看取り図

真菊書人

看取り図

「あなたはどうやって生涯を終えたいですか?」


 突然、見知らぬ少女に問いかけられた。辺りを見渡すと、どこかのカフェのような空間に俺はいた。今まで来たことはないはずだが、なぜか懐かしい感覚がする。


「どうって…宗教勧誘でもまともな切り出し方するだろ…」


 俺は少々疑問に思いながらも、目の前のアイスコーヒーがはいったグラスを手に取る。頼んだ記憶はないが、目の前に置かれているのだし、飲んでも問題はないだろう。


「ご安心を、私は無宗教ですので」


 仮にそうだとしても安心できるかと内心で突っ込む。にしてもこのコーヒー、甘い。卓上にあるガムシロップをすべて入れたのだろうか、5個は入れすぎだろう。


「大事なことですよ?作家がお話を作るときも終わらせ方をしっかり決めないと、中身のないものになってしまうと聞きます。せめて目標を立てるとか…」


「もっといいアパートに住みたかった。あと、コーヒーにガムシロップを入れてほしくなかった」


「過去形なんですね…、というか目標でも何でもないじゃないですか」


「まぁ、引っ越すにも金がかかるしな。あんなに湿気が溜まるなら違うところにしてた」


「たらればを言っても仕方ありません。過去を変えることはできないんですから」


 正論を言われてぐうの音も出ない。よく見るとこの少女、明らかに年下だ。足も地面についてなくてブラブラ揺らしている。年下の少女に諭されたのか俺は。


「まず、好きなことをする。それは当然な事です。未来には夢があり、希望がある。ですが現実には夢も希望もありません。それでも人生という平等に与えられた機会を不意にしてはいけません」


「年下にしては、ずいぶん達観してるんだな。お嬢ちゃん?」


 すこし茶化すような言い方をすると、少女の表情が一瞬曇った。が、すぐに笑顔に戻る。


「…そうですね。そう見えるなら、そうなのかもしれません」


 少し引っかかったが、俺は口を噤んだ。見ず知らずの人間に詮索されては迷惑だろう。


「私、日記を書くんですよ」


 突然、少女は机の下から一冊のノートを取り出す。その表紙には分かりやすくdiaryと書かれていた。中を見ると、文章ではなく図のようなものが細かく記されていた。


「自分の人生を主観ではなく、客観的に書くんです。自分の価値で決めつけずに、いろんな人の意見を取り入れて…でも、私文章を書くのが苦手なので、こんな書き方になっちゃって…いわば、人生の見取り図です」


「人生はなんでも完璧に行くことなんてありえません。なので、なかなかきれいな図形にはならなくて、余計な線が入ってしまうんです。でも、それが以外な線とつながって、また一つの図形になるんです」


「私の人生の目標は、この図形がいびつな形にならずに人生を終えることです。どんなに複雑な線が入っても、それがになるんです」


 聞き入っていると、ふと隅っこにかいてある一文に目が留まる。


“頼りないけどやさしい、少し年上のお兄さんと結婚したい”


 どうやら既に未来のことも書いてあるようだが、頼りがいのあるやつ選べばいいのに。と少し笑みがこぼれた。


「どんなに辛いことがあっても、しっかりとした未来があるって信じれば、元気が湧いてくるんです」


 夢を語る少女の姿は、とても微笑ましく見ているこちらも自然と笑顔になった。


「俺も、君みたいなしっかりした子が身近にいたら、人生楽しかっただろうな」


 口にした直後に気づく、なぜ、またを使ったのか――


「…遅くありませんよ、今からでも。…これからでも」


 そうつぶやくと、少女はノートを閉じてまっすぐ俺のことを見据える。その視線は、まるで別れた恋人と再会したような熱を帯びていた。


「…お兄さん。もう一度…いえ、聞き方を変えます」


その時、今になって俺の中で散らばっていた線が繋がった。


貴方おにいさん


 瞬間、視界が闇に呑まれる。最後の一瞬だけ、彼女の瞳から涙がこぼれたように見えた。


 そうだ。俺は―――

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