そのころのタックマン

 マサムネが家を出て二月。

 サーサ公爵家次期当主タックマンは、慣れない書類仕事に追われていた。

 父は、かなりの仕事をタックマンに任せたので、タックマンは訓練する間も惜しんで書類作業に没頭する……正直、字を書いたり書類を確認する作業は苦痛だった。

 タックマンは、執務机で大きなため息を吐く。


「はぁ~……ちくしょう。なんでオレがこんな……あ~あ、兄貴を追い出したの痛かったわ」


 兄マサムネは、武術こそからっきしだったが、頭は良かった。

 父から次期当主としてやるべきことを習っていた。武術の訓練もしっかり行っていた。才能こそなかったが、兄はよくやっていたと今さら思う。


「あそこ、管理するのはサーサ公爵家の仕事だしな……それに、今さら兄貴を呼び戻すのはオレのプライドが許さねぇし……あーくっそ、面倒くさい」


 タックマンは椅子に寄りかかる。

 サーサ公爵家の仕事は膨大だ。いくら武門の一族でも、戦うだけが仕事ではない。

 ユーリ領地以外にも管理する地はある。その中のいくつかはタックマンが管理していた。

 

「面倒くさい……」


 タックマンは、全てをぶん投げて剣を振りたかった。

 その、剣を振るということが、兄や父のおかげだったと知らない。

 すると、執務室のドアがノックされた。


「はぁ~い」

「失礼いたします。タックマン様、お茶でもいかが?」

「おお、ドリーム! 飲む飲む。お菓子もあるか?」

「もちろんです。ふふ、私がお淹れしますね」

「くぅ~、ドリームの《ティータイム》、すっげぇ楽しみなんだよな!」


 ドリーム。

 ユメの妹で、《ティータイム》というお茶を淹れることに特化したスキルを持つ。

 タックマンの妻で、公爵家同士の結婚ということで、城下町は一時にぎわった。

 ドリームの淹れるお茶が、タックマンは好きだった。


「なぁドリーム。お茶飲んだら散歩行こうぜぇ~」

「はい。でも、お仕事は大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫。いざとなれば執事たちに手伝ってもらえるし、父上だっているからな。今はお前のが大事なの」

「まぁ……ありがとうございます!」


 タックマンはもとより、ドリームも結構なのんびり屋だった。


 ◇◇◇◇◇◇


 タックマンは、武芸の才能こそ抜きんでいたが、領主としての才能はなかった。

 親のすねかじり、と表現するのが正しいかもしれない。

 面倒なことは全て父と兄が行い、自分はただ剣を振ればよかったのだから。

 だが、領主となった以上、そんなわがままは言えない。

 そのことに、タックマンは気付いていない。

 兄を追放しなければ……と、のちに囁かれることになる。


「ドリームのお茶うめぇ!」

「ふふ、ありがとうございます」


 どこかお気楽な若夫婦は、ティータイムを楽しんでいた。

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