118 悲しき同意

迷宮ダンジョンの潰し方は簡単です。最下層にいる迷宮ダンジョンマスターを倒す事。迷宮ダンジョンマスターさえ倒せば迷宮ダンジョンは自然に縮小して数日中に消えてしまいます」


 シャミー教官の言う通りだ。

 実は俺も迷宮ダンジョン潰しをやった事がある。

 あの時はまだ俺も魔導士になったばかりで、しかもメディアさんと一緒だったけれど。

 だからその作業がどれくらい大変なものかもわかる訳で……


「情報本も階層転移陣も無い迷宮ダンジョンを最下層まで攻略して、更に迷宮ダンジョン最強のマスターと闘うのは流石に3日では厳しいのではないでしょうか」


 優等生にして盾兼補助魔法兼何でも屋と紹介されたネサス先輩が常識的な意見を言う。


「ええ、情報本を作る時のように各階層を厳密に調査して踏破していくのは時間的に無理でしょう。ですから今回は最短ルートをひたすら下へ下へと攻めていく形をとるつもりです。

 この中の半数以上は走査魔法を使えますね。なら自分がいる階層の何処に次の階層への階段があるか、途中罠は何処にあって敵は何処にいるか、最短ルートは何処か、わかる筈です」


 確かにそうすれば最短ルートを辿る事は出来る。

 メディアさんと一緒に攻略した時は俺の特訓も兼ねていたからな。

 しかしだ。


「また今回の迷宮ダンジョンは出来たばかりです。出てくる魔獣や魔物も迷宮ダンジョンマスターを除けばトロル程度でしょう。それくらいならどちらのパーティでも充分対処できる筈です。違いますか」


 言っておくがトロルは『トロル程度』なんて言えるような代物ではない。

 出てきたという話があれば冒険者ギルドは付近の冒険者を総員招集して対策を行うだろう。

 強さ的には翼竜レベル、飛ばない分だけ対処が楽だろうか。

 それほどの大物だ。


 しかし確かにうちのパーティなら何とかなるだろう。

 おそらくアルストム先輩達のパーティも。

 絶対一般常識としてはおかしいのだがそう思う。


「時間も9時間交代で2パーティ交互に行えば何とかなる筈です。私は階層転移の魔法を使えます。ですから知っている者がいる階層まで20人程度を連れて移動する事が可能です。

 アルストムも階層魔法を使う事が出来ますよね。違いますか」


「使えます」

 アルストム先輩は素直に認める。


 階層転移は第13属性、つまり空属性の上級魔法だ。迷宮ダンジョン内、自分及び仲間のパーティが行ったことのある階層を移動可能という魔法。

 俺も本で理論だけはほぼ理解したがまだ習得していない。

 やはりアルストム先輩、賢者以上で俺より上の模様だ。


「ハンスも何回か実際に近くで使っているのを体験すればそのうち使えるようになるでしょう。

 最下層の迷宮ダンジョンマスターは全員で対処する予定です。それでしたら出来立てでせいぜい40階層もいかない迷宮ダンジョン、攻略は可能でしょう。

 そう思いませんか、皆さん」


「1回でノルマ5階層突破ですか。上の方はともかく下の方はかなり厳しいですね」


 アルストム先輩がもっともらしい表情でそんな事を言う。

 本当にそう思っているのかは別として。


 でも確かに普通に考えればそうだろう。

 俺達のパーティもまだラトレの迷宮ダンジョンを第15階層までしか攻略していない。

 40階層とするとそれより下に25階層もある。

 それを1日分で5階層進むとしたら……


「出来たばかりの迷宮ダンジョンですからそれほど難しくはないですよ。私はかなり余裕をもって攻略完了できると予想しています。

 それに出来たばかりの迷宮ダンジョンを見る機会、そして迷宮ダンジョンマスターと実際に戦う経験なんて滅多にできません。なかなか貴重な機会だと思いませんか」


 あ、そんな挑発なんてしたら……


「そうですね、なかなか楽しそうです」

「だな。是非ってみてえ」

 

 向こうのパーティの戦闘狂とうちの脳筋が真っ先に挑発にのってしまった。

 こうなるともう仕方ない。

 それに元々これは国から冒険者ギルド、学校を通してきた依頼。

 一介の生徒が断れるようなものではないのだ。


「これからこのギルドを出て、迷宮ダンジョン直近に作った拠点に移動します。

 夕食を食べたらハンス達のパーティはすぐに寝て下さい。3の鐘に相当する時間に起こします。明日の4の鐘に相当する時刻から、攻略開始です。

 それでは移動します。皆さん大丈夫ですね」


 どうやら皆問題はないようだ。

 なかなか凶悪な日程だな。

 そう思いつつ俺達は教官の後に続く。


 そのまま街の外へ出て会話をしながら歩いていく。

 街の外は当然のことながらある程度の魔物や魔獣がいる。

 田舎である分いつもの街外れより遥かに多い。


 しかし相手が悪すぎる。

 何せ強化し過ぎたと思われる2パーティが相手だ。

 見つけ次第誰かが勝手に瞬殺してしまう。


 こういった場合の倒した魔物や魔獣の回収役はこっちのパーティでは俺だ。

 そして向こうのパーティではアルストム先輩らしい。

 確かに俺もアルストム先輩も物質転送魔法を使える。

 だから死骸が散らばっていても歩きながら回収可能。

 しかし何だかなあという気分になるのはまあ仕方ない。


「こう言うのは変かもしれないけれど、楽しみだよね」

 フィンは今回も乗り気だ。


「おう、トロルと殴り合えるなんて楽しみだぜ」

「今回は継続しての攻略だから禁止だな。魔力を節約しつつ安全策で行かないと」


 ライバーとモリさんはいつも通り。

 

「今度の討伐も結構儲かるかなあ」

「ラトレの迷宮ダンジョンよりは実入りがいいんじゃないの? 層も深い所まで行くし」

 ミリアとアンジェがそんな話をしているとだ。


「そっちのパーティもラトレに行っているんだ。今、どの辺の階層?」

 聞きつけたネサス先輩がアンジェ達に聞いてきた。


「まだ第15階層です。階段が長くて」

「あの辺はそうよね。でもあの後はずっと横移動で似たようなものよ。寒くなったり暑くなったりはするけれど」


「先輩達は今、第何階層ですか?」

「次は第35階層。寒くてなかなか先へと思い切れないんだけれどね。小遣い稼ぎなら罠部屋攻略の方が楽だし」


「あ、確かにそれはそうですよね。第15階層の罠部屋なんか結構いい感じで稼げます」

「お勧めは第30階層の罠部屋かな。第15階層と同じで魔狼主体だけれど数が多いからかなり稼げるよ。難易度はそう変わらないし」

「いいですねそれ」


 何だかなあ。

 そう思いながら俺は会話を聞いている。

 うちのパーティそうだけれど、向こうのパーティも予想通り常識が間違っている強さを誇っているようだ。


「どうやらそっちのパーティも相当に鍛えたようだね」

 アルストム先輩にそんな事を言われてしまった。


「そちら程ではないと思いますよ」

「こっちはもう1年以上だからね。もう危なくて他のパーティに放流できやしない」


 言いたいことは大変によくわかる。

 率直に言って同意しかない。

 俺達のパーティも似たようなものだから。


 モリさんはまだ常識があるからいい。

 ミリアもわかっているから大丈夫だろう。

 でもライバーやアンジェは危なくて他のパーティに出せない。

 フィンもちょっと危険だ。


「卒業後はどうするんですか。あと半年ですよね」

「何とかなるさ、きっとね」


 そうだといいけれどな。

 そんな事を思いつつ、倒れたゴブリンを焼いたり落ちている牙ネズミを回収したりしながら歩いていく。

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