転生獣人奴隷は今日も必死です

ヘイ

第1話 言語が理解できません。

「ふぁあ……」

 午前二時、とある少年が扉を開いて外に出る。時期は夏であったが、夜となればそれなりには涼しい。

 少年は上下、黒色のジャージを着たラフな格好、持ち物はスマートフォンと財布。スマートフォンの電源をつけて画面を確認する。

「…………」

 時刻を確認して彼はポケットにスマートフォンを突っ込んだ。

 もう午前二時と言うべきか、まだ午前二時というべきか。少し言い方には悩むが、外には若者が数人ほど。

 酒を飲んだ帰りだろうか、迷惑も考えず大笑いをしながら集団で歩いている。

 少年にとって、少しばかり腹の立つものであったが、自分にとってはストレスになるという以上の害はない。

「いらっしゃいませー」

 この時間帯にやっている店などコンビニ程度のものだ。

「この時間にポテチは毒だよな……」

 お菓子コーナーを物色しながらそう呟いた。ポテトチップス、チョコレート、ガム、グミ。

 彼はグミを手に取った。

「何だこりゃ……」

 新感覚チョコレートグミ。

 かなりの博打な気がするが、好奇心を惹かれるのも確か。深夜の謎の気分からか魔力に惹かれて、手に取ってしまう。

「あと、カップ麺……」

 そう言って彼はロングテールではない売れ筋の商品を取った。これは冒険をしない。カップ麺のハズレは何度も引いたことがあるからだ。

「何だよ海外の味って……。所詮、日本生まれ日本育ち。俺にはエスニックヌードルはレベルが高すぎる」

 日本男児は醤油と味噌で満足だと彼は本気で思っている。

「いらっしゃいませ」

 レジに並んだ彼は商品を棚の上に置く。

 深夜ということもあってか客足も少なく、店内には品物の整理をする店員と、彼くらいしかいない。

 ピッ。

 バーコードをスキャンする音が店内に響く。

「レジ袋お付けしますか?」

「あー……、要らないです」

 少し悩んだが、家は近いから袋は要らないだろうと考えて断る。

 ホットスナックが欲しかったが、深夜ということもあり置いていなかった。

「三百六円です」

 彼は無言でカウンターに三百十一円を置くと、店員はそれを手元に寄せて数える。

「三百十一円ですね」

 レジ打ちをして、お釣りがレシートの上に置いて手渡された。

「五円とレシートのお返しです」

 受け取ったお釣りを財布にしまい、レジ近くにある不要レシート入れにレシートを入れて、カップ麺とグミを持ってさっさと出て行く。

 背中越しに店員の声を聞きながら。

「ちっ、雨降ってきやがった」

 パラパラと降る雨が手の甲にあたり悪態をついてしまう。

「台風近づいてんだっけか」

 降ってきた雨を見ながら、思い出したように呟いた。

「明日の天気は、っと……」

 スマートフォンを取り出して画面を見る。

「明日、ずっと雨か……。明後日も」

 それを確認してから再びポケットにスマートフォンを入れて、雨の中を歩き始める。

「冷た……」

 頭にピチャリと雨が当たりそう呟いた。

「はあ、死にてぇなぁ……」

 彼には人運がなかった。どこに行ったって彼の指導をしてくれる人間は最悪なほどに教えるのが下手だった。

 だというのに世の中は全く持ってそれを考慮しない。人に期待するだけ無駄で、今まで一度も良い方向へ繋がったことがない。

「冗談……」

 このぼやきを誰が聞き届けたのか。

 雨の降り始め、スリップがしやすい環境であったことは確かだ。

 大型トラックがスリップを起こして彼の方に突っ込んでくる。

 ライトが彼の体を照らす。スポットライトを浴びたかのように照らされた彼は慣れない光に目を眩ませ、身動ぎをする。

「あ、なーー」

 最後までその言葉は続かなかった。

 鉄の塊に衝突した彼は跳ね飛ばされ、手に持っていたカップ麺とグミがバラバラに投げ出され、彼の体もまた地面に打ち付けられる。

 ビリビリと脳が痺れる。

「あ、が……」

 呼吸がままならない。

 餌を求めるように口をパクパクと動かし必死に空気を取り込もうとするが、苦しいだけだ。

 地面に打ち付けられた衝撃で肋骨が折れて肺に突き刺さったのか、呼吸をしようとするたびに胸に激痛が走る。

「うぁ、痛、ぇ……。死ぬ、誰か、助、けてくれ」

 雨に打たれて体が冷えていく。トラックの運転手と思われる男が降りて、彼の安全を確認する前に、事故続発を避けようと車を寄せる。

「早、く……」

 男が駆け寄ってくるが、意識を保てない。視界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

「あ……?」

 目が覚めて、彼の目に飛び込んできたのは白色のカーテンがひかれた部屋ではなく、むしろ清潔さのかけらも見当たらない薄暗い牢獄の中だ。

「え、どこだ、ここ……?」

 手には手枷が、足には鎖が。それは壁に繋がれている。

「手、ちっせぇ……」

 見える範囲でわかるのはここが病院ではないこと。そして、自分がなぜだかわからないが檻の中に囚われていること。

「胸、痛くねぇ……」

 胸を触って確かめようとしたが、大きな手枷が邪魔で触ることが出来ない。

 それよりも、ここは何処なのか、自分はどうなったのか。彼の頭の中はそんな疑問でいっぱいだった。

「何で、俺、檻の中に居るんだよ……」

 冷静に務めようとしているが、どうにも湧いてくる疑問が冷静さを掻き消していく。

「俺、コンビニ行ってカップ麺とグミ買った。グミはチョコレート味とかいうよくわかんねーヤツ……。んで、トラックに跳ねられて……」

 ブツブツと小声で彼は頭の中にある情報を整理していく。とは言っても、これはただの事実確認だ。

「俺、死んだのか……?」

 だとしたら、この現実は何だ。手がある、足もある。自由ではないが生きている。

「違う……のか?」

 トラックに轢かれた。

 そこまでは覚えている。問題はその後だ。どのような経緯があってこんな檻の中に自分は入っているのか。

 自ら望んで。

 そんなわけがない。

 では、誰かに入れられたのか。

「ちゃんと事前に教えろっての……」

 そう文句を言っても仕方ない話だろう。

 どうにもこの空間は台風の接近というニュースよりも陰鬱としたものを感じる。

 それに先ほどからヤケに血の臭いが鼻をつく。

「檻の鉄の臭い……。じゃねぇよな」

 それとは多少違う臭い。あまりにも強烈なもので、気になり出してしまっては敵わない。

「取り敢えず、寝るか……」

 これ以上は考えても仕方がないと彼は硬い床に寝そべった。

「俺は何処でも寝れるからな……」

 数少ない特技。

 これでホームレスになっても安心だ。

 今は、ホームレスでも何でもない。囚人なのか、何なのか。学生であったはずの自分が今は何なのか、説明することが出来ない。

 この現実に対する疑問があるものの、何故だかすぐに眠りにつくことが出来た。

 そして、痛みとともに目を覚ます。

「いっ……」

 打たれるような痛みだった。鞭で叩かれるような、そんな痛みだ。打たれた肩が赤くなっている。

「何だ……?」

 顔をあげれば檻は開かれていて、しかし鎖も手枷も外されていない。

「あ、出してくれ!」

 これがチャンスだと思い彼は懇願する。この鎖をこの手枷を外してくれ、と。

「なあ、ここ一体何処なんだ!」

 鞭を持った男のズボンを握ってそうたずねた。その瞬間に鞭で引っ叩かれる。バチィンと頬を打たれた。

「あぐっ……」

 横に倒れてしまう。

 それを不愉快そうな顔の先ほどの男が近寄って蹴りを入れる。

「○*#€$!」

 理解できない言葉。

「痛い、痛い……! 止めてくれ!」

 そう叫んでも男は蹴ることをやめる気配はない。

「€*○%○*……」

 それで満足したのかその男は背中を向けてしまった。あれは痛みに喘ぐうちに、身につけていたボロボロの衣服とも呼べないであろう布切れを剥がれて首に鎖を繋げられる。

「£○*!」

 怒鳴られて、彼はブルリと体を震わせた。言語がわからない。

 周りにいる似たような首に鎖をつけられた者たちはゾロゾロと歩き始めている。彼もそれに倣うように立ち上がると、首に繋がれた鎖がグイッと引っ張られ歩かされる。

 さっさと歩けというように。

「何だよこれ……」

 彼はステージの上に上げられた。

 そこから見えるのは品定めをするような目。その全員の身なりは全てが金持ちのように見えるほど整っている。

 見て察するに、奴隷オークションというヤツだろう。

 きっと売れるまでこの仕打ちは続く。今回売れなければ次回。その次でも売れなければ。

 最後まで売れなかったら。

「死ぬ、のか……?」

 その瞬間にトラックに跳ねられた瞬間がフラッシュバックして顔が青ざめる。

「○$%」

 そんな彼を置いてオークションは進む。

 静まり返った会場の中で、理解できない言語を吐いた女がいた。

 大柄な女で化粧の濃い女だった。悪趣味な格好だった。高級なドレスに見えたが、ピチピチで全く似合っていない。

 他に手を挙げたものは居らず、微笑む女性の姿が見えた。

「…………」

 飲み込めない現実に少年は絶望しかできなかった。

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