僕のルネ

@oyamakensuke

第1話

 「おれも犬を飼いたいなあ……」と、横を通ったおチビの片っぽは全く素直な心でもってぼやいた。角を曲がると、その子らの母親が路で話している。おチビを見てから、僕は自分の大きさに気付かされたみたいで、犬に引っ張られながら、首の後ろから宙に浮くような気持ちだった。夏のおしまい、秋風の届きかけるK公園では、僕の友人たちや弟がいるはずだ。彼らは僕をみつけて次々と草むらから湧いて出てきた。

「こっちこい!」

 興奮して目が居場所をなくして浮き出ている子、あるいはニタニタが止まらない子がいて、弟だけがすこし距離をとられて不機嫌そうにしていた。弟は僕らの犬に飛びかかって甘えた。除け者にされた恥辱をないものにしたがっているのだ。

「さっき、ルネがあそこのベンチの下から見つけたんだよ」

 かえってよく通りそうな、胸が踊ったコソコソ声。太っちょのオモチが顔を近づけて言った。寄り添われる迷惑を感じながら、僕はモノを見て驚いて、それから友人たちの心づかいに感心した。これは僕の弟に見せてはならぬ代物だ。それは猥本の切れはしで、はだかの女性が写っていた。彼女は大人のすはだかで、胸がついていて、皮の剥かれたソーセージみたいで、切れはしの隅からは黒くヌリ潰された物体がニョキニョキと伸びていた。そのはだかはたった今に発掘された化石みたいに妙な鮮度に守られていて、一刻もはやく保護してやって、部屋のなかで凝視し解明しなくてはならないものだった。早くも僕は決闘を予感した。

「にいさん、何だった」

 弟がトボけながらおそるおそる聞いてきたが、つまんねえよ、家にお菓子があるよ、俺のゲームやってもいいぞ、などと子ども騙しで囃し立てて、犬に繋いでポイしてしまった。そのとき僕はどんな卑劣な顔をしていただろう。一言くらい年長らしいモラリストの台詞が発せられてもよかったのだが、一目で僕は取り憑かれていて、どうにも弟は笑われるよりも気の毒だった。僕たちは弟を見送ると、にわかに火のついた小声にかえってざわめきだした。

「すげえ、おっぱいだ」

「すごい」

 僕たちはお互いを讃えあうみたいに叫んだ。

「結子もこんくらいなるかな」

 発見者のルネは自分に惚れているらしい健気な女の名を出した。

「なるかな」

「知ってる。どうやら結子ちゃんはスポーツブラじゃないんだって」

「それってすごいのか」

「それだけでかいてことだ」

 気が焦って皆が早口に結子を褒め崇えだしたが、「あれはまだ子ども」という侮蔑が語った尻から飛び出してくる。もし結子がこの大讃歌を聞いたとしたら、二重の羞恥で泣いてしまうか、豊胸に向けて乙女は奮起するかと思われた。

「わるいな」

 と、ルネが頭をかいておどけてみせた。いつものかわいい、すこしサルに似ている無邪気な笑顔であったが、僕たちに「ネル」という隠語を教えたのは彼だった。

 三人が三人とも、初めて発揮する男の必死さ、僕たちがいずれ大人になって、生身の女を得るために全身全霊で挑むであろう果敢な必死さをもって、切れはしのお姉さんを自室に連れ込みたがっていた。しかし、誰も恥ずかしくてそれを言い出せない。僕らの未熟だがもっともな卑劣は、お姉さんをどうやって掠め取るか、ちょろまかすかであった。

 ルネに鈍重なデブガキを懐柔することは容易だった。僕へだって、弟のことを取り上げて、愉快なカードでも握らせればやむなく降参させることもできただろう。しかしルネは探索を申し出た。それは友情と憐憫のどちらからきた決着なのかと、子ども心に疑問はあったが、僕たちはルネを尊敬していたし、それに帰るにはまだ早すぎて、幼い弟が眠りに就くまでは長過ぎた。

 剽悍な僕たちによって、K公園は隅々まで観られ、掻き分けられ、取り除かれ、堀られ、奪われまくった。僕たちのポケットは思い思いの品物で埋まったけれど、小学6年生を誘惑してくれる奇特な全裸のお姉さんは現れなかった。おれたちは消耗したと、ルネがポツンと呟いた。

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