48.ギルドマスター
お仕事に戻って数日、わたし達はいつもよりも早くギルドへと戻ってきていた。
朝、キリアさんに『サブマスターから話があるから、夕方前に戻ってほしい』と言われていたからである。
早めに戻った事もあり、ゆっくり買い取りをして貰う時間があった。ラルはメロウちゃんと何やら遊んでいるけれど……葉っぱと指先を合わせたり離したり、何が面白いんだろう。ラルは小さく笑っているし、メロウちゃんも葉っぱを揺らしてご機嫌だ。
「はい、今日の買い取り分」
「ありがとう、キリアさん。……わ、解放金で使った分が戻ってきた」
「二人で頑張っていたものね」
残高を見ると一八〇万アクシスを越えていた。生活費をここから出しているにも関わらず、あっという間に貯まったのはやっぱりラルのおかげだろう。
これでラルの取り分を増やせる。次の依頼からそうして貰おう。
穏やかに笑うキリアさんに、嬉しくなってわたしも頷いた。
相変わらずキリアさんは優しくて、その笑顔を見るだけで安心する。今日も綺麗で、夕方近いというのにお化粧だって崩れていない。何か秘訣があるんだろうか。そろそろまた女子会でも開いて、おすすめのお化粧品も教えてもらわなくちゃ。
そんな事を考えながらお喋りをしていると、キリアさんの後ろにある扉からタパスさんが姿を現した。
「アヤオ、戻ってきていたか」
「こんにちは、タパスさん」
「ジェラルドもいるな。よし、ではついてきてくれ」
ラルに視線を向けると、タパスさんに気付いていたのか小さく頷いた。その向こうではメロウちゃんが葉っぱをふりふり見送っている。
わたし達はタパスさんの後について、ギルドの奥へと進んでいった。
いつもの応接室に通されると思っていたのに、それよりももっと奥まで廊下を進む。
どこに行くのだろうと内心で不思議に思っていると、大きな扉の前でタパスさんが足を止める。ノックをして、中から返る「入れ」の声。それは高くて幼い声に聞こえた。
タパスさんが扉を開く。
大きな窓を背にして、重厚な焦茶の机に座っているのは――女の子だった。
「アヤオ・ユキシロとジェラルド・アストルム・フォン・ルプスをお連れしました」
「うむ、掛けるがいいわ」
ええと……?
促されるままに部屋に入る。示されたソファーにラルと並んで座ると、テーブルを挟んで向かいのソファーにその女の子も腰を下ろした。わたし達が座ってから、タパスさんは一人掛けのソファーに腰を落ち着けた。
「私はこのギルドのマスターをしているバルベナ・ポーチュラカよ。あなた達の活躍はタパスから聞いているわ」
この女の子がギルドマスター。
ピンクの髪をお団子にして、花の髪飾りをつけている。濃桃の瞳は大きくてきらきらと輝いていた。水色のワンピースがよく似合う、とても綺麗な女の子が……ギルドマスター。
動揺しているわたしの様子に、ギルドマスターは可笑しそうに笑った。
「この世界は実力主義。私がこの座に居るのも、その力があってのこと。見た目で判断してはいけねーのよ」
「そ、そうですよね……すみません」
「アヤオ、マスターはこう見えてお前が思っているよりも年が――」
「タパス。余計な事は言わんで宜しい」
口を挟もうとするタパスさんを一喝したマスターは、わたしににっこりと笑い掛ける。
「私は見た目通りの可愛い女の子。いいわね?」
「は、はい!」
否定なんて出来ない。有無を言わさない眼光の鋭さに、わたしは何度も頷くしか出来なかった。ちらりとラルを伺うと、特段変わった様子もなくいつも通りだ。……驚かないんだ。
というかお嬢様のような話し言葉かと思えば、ちょいちょいおかしい。それも奇妙な程にギルドマスターには似合っている気もする。
「さて、今回二人を呼んだのは亜人狩りについてよ」
亜人狩りと聞いたラルの雰囲気が一変する。
その瞳が鋭くなって、それだけで部屋の温度が下がってしまうかのようだった。
「落ち着きなさい、ジェラルド。まだ話もしていなくってよ」
「……すみません」
「まぁ仕方のない事だとは思うけれど。また亜人種の被害が出て、襲撃者は以前と同じ赤い髪に青い瞳をした鷲の翼を持つ男。……ジェラルド、お前の弟ね」
ラルが拳を固く握りしめる。
マスターの向こうにある窓が、強い風に硝子を揺らした。
「警戒を強めていても相手は最強のハルピュグル。対峙して無傷といくわけがねーから、治癒魔法で死者を防ぐしかない。各種族に治癒魔法の使い手は少なからずいるようだから、こちらからは回復薬を大量に提供している。国からも防衛の為の兵士が配属されている故に、幸いにして襲撃されても死者は出なかったわ。
シルヴィス・アルナイル・フォン・ルプスにしても暇潰しのようなものだろうしね」
マスターは淡々と事実を述べていく。
あの月夜の邂逅を思い出すと、瞳に宿る冷酷さに今でも体が震えるほどだった。ハルピュグルが至高であると考えるシルヴィスにとって、他種族は暇潰しの道具でしかないというのか。
「国としてもこのまま手をこまねいているわけにもいかねーわ。そこで
そこでだ、ジェラルド。シルヴィスを釣り上げる餌となってくれないかしら」
「え、餌?!」
優雅に足を組ながら、にっこりと笑うギルドマスター。その言葉を不穏さに、思わずわたしは反応してしまっていた。
「シルヴィスはジェラルドを殺そうとしているのでしょう? 餌には充分だと思うけれど」
「充分かそうじゃないか、そんな事ではなくてですね。それじゃ余りにもラルが危険では……」
「アヤオ、他にいい案があるというの?」
笑みを崩さないままにギルドマスターがわたしに向かって問いかける。
その濃桃の瞳に捕らえられて、わたしは口を開く事が出来ないでいた。強い威圧に呼吸さえままならない。こわい。この人はわたしの命を簡単に奪う事が出来る。
浅く短い呼吸を繰り返していると、ラルがわたしの目を覆った。視線から解放されたわたしは脱力して背もたれに体を預けてしまう。
「オレで出来る事なら、餌にもなりましょう」
「よく言ったわ、ジェラルド」
からからと笑うギルドマスターから、先程までの威圧感が消えていく。ラルがわたしから手を離して、その姿を視界に入れても先程のような息苦しさはない。
視界の端ではタパスさんが顔をしかめている。
「マスター、言葉を選んで下さい」
「それはすまない事をしたわね。アヤオ、私は何もジェラルドを危険に晒したいわけではねーのよ。しかしシルヴィスを引きずり出すには、ジェラルドが適任という事は分かって頂戴」
「は、はい……」
小さく頷いたわたしに、マスターは「いいこね」と微笑みかけてくる。自分よりも幼く見えるのに、この風格。ちぐはぐさもお構い無しだ。
「それでまずジェラルドには――」
マスターの声が不意に途絶える。形のいい眉がしかめられ、その理由はわたしにも分かっていた。
騒がしい足音がこの部屋に近付いてきている。その足音の主はノックもしないで扉を開けた。
「おい、ロリババア!」
その瞬間、扉を開けた人物の顔にはマスターの足がめり込んでいた。
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