第36話 モルク・コレクション

「で、でででで、でで、で――― 出たぁ! アーク・クロルだぁ―――!」


 モルクは大声を上げながら腰を抜かし、甲板の床へとその重そうな尻を衝突させる。彼の驚きようは今日一番かと思われるほどに盛大なもので、何やら馬鹿にされたと肌で感じたアークも、思わず怒りよりも失笑が先に表情へ出てしまった。


「ぷふふっ! 何をそんなに驚愕してるのよ? 私を捜しに来たんでしょ? 変な奴ね~」

「……モルク殿。彼女がアーク・クロルで間違いないので?」


 差し出されたサズの手を掴み、よたよたと小鹿のように立ち上がるモルク。正直そんなモルクの姿に、アークは笑うのを我慢するので精一杯だった。


「ま、間違いない。奴がターゲットのアークだ! ワシは闘技場での活躍を、この眼に焼き付けておる! あの尋常でない化け物染みた強さ、今思い出しても身震いしてしまうわい」

「格好付けた台詞を言うのは良いけど…… いえ、何でもないわ」


 言葉通り、モルクは頭の天辺から足先に至るまで、その体全てをぷるぷると震わせていた。これを指摘すれば爆笑は必至、アークは泣く泣く我慢を選択する。


「フフッ、飛んで火にいる何とやらとは、まさにこの事よ! この船に乗るのは一騎当千の猛者ばかり、他の船と一緒にしてもらっては困る! 我がモルク・コレクションより選りすぐった奴隷達の力にて、貴様を捕らえてやろう!」

「へえ、ここに来るまでに見掛けた首輪付きは、全員ぶっ倒したつもりだったけど…… まだご自慢の奴隷がいるの? もちろん、ここに寝ている奴ら以外の話なのよね? 一応、鎖に巻き付けて全員引き摺って来たのだけれど」

「………」


 モルクは改めて床を見回す。そこには死屍累々な様子の奴隷達が転がっており、モルクの見知った顔ばかりが見受けられた。間違いようもなく、モルク・コレクションから選抜された歴戦の戦闘員らである。ついさっき意気揚々と出陣したダズビも、仲良くその中でおねんね中だ。自慢だった巨大な棍棒は根元よりバッキリと折られており、彼は柄のみとなった元棍棒だけを握り締めて気絶していた。


「………」

「……え、真面目にこれで終わり? 本気で? マジで? ちょっと、やる気あるの!?」


 仕舞いにはアークに駄目だしされる始末。モルクの震えは怯えから怒りのそれとなり、顔色も見る見るうちに赤く染まっていった。


「だ、黙れぇ! いかに貴様が強かろうと、その首に奴隷の証である首輪があれば、ワシの勝利に揺るぎはないのだぁ!」


 モルクの猛りが響き渡る。傍から見れば強がりにしか見えない叫びであるが、あながちモルクの言い分は間違いではなかった。彼には『奴隷起用』、『奴隷運用』という強力な力が備わっていたのだ。


 本来、対象を奴隷とするには条件がいくつか存在する。本人或いは監督者の同意とそれを証明するサイン(犯罪者の場合は省かれる)、機能を発揮させる首輪の装着、奴隷という身分を固定化させる為の儀式――― 等々と細かなところまで含むと、意外と面倒な手順を踏む必要がある。条約で定められた法に則り、これら一連の流れを仕事として請け負う職業があるほどだ。奴隷商であるモルクは身柄を請け負い、奴隷に仕立て上げ、販売に至るまでの全てを行う事を生業としているのだが、実のところこれらのスキルを使用する事で、それら作業の大部分を省いていた。


 『奴隷起用』は対応した首輪さえ装着させていれば、強制的に対象を奴隷とする事ができるスキルだ。モルクはこのスキルのSを会得しており、それはたとえ相手が勇者や魔王であろうと効果を発揮する恐ろしいもの。『奴隷運用』は自身の奴隷のステータスを上昇させ、更には心の底からの主への服従を強要する。こちらも同様にSクラスのスキルで、例えばCの能力があるとすれば、それをBにまで引き上げて忠誠を誓わせるのだ。モルクの取り扱う商品はどれも質が良い。そのように高い評価を受ける理由が、これらの力を行使した結果という訳だ。


 そしてアークは剣闘士の奴隷、つまりは奴隷の首輪を装着しており、いかに強くともモルクの力で制御できる条件を満たしている。これら二つのスキルを用いれば、鴨がネギをしょって来るようなものだとモルクは算段を立て、この艦隊に自身も乗船。コレクションのほとんどを打ち破られた今になっても、自身の勝利を確信していた。していたのだが―――


「―――お、おい、首輪はどうしたぁ!?」


 アークの首に、奴隷の証明である首輪は既になかった。


「首輪? あー、随分前に取っちゃったわね。今はないけど、それがどうしたの?」

「は? はああぁぁぁぁ!?」


 顎が外れるほどに大口を開け、そのまま硬直してしまうモルク。鼻から色々と垂れているが、最早それを気にする余裕さえないようだ。


「何だかよく分からないけど、当てが外れたみたいね! 残念ざーんねん!」

「モルク殿、下がってくだされ。ここは某が!」


 放心するモルクの前に出るようにして、得物である長剣を抜いたサズが立ちはだかる。


「貴方は?」

「サウスゼス王国騎士団、副団長のサズと申す! モルク殿の護衛とでも思ってくれればわあっはぁー!?」


 名乗りを上げている最中であったが、アークが投じた鉄球をもろに受けて吹き飛ばされ、船の甲板から海へと落ちていくサズ。鎧を着こんで重かったせいか、ザパンと盛大な水しぶきと落下音が上がっていた。


「サ、サズ殿ぉー!?」

「あー、ごめんなさいね。敵である事が判明した時点で、私としては戦いの合図なのよ。ま、悠長に構えていた自分が悪いと思って反省しなさいね? あと、連れて来るならトップが来なさいよ。失礼しちゃう!」

「お、お前ぇ……!」


 勝手に腹を立てているアークの態度を前に、モルクがようやく正気に戻る。全身の震えが止まらないながらも、まだその瞳に諦めの文字は刻まれていないようだった。


「こればかりは使うまいと考えていたが、こうなっては仕方あるまい……! アーク、腕の一本や二本は覚悟せよっ!」

「あら、やっぱり奥の手があるのね。その為に貴方を生かしているんだから、さっさとしてほしいわ。こちとらお腹が減ってきてんのよ」

「減らず口を! 来い、レヴィアタン! その姿をワシの前に晒せぇ!」


 モルクの声に呼応して、漆黒の海より何かが勢いよく出現した。先ほど落下したサズではない。もっと胴体が長く、蛇のような体をしたものだ。胴体を伸ばし戦艦の甲板よりも高い位置で辺りを見下ろしている事から、そのサイズの規格外さが窺える。巨大なウミヘビ、いや、ドラゴンにも似た顔付きと、長大な体の所々から伸びる刺々しい鱗が、もっと違う生物である事を代弁していた。そして、その首にあるのは奴隷の首輪である。


「わぁ……」

「フハハハハハ! 驚いたか、馬鹿者め! これはワシのモルク・コレクションの最大戦力、海の怪物と名高いレヴィアタンだ! 古より生き、数え切れん船を沈めてきた正真正銘の化け物よ! しかぁし、そんな怪物もワシの手練手管にかかれば奴隷と化す! 人しか奴隷にならんと、常識に囚われ過ぎたようだなぁ! アークよ!」

「身がいっぱい詰まってて、とっても美味しそう!」

「フハハハハ…… フハ?」


 次の瞬間、アークの四肢に繋がれていた拘束具の鉄球、その一つが猛烈な勢いで放たれ、怪物の顔面に直撃。巨体がグラリと揺らぎ、背後の海に倒れる寸前の状態となっている。その突発的な攻撃は驚かされるものだったが、それ以上に異様だったのは、拘束具の鎖がどこまでもどこまでも延長されて伸びた事だった。どう考えても、元の長さよりも長くなっている。


「ここしばらくで培った漁業技術を舐めないでよねっ! 確保ぉ!」


 もう片方の腕で更なる鉄球を投じ、そこに繋がれた鎖で怪物をぐるぐる巻きにするアーク。その動作はかなり手慣れた様子で、怪物が倒れるよりも早くに前へと引き、甲板へと巨体を叩き落とした。まるで鉄球と鎖が最初から自分の武器であったかのように、非常に手際が良い。


「ファッ!? レ、レヴィア……!? な、なぜ拘束具の鎖が、伸び、伸びて……?」

「あら、知らなかったの? 私、どんな得物でも使いこなせるって、闘技場でも評判だったのに」


 ―――『全武器適性』。アークが身に付けたものはそれが何であろうと、アークの手足となって最適な武器と化す。それは拘束具であろうと例外ではなく、今となっては途轍もなく頑丈で、射程範囲が頗る広いモーニングスター兼漁網と化していた。

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