54.炎鷲×風弾

「首を取れたと思ったけど……まぁそうでないとつまらないよね」


 シルヴィスがふわりと浮かんでは、着地する事を繰り返す。軽やかなその動作はどこか優雅で、合わせるように背中の翼がはためいていた。


「オレは死なないって言っただろ」

「その気概は評価するけど……兄さんが死ぬのは決定された事だからなぁ。僕の邪魔をしようとして、兄さんが生きていけるわけがないんだ」

「オレの生死を決めるのはお前じゃない」


 ラルは折れた右腕もそのままに、左手に大きな炎を生み出した。ぐるりぐるりと渦を巻く炎はあっという間にラルの身の丈程の大きさまで成長する。離れていてもじりじりと肌を焼かれる感覚に、わたしは息を詰めた。


「真っ向勝負? いいね、もう完膚なきほど叩きのめしてやるよ」

「やってみろ。お前の炎をオレが否定してやる」


 シルヴィスもラルと同じように炎を生み出し、育てていく。あまりの熱量に結界の中に残っていた雪は全て溶けて消えてしまった。

 恐ろしいほどにまで息の合ったタイミングで、二人が炎を撃ち出し合う。その炎は巨大な鷲に姿を変えていた。中央でぶつかり合う二体の鷲。お互いどちらも引かずに、拮抗した事で生まれた衝撃が熱波となってわたしにまで襲いかかる。


「わ、っ……!」


 吹き飛びそうになる体を地面に手をついて支えた。わたしは舞い上がる砂埃の中で、片膝を立てた。魔力を練って作り出すのは、手に馴染むアサルトライフル。

 ラルが回復を拒んだのは、シルヴィスの意識をわたしに向けない為だと分かっている。それにこの熱量の中で、わたしの風の精霊が焼かれてしまうかもしれないと思っているのだろう。


「……過保護すぎるのも困ったもんだ。わたしの決意を甘く見てたって事かな」


 大事にされるのは嬉しい。

 だけど、それでラルばかりが傷付くのは違うと思う。


 わたしだって、ラルを守れる。わたしはこれでも冒険者だし、回復師。日本で庇護されるばかりだった女子高生では、もうないんだ。


 ぶつかり合う二頭の炎鷲は、お互いに引く気配はない。しかし怪我をしている分だけラルが不利なのか、徐々にラルの生み出した炎が押されている気がした。


 わたしはスコープを覗き込む。照準を合わせるのは――ラルの炎。

 籠める魔力に応えて、風の精霊がアサルトの中に溶け込んだ。精霊が風弾に宿るのが分かる。深く息を吸って、止める。そしてわたしは引き金を引いた。


 風弾は真っ直ぐにラルの炎へ飛んでいく。炎に弾が飲み込まれたその瞬間、炎は風を取り込んで鷲が渦の中に飲み込まれる。そして具現したのは、真っ赤に輝く炎の弾丸。

 その弾丸は相対する炎鷲を打ち消して、シルヴィスの事を撃ち抜き――火柱を上げた。


「ラル!」

「アヤオ……」


 その場に膝をついたラルに駆け寄ったわたしは、その額に浮かぶ汗を拭った。回復しようと精霊を呼ぶも、またラルが首を横に振る。


「まだ終わってない。アヤオは離れてて」


 まだ言うのかこの過保護男は。

 苛立ちを隠せずに、わたしはラルの額を思いきり叩いた。驚いたようにラルが目を丸くして、すぐに困ったように笑う。


「離れてたらラルの事を支えられない。傍に居てってラルも言ったでしょ? 傍に居て、ただ見ているつもりなんてないよ、わたしは」

「……ごめん」


 赤くなった額をさすったラルは、わたしの手を握って立ち上がった。


「ありがとう、アヤオ。キミの事も失ったらって、臆病になっていたみたいだ。オレの傍にいてくれる?」

「今更でしょ」


 嬉しそうに笑ったラルは、不意に眉を寄せてシルヴィスへと目を向ける。その場に倒れ込んでいたシルヴィスはゆらりと不気味に立ち上がった。


「……やってくれるよね、能無し風情が」


 その片腕は真っ黒に焼け焦げていて、シルヴィスが動く度にぽろぽろと崩れていく。そして二の腕から先が全て落ちて無くなってしまった。炭化したそれをシルヴィスは踏み潰し、ラルを真っ直ぐに見つめる。その青い瞳に浮かぶのはくらくて深い、憎悪の色。


「兄さん、ここにはどんな魔物が封印されているか知ってる?」


 瞳には憎悪を浮かべながらも、穏やかな声色でシルヴィスが話し始めた。そのちぐはぐさが恐ろしくて、わたしはアサルトライフルを両手に持ち直し胸元に寄せた。自分の意識とは関係なく、引き金に指が掛かる。

 問いかけに一瞬戸惑ったような表情を浮かべたラルは首を横に振った。その手には警戒するように炎が生み出されている。


「ここにはねアルヘオ古代種ハルピュイアが封印されているんだ。僕たちハルピュグルが力を得る原因ともなった、ハルピュイアの始祖。会ってみたいと思わない?」

「だ、だめ……っ! この封印が解かれたら、大変な事になるって……」


 シルヴィスが何をしようとしているか。

 それを知ったわたしは気付けば大きな声を出していた。わたしの声に眉を寄せたシルヴィスは肩を竦めて神殿の入口へと歩みを進める。


「やめろ、シルヴィス。アルヘオハルピュイアを解放して何になる」

「さぁ。でも僕は……兄さんに負けるなんて許されないんだ。その為の手駒になるなら、古代種だって解放するよ」


 神殿の入口には二重の結界が施されている。

 常に張られているものと、わたしが魔導具を使って張ったもの。それを破るなんて無理だと思うのに、シルヴィスならやりかねない……そんな不安に、わたしの喉がひりついていく。


「だめ……やめて……!」

「どうせこの世界は一から作り直さなくちゃいけないんだ。古代種にも手伝って貰おうか」


 ギルドマスターが言っていた言葉が脳裏をよぎった――災厄。


 シルヴィスとアルヘオハルピュイア。それはまさに世界を危機に陥れる、災いと化してしまう。


 にやりと笑ったシルヴィスは残った腕に魔力を集める。その腕に巻き付くのは炎渦。それはまるで波のように結界へと襲いかかった。

 わたしとラルは同時に動いていた。シルヴィスを止めなくてはならない。その一心で、距離を詰めた。

 

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