第35話 侵入者
モルクは焦燥感に駆られ、同時に強い危機感を抱いていた。率いていた自慢の艦隊がたかだか一隻の船に惑わされ、脆くも瓦解していくその様を眼前の光景として見せられる事実に。幽霊船などと眉唾物でしかないほら話が現実となり、自らが築いてきた財産・戦力とも呼べる結晶が削がれていく感覚に。
「十番艦、十一番艦が大破! 四番艦からも連絡がありません! な、七番艦が八番艦に発砲!? 七番艦、何をしている! それは友軍だぞっ!」
備え付けのマジックアイテムにて船と船との連絡を行う通信士は、もうずっと入れ替わり立ち替わり情報を収集している状態だ。中には悲鳴が鳴り響く通信、ただただ助けを乞う通信も混じっており、通信先の状況が悲惨なのは明白だった。そんな混乱の最中、向こうから伝わってきたのは、突如として現れる幽霊に船が乗っ取られるという言葉だ。平時であれば何を馬鹿なと吐き捨てる話であるが、目の前に広がる地獄絵図を目にしてしまうとそれもできない。船員達の間では、次に幽霊が現れるのはこの船なのでは? などという不安が広がっており、士気にも関わる忌々しき事態となっていた。
「これは…… アークどころの話ではありませんなぁ」
「馬鹿な、馬鹿なぁ! 我が艦隊、我が船達がぁ!?」
今も眼前では、仲間の船同士で大砲の撃ち合いが行われている。片や大砲の不意打ちを食らわせられ、大きく損傷したモルクの船。片やスカルシーウルフに占領され、一人も生き残っていない元モルクの船、言い換えれば新たなる幽霊船だ。濃霧の中からの砲撃に加え、仲間だったはずの船までもがおかしくなってしまった。いかに経験豊富な水夫達といえども、この状況に混乱しない筈がない。それはモルクやサズも例外ではなく、対応は後手後手になるばかり。アークを捕らえる以前にその姿の確認もできていないが、最早敗戦の兆しは濃厚である。
「モルク殿、お気持ちはお察ししますが、この艦までも落とされては某も困ってしまいます。ここは一度退き、国やギルドに情報を提供するのが上策では?」
「ぐ、ぐ、ぐうぅ……! だ、だが、ワシにはまだ―――」
―――バァン!
モルクの言葉を遮るように、何か船の下で轟音が聞こえた。一瞬、例の大砲が当たったのかとも思われたが、どうも違うようだ。見張り役からは砲弾接近の知らせがなく、他の船で起こった爆発のような音ではなかったのだ。
「な、何だ? 一体何の音だ!?」
「爆発したというよりは、ぐしゃっと何かを叩きつけたような音でしたな。 ……幽霊、ですかな?」
「ぐっ、おのれぇ~! 各員、船内の警備を強化しろ! ワシのコレクション共を使っても構わん! ダズビ、お前もさっきの音がした方へ、船員達と一緒に向かって確認しろ!」
いきり立ったモルクが、甲板にてぼーっと空を眺めながら棒立ちしていた、一人の巨漢を怒鳴りつけた。ダズビというらしい巨漢はワンテンポ遅れて反応し、ようやく自分が呼ばれた事に気が付いたようだ。異様に背丈が高く、サズ以上に筋骨隆々な肉体を持った彼は、手に握った巨大な棍棒を肩に置いてから、ゆっくりとモルクの方へ振り向く。
「お、おでも? おでも一緒に行っていいの?」
「いいと言っている! 幽霊だろうが何だろうが、お前の怪力で骨ごと粉砕してしまえ!」
「お、おー。ならおで、頑張るぞ、っと。美味い、飯の礼をしねぇど」
ダズビはニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべながら、船員達と共に船内の調査へと向かう。船内に入る際、その入り口にて頭をぶつけていたが、特に痛がっている様子はなかった。というか、ぶつかったと気付いてもいない。
「……彼、大丈夫なのですか?」
「あれでもダズビは優秀な戦闘員です。殺人、強姦と度重なる犯罪を犯した重罪人、鉄塊のダズビと言えば、サズ殿もご存知なのでは?」
「ああ、確かに耳にした事があります! 他国領内で騎士団をも退け、刃をも通さぬ肉体を持つとか! そうか、彼がその人だったのですね!? まさか奴隷になっていたとは、予想外でした!」
「まあ、そんなダズビもワシの奴隷となってからは従順なものですよ。頭が少々弱いのが困りものですけれどね。だが、それを帳消しにするほどに強い」
そう、ダズビはモルクの
(更に、奴らはワシの能力でステータス以上の力を出せるようになっておる。確かにここまでの展開は予想外であった。それは認めよう。だがな、調子に乗るのもここまでよっ!)
船の下部から、再び破壊音が轟く。どうやらダズビらコレクションの誰かが、幽霊と接敵したようだ。激しい戦いが繰り広げられているのか、船の一部を破壊するような轟音と振動が今も続いている。
「あの馬鹿が、船まで粉砕しおって!」
「モルク殿、後日戦艦の修繕費を請求しても?」
「うっ! し、仕方ありませんな……」
モルクらがそんなやり取りをしている間にも、船のどこかで行われる戦闘の気配は止む兆しを見せない。むしろ、徐々に徐々に甲板方向へ場所を移動しているようにも聞こえた。
―――ダァン!
「うおっ!?」
ビクリとモルクが体を震わせる。
「……モルク殿、某の気のせいであればよいのですが、段々と何かがこちらに近づいておりませんか?」
「き、奇遇ですな。ワシも今しがた、ひょっとしてそうなんじゃないかな~と、思い始めていたところです。ですが、ご安心を。ワシが連れてきた屈強なる奴隷達は、その道の達人ばかり。決して幽霊などに後れを取るはずが―――」
―――ドガァ―――ン!
「うびゃあっ!?」
「おっと」
突如として弾けた甲板の床に、モルクは飛び上がり悲鳴を上げる。サッとサズを壁にして背後へ隠れ、砕け散った床を凝視。その流れるような回避行動の速さは、騎士団副団長のサズの目から見ても無駄のない見事ものだった。見掛けによらず逃げ足がとても速い。
「ぽーい」
衝撃によって開けられた穴の中から、空気を読まない間の抜けた声がした。しかし、次いでそこから現れたのは、瀕死状態に陥ったモルクのコレクション達。現れたというよりは、宙にぶん投げられるようにしてポイポイと甲板上に投じられている。床に転がった彼らは全員血塗れで、体の至る場所が粉砕されていた。まるで巨人に殴られたような、酷い有様だ。
「これで全員かしら? まあ、そこそこお腹は減ったかしらね~。よいしょっと…… あら?」
穴の中から這い上がって来た金髪の女と、ふと視線が合ってしまう。相手は美女も美女、それもとっておきの美女だ。敵意や殺意を向けられている訳ではない。見目麗しい女と、ただ単に視線が合ってしまっただけだ。だというのに、それ以降モルクはその場から一歩も動く事ができず、声を発する事もできなかった。蛇に睨まれた蛙、鷹の前の雀、化物にロックオンされた豚、まさにそんな感覚だ。冷や汗と震えが止まらない。
「わあ、貴方とっても偉そうで無駄に肥えてるわね。もしかして、モルク・トルンク?」
死神に名を呼ばれたような、そんな寒気がした。
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