成仏屋のレイジくん

t-t

第1話

「レイジお兄ちゃん、ありがとぉ。 ゆき、てんごくに行く! ママ……私のこと分かるかな」


 この世に未練がある霊は成仏出来ない、取り除いてあげるのが僕の仕事だ。生きている頃は9歳だったという黒髪の可愛らしい女の子の頭に手をおき、最後の言葉を送った。


「いってらっしゃい、ゆきちゃん」


 女の子の体が光に包まれ少しずつ薄くなっていく。生前寂しい思いをしていたユキちゃんは、霊になっても独りぼっちだった。やっとママが待つ天国に送ってあげれる。


「ゆき、うまれかわったらお兄ちゃんの家族になりたいな。 ばいばい!ばいばい!」

「ありがとう。お兄ちゃんが天国に行ったらまた遊ぼうね」


 やがて光は治まりゆきちゃんの姿は消えていった。これで天国への天送完了。姿が消えた後は何となく空を見上げてしまう。

霊から依頼を受けると手首に表れる黒い帯、手袋を外して確認すると既に帯は消えていた。今は2月、ふうっと一息つけば白い吐息がこぼれ消えていく、今はそれすら感慨深い。僕はポケットからスマートフォンを取り出し天送完了を社長に報告した。


「そう、レイちゃん今回の依頼は大変だったわね。疲れたでしょぉ。 だからいつも言ってるじゃない? 早く霊の相棒を作りなさいよぉってぇ。成仏屋は1人1霊の二人組の方が楽なんだからぁ。 聞いてるぅ? ま、バレンタインの日にも仕事してるような、独り暮らしで彼女も居ないレイちゃんには難しいかな? それにレイちゃんなら相棒になってくれるはずの霊すら成仏させかねないわね! ふふふふっ! はぁ、とにかく明日はゆっくり休みなさいな。特別にお休みあ・げ・る!じゃ、私ぃ今お酒飲んでるからぁー」


 また酒か……霊の依頼は多種多様だ、簡単な事もあれば一筋縄ではいかない恨みや悲しみに対応する。それこそ天送完了までに何週間、何年間も一緒に過ごす事だってある。成仏出来ない未練が深ければ深いほど、取り除くまでにこちらの精神は削られていく。僕も酒でも飲めば気が軽くなるのだろうか。


「ありがとうございます社長、飲み過ぎに気を付けてください」

「相変わらず固いわねぇ。せっかくの休みなんだからぁ勝手に依頼とか……あ、マスターおかわりー! 受けないようにねー。じゃぁねー。ハッピーバレンタイーン」


 携帯電話をポケットにしまい、手袋を直しながら夜道を歩き始める。巻いているマフラーに鼻まで埋めれば寒さも少し和らいだ。家には誰が待っているわけでもない、ご飯が作られてるわけでもない、電気の点いていないアパートに帰り眠るだけの繰り返し。虚しくなるけど急いで帰る理由なんて何もない。帰り道にあるコンビニで適当に選んだビールとコーヒーを買って、公園のベンチに腰を落ち着かせた。

  空を見上げてユキちゃんを思う。天国に行ったけど、一つ叶える事が出来なかった。離ればなれになってしまったパパに会いたい。会って、ちゃんと謝りたい。僕がパパを探してあげるから、ママと天国で待っててね……僕とユキちゃんとで交わした約束。

 一息ついてビールを取り出した。満天の星空に浮かぶ月、一緒に見上げる相手も、酒を飲む相手も居ないけど自然と声に出していた。


「乾杯」

「………かんぱい」


 持っているビールが口の中を満たす前に身体が硬直した。眼だけで周囲を見回したが、やはり誰も居ない。疲れから空耳まで聞こえる有り様だ。気を取り直してビールを口に注ぎ込んだ。


「プハァーーーーーーーッ!!! んまいねっっ!!」

「ブゥーーーーーーーッ!!!! ビックリしたぁッ!」

「キャーー、なんなのよ! 汚いじゃない! 突然驚かさないでよ! 信じられない! 最低!」


 そっくり返してやりたい言葉もあったが驚きの方が勝る。立ち上がって後ろを振り向くと、背中合わせに人が座れるようになっていたらしい。


「えっと…す、すみません! 一人がてっきりだと思っていたので!ふ、服汚れなかっただすか?! あ、と、いや、てっきりが一人で……あれ?」

「はっ……」


 恥ずかしい言い間違いを積み上げる、頭で解っていてもポンコツな口がうまく喋ってくれない。隠れたい衝動から口元をマフラーに隠すように俯いた。


「…ふぅ…ふ…服はぁ…だ、だいじょう…ぶほっ…だ…ぶほおっ!! ごめん! ごめんだけどむりぃぃぃ! アハハハハハハハハハッ!耐えられないぃぃ、ひぃぃぃ、1人がてっきりで、だすか?ってぇぇ!」

「あ、あぁ……」


 何とも言えず爆笑している女性が落ち着くのを待った。自分が作ってしまったこの状況、大丈夫ですか?って言うのも変な気がする。明るい人間であれば、もう一度大丈夫だすか?、とでも明るく声をかけるんだろ。僕はしないけど。

 年齢は二十歳位。背は160cm位で細身、艶のある栗色の髪は鎖骨あたりまで伸びている。暗くてはっきりとは解らないけど、色白のきれいな肌。笑い方から明るい雰囲気を持つ人間の女の子。

 霊と会った時は容姿や雰囲気、印象などを観察する。その流れで初対面の人間にも上から下まで観察する癖がついてしまった。霊がコンタクトを取って来る時は必ず目的がある、助けてほしいだけなら良いが、悪霊ならば取り憑く相手を探してる場合だってある……まぁ、人間と会った時には関係のない話なんだけど。


「はぁ、面白かったぁって……あ! えっと……ごめんね。 面白くて笑いすぎちゃって。 後ろから乾杯って声が聞こえたからついつい返事しちゃったんだけど、そんなに驚くとは思わなくてさ!」

「いや、すみません。大丈夫です。僕こそ考え事してて人が居るなんて思わなかったので。それじゃあ」


 人と会話するのが得意な子なのだろう。本来の僕であれば初対面の人に敬語も使わないのかと気になる所だが、不思議と嫌な気がしない。初対面なのにもう少し会話をしていたいとも思えた。ただ、人間の女の子に馴れてない僕に、話題を拡げる技術力は無い。出来る事といえば、そそくさと落としてしまった缶ビールとコンビニの袋を拾って立ち去る位。


「あれ? もう帰っちゃうの?」

「あへっ?……へい」


 悲しそうな表情をする女の子に少しドキッとしてしまった。照れてまたおかしな返事をしたけど、表情を隠して何事もない素振りで別れの挨拶を告げる。


「じゃぁ、僕帰りますから」

「へい……ふっふは……う、うん! あ、待って待って! これ、笑いすぎたお詫びにあげる。はいっ! チョコレートだよ。ハッピーバレンタイン! お家で食べて。またね!」


 心拍数が一気に上がった。チョコレートひとつで喜ぶような大人ではないけど、渡すときの仕草や僕を真っ直ぐ見つめる女の子の目に胸を抉られた。


「あ……ありがとう。じゃあ……」


 チョコレートを受け取って公園の出口に向かう。こんなバレンタインは初めてだった、雪でもふるんじゃないかって位寒い日だけど、なんだか胸が熱い。公園から出る手前、恋人同士ならここで振り替えって手を振るだろうと考えながら公園を後にした。

暗い部屋に着いてマフラーや手袋を外す、手に持っていたチョコレートを見るとなんだか心が暖まる。食べようかとも思ったけど、とにかく今日は早く眠りにつきたい。チョコレートを机に置いてコートも脱がないままベッドにうつ伏せのまま倒れ込んでしまった。


「不思議な子だった……またねって」


 瞼を閉じて公園であった女の子の事やユキちゃんの事を思い出していたけど、強くなる眠気に抗えず眠りに落ちていた。

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