第33話 濃霧砲撃戦
次なる異変はすぐにその兆しを見せた。骸骨の乗るボートを沈没させた直後に、濃い霧が周囲に発生し始めたのだ。隊列を組んで船を進める分には、うっすらとではあるが隣の船影が見える。が、それ以上に離れるとなると、明かりを灯さなければ互いの位置の把握もできないほどだった。
「ぐぬぅ~…… これが幽霊船の呪いだとでも言うのか? この濃霧、いくら何でも不自然過ぎるっ!」
「せめて太陽の光でもあれば、大分話も変わるのですがねぇ。連絡を密に、近過ぎず離れ過ぎずで行くしかありませんな!」
「……全ての船にサズ殿がおれば、その声量で位置の把握もできそうなものなんですがね」
「おお、確かに! やってみますかな!?」
「い、いえ、遠慮しておきましょう」
ほんの気晴らしの皮肉も通じず、モルクは面白くない気分が募る一方だ。しかし、そんな彼に本当の不幸が降り掛かるのは、この後の事だった。
―――ダァーン!
大砲の音だ。またどの船かが誤って撃ってしまったのかと、モルクは激昂する寸前。だが、モルクが声を上げるよりも早くに、船員による報告が聞こえてきた。
「な、七番艦が被弾! 七番艦が砲撃により被弾したようですっ!」
「ええい、貴様らはどこまで馬鹿なのだ! 敵に対する砲撃ならまだしも、味方に誤射してどうする!? 撃ったのはどこのどいつだ!?」
「モルク殿、どうやらそれは違うようですぞ! 誤射でなく、敵からの攻撃だ!」
「な、何ぃ!?」
「この霧の奥より砲撃を受けたようです! 現在のところ一発だけ、ですが相当な威力だったようでして、被害は甚大! 敵数は未だ不明です!」
モルクがサズの方を振り向くと、彼は既に抜剣して臨戦態勢となっていた。敵と報告されても、この霧の中ではどこにいるのか分かるはずがない。モルクは少し逡巡して、今できる策を巡らす。
「船の明かりを消して、敵に居場所を視認できなくしろ! 仲間の位置は通信機でのみ確認! 熟練の船乗りならば、絶対に同胞の船にぶつけるなよ! それと敵の攻撃から砲撃位置を割り出して、その方向広域に弾幕を張るのだっ!」
「ハ、ハッ! 了解であります!」
「ふう、ふう……!」
考えられるだけのものを捻り出し、モルクはひとまずの間を置く。運良く大砲に当たってくれれば儲けもの、しかしこういった時は常に最悪を想定すべきだと、モルクは対アーク戦の為にと準備しておいた、隠し玉にまで考えを及ばせていた。
「流石はモルク殿! 素晴らしい采配ですなっ!」
「……サズ殿、それよりもお伺いしたい事があります。なぜ部下からの報告を受ける前に、あの爆発音が敵からの攻撃であると分かったのです?」
「おっと、これは失礼致しました! 実は某、とあるスキルのお蔭で少しばかり目が良いのです! 濃霧が出ようと土砂降りになろうと、私の目は水平線までくっきりと見通せるのです!」
「………」
「む、モルク殿? 如何なされた?」
「……な」
「な?」
「何でそれをもっと早くに言わないのですかっ!? そんな力があるのなら、敵に不意を打たれる前に察知できたはずでしょうにっ!」
地団駄を踏みながら顔を真っ赤にし、サズに負けぬほどの大声で怒鳴るモルク。我慢に我慢をしていたモルクにとっても、これは容認できない事態だったらしい。しかし、怒ってばかりではいられない。この間にも霧の外より放たれた砲撃が、モルクの艦隊に襲い掛かっているのだ。
「それがですな、恥ずかしながらこれには理由がありまして!」
「簡潔にお願いするっ!」
「これは手厳しい! 確かに私の目は霧をも見通し、その先にあるものを確認する事ができます! ですが、彼の敵船が少々厄介な事になっておりまして!」
「敵船という事は、やはり船がいるのですな!? どこに、何隻いたのですっ!?」
「落ち着きましょう、モルク殿! いつの世も、冷静に物事を判断する事が大切ですぞ!?」
「はようっ! お願いだからはよう言って下され!」
そろそろモルクの地団駄で、船の床が抜けそうだ。
「私が目にした限りでは、敵船は一隻だけです。それもこの戦艦とは比較にもならないほど小さく、いえ、モルク殿が所持する護衛の船よりも、遥かに小さな小型船です」
「一隻だけ……? ならば、なぜ大砲の射程範囲に入るまで黙っておったのですか?」
「その大砲が撃たれる瞬間まで、船の存在に気が付かなかったからですよ」
「は? 意味が分かりませんぞ!」
ミシミシと床が軋めいている。
「視界は開けているのに、船は見えない。そのカラクリの原因は、敵船の色にあります」
「色、ですと?」
サズは語る。その船は全てが黒色に染まっていて、まるでこの黒海の色合いが船にまで移ったかのようだった、と。船体はもちろん、マストや帆に至るまでが同色で統一。その色彩は異質で不気味なものだが、何よりもこの海の上では色が同化してしまい、そのサイズも相まって視認し辛いものへと仕上がっていた。だからこそ、開けているのに見えない。
「しかも、船の速度がまた化け物染みていました。少しでも見失ってしまうと、もう次の大砲を発射するまでは、私の目でも確認ができないほどです。恐らくは速度だけならば、某らの船を大きく上回るでしょう」
「つ、つまり逃げられない、という事か……?」
「もう明らかな宣戦布告もしてしまっていますしね。しかしモルク殿、アークの件を置いて逃げる気がおありで?」
「まさかっ! ワシはただ、色々と可能性を視野に入れているだけです! 幽霊船の一隻くらい、見事に粉砕して見せましょうぞ!」
「それを聞いて安心しました。ただ、某としては全力で叩く事をお勧めします」
サズは強調する。敵船は今のところ一隻しか存在しないが、勝てないと分かって戦いを仕掛ける馬鹿はいない。あの黒い船はこの最新鋭十三隻の艦隊を前にして、勝てる戦いだと踏んで姿を現したのだ。
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モルク私設艦隊のガレオン船では、船員達が慌ただしく動いていた。砲列甲板にて大砲を撃ちまくる者達もそれは同様で、霧の中にいるらしい姿の見えぬ敵を相手に当たるよう願いながら、並びに並んだ大砲に役目を果たさせるのであった。
「うおっ、今度は九番艦が炎上してっぞ! おいおい、いくら直撃したとは言ってもよ、一発であんな大爆発を起こすもんなのかよ!? どんな弾をぶっ放してんだ!?」
「知るかっ! 無駄口叩く暇があるんなら、その分手を動かしやがれ! 次はこっちに飛んでくるかもしれないぞ!」
ガレオン船から放たれた大砲の弾は、今や何十何百発になったのか数え切れないほど。しかし視界外からの攻撃は未だ続いており、敵が健在であるとの事実が突き付けられる。更にはその度に仲間の船達に甚大な被害を与えていた。
敵が放ってくる攻撃の数はある程度の間があり、数こそは大した事はない。それこそ、モルクの艦隊が放つ攻撃の嵐には遠く及ばないだろう。ただし、真に恐ろしい点は他にある。正確無比なる攻撃は確実にガレオン船へと命中し、今のところ百発百中の精度を誇っていたのだ。一発一発の威力も恐ろしいほどに高く、衝突箇所からは圧縮された炎が瞬時に広がり、運悪くそこにいた者達は無残にも焼け焦げていく。
「彼方から砲撃音! くるぞ、衝撃備えー!」
「やっべ、やっべぇ!」
一方の彼らが扱う大砲の弾は所謂鉄球弾であり、当たったとしても船を粉砕するのが関の山だ。船の内部で火元に当たり、火災を起こしてくれれば…… 程度のものなんだが、敵の弾は接触時点で明らかに爆発している。その事実は既に船員達に広まっており、こうして屈強な男達が恐怖するほどの脅威となっていた。床に伏せた男が耳にしたのは、壁がぐしゃりと破壊される轟音。ああ、終わった。心の中で男はそう唱え、両目を強く瞑って怯える。
「……あ、あれ?」
くると思っていた爆発が起こらない。恐る恐る目を転じると、船は砲列甲板の壁が破壊されただけに留まっていた。爆発が起こった気配は微塵もない。
「た、助かったのか!」
「ああ、敵さんの攻撃は不発だったようだ。そこに砲弾の残骸がバラバラになって転がってるよ。ったく、脅かしやがって! よし、こっから反撃だ! 今の砲撃位置を撃って撃って撃ちまくれ!」
砲弾であると思われる残骸に蹴りを入れ、大砲の調整に戻る男達。九死に一生を得た事で士気を高め、反撃の狼煙を上げようと皆が息巻いていた。
―――カタリ。
だからこそ、彼らは気付かなかったんだろう。この船に命中した砲弾の残骸が、密かに動いていた事に。
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