれは、ファイアワークスバレットの速射モード。狙撃よりもコントロールが荒く、距離の近い敵にしか命中させる事ができないが、その分連射性に特化した代物だ。平時のクリスでは十全に扱えるものではないが、
「こ、のっ……! 卑怯ですよ、姿を現しなさい! 私の名はシザ・エラード! 正々堂々勝負なさい! 神に代わって、私が―――」
堪らずシザが叫びを上げるも、それから先の言葉が続く事はなかった。
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