第31話 即即
「オレンジ……テメエ……」
走る。間合いを詰める。
「シャイニが……!」
「このスピードで走るシャイニを見たのなんて、いつ以来!?」
そう、私は全力であまり走らない。
身体能力に自信ありで、特に私は足だけは……
「鬼ごっこ……かけっこ……生涯無敗なんだよね!」
全力を出したら勝負にならないし、つまらないし、だいたいクラスのアスリトちゃんと同じぐらいのスピード出せばいいぐらいな感じで過ごしてきた私だけど、今日ばっかりは許さない。
走りながら攻撃なんてしたことないけど、とにかくセカイくんの度肝を脱がしてやるんだから。
「は……はは……なんだよ……パンツよりもっといいもの持ってるじゃねぇか!」
でも、迫る私に対して、セカイくんは驚くよりもむしろ機嫌よさそうに笑った。
「だが、甘いッ!」
「むっ!」
セカイくんが左右に揺れて、私を翻弄しようという仕草を見せてから左に走り出した。
セカイくんも速いッ!?
「なっ、シャイニのスピードを見切った!」
「やっぱり、セカイも速いッ!」
見切られちゃった……これぐらいのスピードだったら、学園最強クラスのラヴリィちゃんだって私から逃げられないのに……
「でも、まだまだぁ!」
「おっ!」
だからって逃がさないもん。すぐに、急ブレーキをかけて切り返しッ!
「カカカ、初めて会ったときはただの身軽な猿のオレンジビッチかと思ったが、こんなバカげた足を持っていたとはな……いいスキルだ」
「むぅ、ペラペラしゃべり過ぎだよぉ!」
私が追いつく寸前、そこからセカイくんはまた左右に体を振って私を戸惑わせるようにさせてから、逆方向へ切り替えして逃げる。
「マスターの話では、『一般の人間』の速度レベルは5……魔法騎士養成学校に通う生徒の平均速度レベルは10……魔法騎士のエリートクラスで20……これは……25はある!」
「待てえええええええ!」
「でも、残念だったな……俺が以前計ったとき……俺のスピードレベルは……45だッ!!」
「ッ!!??」
あ……セカイくんがもっと速く……ううん、疾く……うそ……私……ここまで速い人初めて!? うわ、あまりの速さに庭で土煙が上がっちゃってるよ!?
「な、う、うそ……」
「セカイ……こ、こんなに速かったの!?」
すごいや。これって、お父さんたちと同じぐらい速いんじゃ……ううん、お父さんも最近体力落ちたって言ってたけど、全盛期はスピードレベル40ぐらいあったみたいだけど……お父さんより速い?
「でも、女でそこまで出来りゃ十分だ、オレンジッ! こりゃ、鍛えれば相当の――――」
「うわ~、すごいすごい、結構速いねセカイくん♪」
「なんだ、ビックリして少しは――――」
うん、ここまで速い人は初めて。
でも……
「うん。……私ほどじゃないけどね♪」
「あ?」
私は……谷間の世代の落ちこぼれの一人。
力も、魔力も、レベル的には平均以下。
座学だってドベから数えた方が速いの。
でも、ただ一つだけ……
「すごいです、セカイ。お父様たち以外でここまで速い人は滅多にいませんから」
「ええ、そうね。でも……シャイニは……」
たった一つだけなら負けないの
だって……
「ちなみに、セカイくん。私のスピードレベルはね……」
「?」
「ふんっ!!」
「ッ!!??」
半身でこっちを見ながら逃げるセカイくんを、私は本気の一歩で踏み切って、そして抜き去って……
「はい、いらっしゃい」
「なっ……な……に?」
正面からセカイくんを待ち構え、そしてハグ。
お、おおおおおおお、お、男の子にハグしちゃった!? セカイくん、イイ身体!? 逞しい!? こんな身体で押し倒されて激しくエッチなことされたら……ふぁぁぁぁぁ!!??
「お、お前……」
おっと、意識が違う方へ飛びそうになっちゃったけど、ここはすました顔をして……
「ふふ~ん。残念だったね、セカイくん。私のスピードレベルは……80なんだ♡」
「ッッッ!!??」
一芸だけ。たったそれだけ。総合力が要求される魔法騎士養成学校では劣等生側の私。
だけど、スピードというたった一つの分野だけなら……
「帝国歴代最速、よろしくね♪」
「ッ!?」
「って、あああああ、靴が溶けちゃった!? だから全速力で走りたくないのにぃ……裸足だと足の裏痛いし……うぅ、おまけに目も痛いよぉ……」
「こ、これが……お前の全速力……」
「全速力? ちがうよ?」
「……は?」
「だって……私が本気で走ったら、どこ走ってるか自分でも見えなくてわかんなくなっちゃうから、セーブして走ってるの」
誰にも負けないんだから♡
「ま、マジか……お、おまえ……スペシャリスト……オンリーワンの才能を持ってるのか? スピードレベル80なんて……聞いたことねえぞ?」
「うわ、スペシャリスト!? オンリーワン!? なんか良い! その言い方は嬉しいかも!」
セカイくんが驚きながら口にしてくれた言葉。それは、私の胸にドンと来た!
だって今まで、私たちのことをそんな風に言ってくれる人はいなかったから。
みんなして、「一芸だけ」って言ってきたから……
「ふふ~ん、オンリーワンか~、スペシャリストか~、くう~、なんかそれいい! すごくいいよぉ!」
急にウキウキしてきちゃった。
セカイくんが私のパンツにエッチな気分にならなかったのはムカついたけど、もうドキドキだよぉ。
でも、それなら……
「ふふ~ん、そういうことなら、セカイくん? 私以外のスペシャリストたちも……」
「ッ!?」
一芸を持っているのは私だけじゃないもん。
「ええ」
「ふふ、そういうことなら私もセカイにジックリ知ってもらわないとね」
アネストちゃんもディーちゃんもヤル気満々になってる。
二人とも私と同じように袖と靴下をまくって、オンリーワンのスキルを解除する気だね。
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