23.動揺×動揺
オルガさんは足早にライノとの距離を詰めると、その腕に両手を絡めて抱きついた。
おお、相変わらず積極的だな……なんてそれを眺めていると、ライノが助けを求めるようにこちらを見ている。
「ライノ様、ご無事でよかったです。私、心配で心配で……出来る事なら私も前線でその傷を癒して差し上げたかったのに」
「お、おお……。オルガ、ちょっと離れてくれるか」
「嫌です! やっとお会い出来たんですもの!」
頬を紅潮させ、ライノの腕に頬を擦り寄せるオルガさんは正直可愛らしいと思う。わたしと目が合うとその表情を一転させて、噛みつくような恐ろしい顔になるけれど。表情筋が仕事をしている。
「あらあら三角関係……いや、四角かしら」
シャーリーさんは相変わらず楽しそうだし、『クオーツ』の良心であるとわたしが思っているメイナードさんは欠伸をして、我関せず状態。いや、せめて奥さんだけでも止めて頂きたい。
「……まだ竜車来ないかな。帰りたいね」
「うん。疲れたねぇ」
こっそりとラルと二人、この集団から離れようと距離を取る。しかし目敏いライノはそれを許さずに、離れた分だけわたし達との距離を詰めてきた。……その腕にオルガさんをくっつけたままで。
昔、日本でこういうビニール人形が流行らなかったっけ?
「何で近付いてくるの」
「何とかしてくれって、頼むから」
「いや、そんな事言われても……」
だって……自分でも言うのもアレだけど、ライノはわたしが好きでしょ? で、オルガさんはライノが好き。そんな中でわたしが何を出来るというのか。
ライノに、わたし以外の人を好きになりなよって言うのも烏滸がましいというか……好きな人からそれは言われたくないと思う。だから応える事の出来ないわたしは、拒む以外の選択肢はない。
かといってオルガさんに、ライノが嫌がってるよっていうのも……何か違わないだろうか。他の人ならまだしも、恋敵だと思っているわたしに言われるのは腹が立つよね。
困ったわたしは思わずラルを見上げてしまった。
ラルはライノとオルガさん、二人に目をやって……口端をほんの少しだけ上げた気がする。一瞬の事で、見間違えとも言い切れないけれど。
「二人の事なんだから、ライノさんとオルガさん、二人で話せばいいんじゃないかな」
繋いでいた手を解いたラルが、今度はわたしの肩をぐっと抱きながらそんな言葉を口にする。待って待って、距離が近い!
「おいジェラルド! アヤオに触んな!」
「ジェラルド君、っていうの? あなた、いい事を言うわね!」
なんだこのカオスな状態。
助けを求めたくても、シャーリーさんは楽しそうにわたし達を眺めているばかり。メイナードさんに至っては携帯食を食べ始めている。
「アヤオはライノさんとは友人関係だよね?」
「え? あ、うん! お友達です!」
にっこりと笑いながらラルがわたしに問いかける。その笑顔が少しこわいけれど、きっぱりとわたしも断言をした。
「アヤオぉ……」
「ふふふ、アヤオ・ユキシロ……いえ、アヤオさんの事をわたしは誤解していたかもしれないわね。異界人を認めるわけにはいかないけれど」
いや、何度もそう言っているはずなんだけどな。
やっぱり第三者が介入すると、聞く耳を持つんだろうか。それよりもアヤオ
「あら、じゃあ……ジェラルド君とアヤオはどんな関係?」
完全に面白がっているシャーリーさんが、そんな事を問いかけてくる。青い瞳が悪戯に煌めいていて、わたしは小さく溜息をついた。
「オレはアヤオを大事に想っているけど。口説いてるところだから、応援してくれる?」
「口説……っ!?」
わたしとライノの声が揃う。
「あらあら」
「もちろんよ!」
シャーリーさんはにんまりと笑っているし、オルガさんはライノにしっかり抱きついたまま何度も大きく頷いた。
やばい。
顔も熱いし心臓もばくばくしているし、何もかもがやばい。
「アヤオ、俺とジェラルド……んん? あああああ! 何で、お前ら……お揃いのピアスなんか!」
ライノが喧しい。
その一言で注目がわたしの耳に集まる。揺れる青紫のピアスを見て、それからラルの耳へと視線が移る。皆で示し合わせたのかというくらいに揃った動きに、思わず苦笑いが漏れた。
「ラルに買って貰ったの」
わたしは指先でピアスを軽く揺らして見せた。まだラルに肩を抱かれた体勢のまま。そろそろ解放して貰わないと、わたしの心臓が破裂してしまいそうです。
「俺だって……俺だっていくらでも貢ぐぞ!」
「結構です」
「何でジェラルドのは受けとるんだよぉ……」
ライノががっくりと膝をつく。その背中をオルガさんが優しく撫でていた。
何でと言われても……何でだろう。
思案してさ迷った視線が、ラルの
「見つめあってんじゃねぇ!」
「あ、竜車が来たよ。帰ろうか」
「置いていくな――」
ライノの叫びは地竜の嘶きに掻き消された。いい笑顔で手を振るシャーリーさんにわたしも手を振り返し、出来れば面々とは違う竜車に乗りたいから足早にそこを去る事にした。
ラルに肩を抱かれたままで。
さっきの発言は、この場をやり過ごすための冗談なのか。それなら意識しているわたしが恥ずかしい。
でも、もし……本当の気持ちだったら? その真意を問う事なんて出来るわけもなく、わたしは促されるままに竜車に乗り込んだ。
隣にはラルが座っていて、肩に寄り掛からせてくれる。体調不良の身にはそれが有り難くて、大人しく体を預ける事にした。
「眠ってていいよ」
優しくて低い声。
それに小さく頷くと、疲れ果てていたわたしは目を閉じた。がたがたと揺れる感覚さえ心地よくて、睡魔に抗えそうにない。
頭を撫でる温もりが最後の決め手となって、わたしは眠りの中へと落ちていった。
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