彼女をこの世に蘇らせる方法

エテンジオール

第1話

 立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花


 この言葉は女性の立ち振る舞いや容姿なんかの美しさを花に見立てて褒めるものであるが、僕が生きてきた中で、この言葉が正しく似合うと思えるような女性ひとは、ただ一人だけであった。

 彼女の名前はパンドラ。古い異国の言葉で"全てを贈られたもの"という意味らしいが、名は体を表すとはまさにこのことで、彼女はありとあらゆる方面の才能を持っており、誰しもが彼女は神様に愛されていると信じて疑わなかった。

 頭脳明晰。文武両道。才色兼備。適当に人を褒める言葉を並べれば、それらはほとんど彼女に当てはまる。


 そんな彼女が、誰もが将来偉業を成し遂げると信じて疑わなかった彼女が、今日、今、僕の目の前で、僕の代わりに、


 死んだ

 あまりにもあっけなく、死んだ。



 そして僕は壊れた。







 死んだ人間は生き返らない。そんな奇跡が許されるのは、妄想か想像かおとぎ話の中だけだ。どれだけ科学が進んでも死んだに人間が生き返るのは脳が活動を再開しなきゃいけないし、どれだけ魔法が発展してもミンチになった人間は治せない。覆水は魔法さえあれば盆に返るし、コーヒーと水を混ぜても遠心分離やら蒸留やら濾過やらをすれば理論上は元に戻せるけれども、首から上が爆散した人間はだれがどんな手を使おうが生き返らせようがない。

 あぁ、どんなに悔もうとも、どんなに惜しもうとも二度と彼女は生きてくれない。人の人生は一度きりだから。仮に神様がいたとしても、それがトイレの神様なら生き返らせることはできない。全知全能の神はむしろいないでほしい。そんな存在が彼女の死を認めたのなら、それは悲劇でも偶然でもなくなってしまうから。


 神様がいる可能性、いたとして、彼女を生き返らせることができる可能性、できたとして、僕程度の矮小な人間の頼みを聞き入れてそれを実行してくれる可能性を考えて、神様に祈ることは無駄であると僕は結論付けた。


 そして、人間がこの先技術を進歩させたとして、彼女を生き返らせることができる可能性を考え、待つだけ無駄であると結論付けた。

 この世に魔法が発見された時のように、これまでの常識を根底から覆すような事件でも起こらない限り、人類が彼女を生き返らせる未来はない。それができそうな唯一の存在であった彼女は僕の目の前に無残な亡骸を曝し続けている。


 これでよかったのだ。彼女は死ぬことで全てを贈られ、完璧になったのだ。


 僕の中の、誰かが言う。一瞬流されそうになったがとんでもない。あいにくとそんなものは解釈違いだ。


 とはいえ長々と考え続けてはみたが死んでしまったものはしょうがない。おお、パンドラよ、しんでしまうとはなさけない。君のことは決して忘れないさ。愛していたよ。


 さあ気を取り直そう。僕は彼女に死んでほしくなかったし生き返ってほしかったわけだが、考えてみれば僕が愛する相手は別に彼女自身である必要はない。要は、僕が彼女だと思い込めればそれは僕にとって彼女なのである。それが本人でも、クローンでも、あるいはスワンプマンでも関係ない。


 というわけで早速持ち帰った彼女の遺体を解剖し、卵巣の中から取り出した卵子と適当な細胞から作った万能細胞を掛け合わせてクローンを受精卵から育ててみた。完成した少女は彼女の幼いころにそっくりで実にかわいらしくひょっとしたらこれが彼女なんじゃないかと思ったが、彼女というにはあまりにも知性が欠如していた。彼女であれば間違っても"ぴかぴかに磨いた泥団子"を"無邪気な笑みを浮かべながら"プレゼントするなんてことはない。そんなことをするはずがない。

 僕はこのクローンを失敗作として"廃棄"した。


 この失敗を経て僕は甘やかしすぎたせいで知性に問題が生じたと教訓を得た。それを生かし、今度は無心にスペックを高めた。完成した少女は学校に通っていた時の彼女そっくりで非常に賢く、健康的に仕上がった。これを彼女にしよう。そう思ったが、彼女というにはあまりにもメンタル面がひどいことに気が付いた。彼女であれば間違っても、教育が終わったご褒美に好きなものをあげるよと言ったときに期待と怯えが混ざった表情で僕に添い寝をしてほしいなんて言うことはない。そんなものは彼女ではない。

 僕はこのクローンを失敗作として"廃棄"した。


 その後もたくさんのクローンを作り続けてみたものの、僕が納得できる出来のクローンは一つもできず、数年かけて作っては廃棄してを繰り返した。どれもある程度までは彼女に近くなったが、一歩届かなかった。そうしているうちにいつしか彼女のオリジナルの細胞は使い果たされ、万能細胞にも不具合が起きるようになってきた。


 そしてある日、培養管の中に見えた赤子の髪の色は彼女の亜麻色の髪ではなく、こげ茶だった。

 そうして僕は彼女のクローンの作ることをやめた。


 僕はあきらめた。もう材料がないから。これ以上どうすることもできなかった。貯蓄を貪り、心を空にし、何もする気がなくなった日々を無駄に過ごし。……そんなある日、うちに盗みに入ろうとした孤児の子供を捕まえた。


 自分の持っているものなんて盗まれてもいいと思っていた。どうせこのまま死んでいくだけの人生だと。けれどその孤児がかつての思いでの部屋、廃棄してきた失敗作のクローンの部屋に入り込んだのを見て少し気が変わった。あの部屋を荒らされたくないと思った。


 僕は少女を捕まえ、うちで育てることにした。


 泥団子の作り方を教え、上手にできたら褒めてやった。少女に貰った泥団子は壊れないように棚の上に飾った。勉強を、運動を教え、上手にできたら褒めてやった。夜はいつもぐずったので寝付けるまで頭を撫でてやった。彼女を作ろうとしていた時に許せなかったことをすべて許した。喧嘩になったときも、決して"廃棄"しようとすることはなかった。

 いつしか僕は少女を自分の娘のように思うようになっていた。そして、それが不快ではなかった。


 …………そんなある日、終わりはやってきた。


 安楽椅子に座りながら読書をしているときだった。大きな音を立てて扉が開き、大量の紙束を抱えた少女がやってきて、内容について問い詰めてきた。

 それは僕の失敗の歴史。僕の後悔の証明。

 僕がどんなコンセプトでクローンを育てていたか、どんなアプローチで彼女を蘇らせようとしていたかをまとめた資料。

 これをしたのは僕かと問う少女に対して肯定で返したとき、僕は驚き、そして思わず笑みを浮かべた。



 そこにあったのは一つの敵意。怒り。否定。



 完璧な"彼女"が、誰にでも優しい博愛主義の"彼女"が、唯一僕だけに向けてくれていた感情。少女の中には、間違いなく、在りし日の彼女が宿っていた。

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