97 卒業したら

「4人のレベルアップが終わったら、このまま進化スペルドの魔法もかけてしまおう。その方が楽だ」


「本人の意識がなくても大丈夫なの?」


 そう尋ねるミリアに俺は頷く。


「ああ。進化スペルド職業変更ジョブ・チェンジと違って選択肢が無い。だから本人の意思を確認する必要が無い」


「ならその方が楽でいいわね。どうせレベルアップと同じように睡眠魔法をかける必要があるし」


 ミリアが頷く。


「それでは職業変更ジョブ・チェンジの準備をしておこう。どうせ暇だしな」


「今回は魔法陣が2つね」

「ああ。まずは整地する。場所が出来たら発信側を頼む」


 土魔法で表面を削って平らにし、表面を魔法で高熱にして焼いた後、冷まして固める。


 前回、俺が職業変更ジョブ・チェンジした時と違い、今回は魔法陣が2つ。

 その分広めに場所を作る。


「大きさは」

「発側は1人用標準でいい。受け側は寝た姿勢でも入るよう大きめに作るから、端ぎりぎりに描いてくれ」

「わかったわ」


 さて、それでは描くか。

 ミリアが描き始めたのを確認して魔法陣描画用の魔法を起動。

 向こうの魔法陣にかからない程度で、かつ大きめサイズで。


 基本的な魔法陣だから描くのは簡単だ。

 俺もミリアもあっさりと描き終わる。


「あとは待つだけね。進化スペルドの魔法はどれくらい経ったらかけられるの?」


 俺は4人の魔力を確認する。


「レベルアップが終わって魔力が安定してからだろう。あと1時間くらいはかかりそうだ」


「それに進化スペルドになるまでにかかる時間が2時間くらい。職業変更ジョブ・チェンジ半時間30分くらいかしら」


「そんなものだな」

 あくまで予想だが概ねそんなものだろう。


「それじゃ暇つぶしを兼ねて聞くわね。まだ先の話だけれど、ハンスは冒険者学校を卒業したらどうするの?」


 学校を卒業したらか。

 まだ1年4ケ月先だ。

 正直そんな先の事を考えた事は無かった。

 そもそも学校に来たのだって……


「元々俺は特に何も考えていなかった。冒険者学校に来たのだって、そうするようにと言われたから来ただけだ。

 でも予想は出来る。おそらくあちこちの街を移動しながら冒険者をやるのだろう。あまり同じ場所に留まると獣人ということがばれるかもしれないから」


 ここまでは前々から思っていた事だ。

 でも夏休み後半にひとつだけ、新たな考えが加わった。

 

「ただ行ってみたい場所はある。卒業して時間が出来たら」


 ふっとミリアの視線が俺の方を向きなおった気配がした。


「何処かしら?」


「アンダナ公国の境界山脈にあるパス・ダ・ラ・カザという遺跡だ。ここから遠いし現地には強力な魔物や魔獣も多いらしい。でも一度行ってみたい。出来るだけ早いうちに」


「そこに何があるの? ハンスの故郷?」

「いや」


 どう説明しようか少し考える。

 何せ合理的な理由で行きたいという訳じゃない。


「伝説があるんだ。昔、この大陸に人々が遥かな海をわたってやってきたという。その時に船が着いたとされるのがパス・ダ・ラ・カザの遺跡だ。今でも遺跡の一部は新品同様に輝いているとか、未知の魔道具らしき物が発見されたりとかしているらしい」


「そこにハンスは何故行きたいの。何か特別な理由がある訳?」

「いや」

 説明しにくい。


「特に合理的な理由がある訳じゃない。ただ何となく行ってみたいんだ」


 でもそれじゃミリアには伝わらないだろう。

 少し考え、結局今までの経緯から説明をはじめる。


「元はといえばこの剣なんだ。これは正確には剣ではなく刀という武器らしい。俺にこれをくれたメディアさんがそう呼んでいた。

 でもエデタニアにはこれが刀というものだと知っている人はいなかった。大きめの武器屋にも同じものは無かった」


 ミリアは黙って俺の話を聞いている。


「しかしこの前ドワーフの里に行った際、あの協会の店に刀とそっくりのものがあった。聞いてみると店の人は刀を知っていた。ただ詳しい事はその刀を作った人の工房で聞けと言われた。


 工房で聞いた結果、刀とは遥か昔、ウラートと呼ばれる場所の一部族が使っていた武器だという事がわかった。今では刀を使う人はほとんどいない上、製法すらわからない代物らしい。


 更に図書館で調べ、本を購入した。それによるとウラートとは人間が遥か昔、この大陸に来る前にいたという場所。人はウラートから船でこの大陸にやってきたらしい。


 この話が本当か嘘なのかはわからない。だがウラートからの船が到着したとされるパス・ダ・ラ・カザの遺跡には今の技術ではわからない様々なものが残されているらしい。


 そこへ行って何がわかるかと言われると答えられない。多分何もわからないのだろうと思う。それでも俺は一度行ってみたい。そこに何があるのかを見てみたい。そんな感じだ」


 ミリアには伝わっただろうか。

 正直なところ自信はない。

 俺でさえよくわからない衝動なのだ。


 ミリアは少し考えるように間合いを開けた後、口を開く。


「ハンスが追っているのは刀なの? 伝説なの? それともその刀に関わっていた人物、メディアさんと呼んでいる人なの?」


 なるほど。

 ミリアに言われて気付いた。

 確かに俺は刀を通じてメディアさんの影を追っているのかもしれない。


 助けてもらった際は気付かなかった。

 育ててもらい、普人社会へ送り出された際もあまり深く考えなかった。

 だが夏休みになって妙に感じてしまうメディアさんの謎。

 それを俺は追っていたのかもしれない。


「確かにミリアの言っている通りかもしれない。俺はメディアさんの影を追っているのかもしれない。今まで意識していなかったけれども。

 パス・ダ・ラ・カザに行って何かわかるか。冷静に考えると何もわからない可能性が高い。それでも行ってみたいと感じるんだ。実際に行って、自分の目で見てみたいと思うんだ。

 その理由は俺自身、よくわからないけれど」

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