猫亜人

 マサムネの丁寧なあいさつに、子供の猫亜人は少したじろいだ。

 だが、三人組の一人が二人の背中をバシッと叩き、落ちていた棒を拾って突きつける。

 ユメが即座に反応したが、マサムネは手で制した。


「に、人間……ま、また奪うのか!! あたしたちの土地を、国を……命を!!」

「…………違います。まずは話を」

「うるさい!! あの戦争であたしたちから全てを奪った人間!! あたしは許さないぞ!!」

「…………」


 猫亜人の少女は、怒りをマサムネにぶつける。

 戦争で何もかも失い、土地すら奪われた。その土地は整備するまでもなくほったらかしで、少しずつ猫亜人たちが暮らすようになった。そして、数年……何事もなく平和に暮らしていたところに、人間たちが再び現れたのだ。警戒されて当然だ。

 マサムネは、棒を構える少女に向かってゆっくり歩きだす。

 

「大丈夫。俺はキミたちから何かを奪いにきたんじゃない。話を聞いて欲しい」

「ち、近づくな!!」

「そっちの二人、キミの弟だね?……お腹、空いてないか? そうだ、飴をやろう」


 マサムネは、ポケットから蜜飴の容器を取り出す。

 蜂蜜の飴玉は綺麗な黄色をしており、少女の傍にいたネコミミの男の子二人が尻尾を揺らしていた。

 

「わぁ、きれい……」

「あめ、ってなに?」

「こら!! 隠れてなさい!! 大人がいない今、あたしが村を守らなきゃいけないの!!」

「……大人がいない?」

「あっ……」


 少女はハッとして口を押える。どうやら失言だったようだ。

 マサムネは、何も言わず飴を差し出す。

 すると、男の子二人が少女の背から飛び出し、マサムネの元へ。


「きれい……これ、なに?」

「飴だよ。口に入れて、ゆっくり舐めるんだ」

「おいしい?」

「ああ。美味しいよ。舐めてごらん?」

「こら!! ニャト、トラ!!」

「ん~おいしい!! なにこれー!!」

「ふわ……にゃぅぅ」


 ニャト、トラと呼ばれた少年は飴玉を舐めてネコミミを揺らした。

 そして、マサムネは気付く……近くで見ると、二人はかなり細い。骨が浮き出そうなくらい痩せ、栄養がまるで足りていない。

 少女は慌てていたが、マサムネは優しい手つきで二人を撫でる。


「さ、きみも。それと……よかったら、きみの住んでいるところに案内して、代表者を呼んで欲しい」

「…………本当に、奪いにきたんじゃないの?」

「ああ。むしろその逆だ。俺は、この土地を管理……いや、豊かにするために来たんだ」

「…………」

「信じて欲しい。確かに俺は人間だけど、全ての人間が亜人を嫌っているってことじゃない」

「…………わかった」


 少女は棒を投げ捨てた。

 そして、瓦礫の山のような都市に向かって歩きだす。


「あたしたちの長がいる。それと、動ける大人は野草詰みに出かけてる」

「……動ける、大人?」

「うん。あたしたち猫亜人、見ての通り食べる物がなくてみんな衰弱してる……長も、あんまり動けないから寝てるの」

「…………」

「ほかにも亜人がいたけど、みんな新しい住処を探して旅だった。ここにいるの、猫亜人と犬亜人、虎亜人と蜥蜴亜人だけ。百人くらいしかいない」

「そうか……よし。わかった」


 マサムネは大きく深呼吸……気合を入れ、ゴロウたちを呼ぶ。


「ノゾミは炊き出しの用意を。使える物は何でも使っていい。ユメとゴロウ、悪いがこの辺りで食べれそうな魔獣を大量に狩ってきてくれ。トゥーは衣類の用意を。俺はここの人たちを診察する」

「わかったわ。なんかすっごいやる気出てきた」

「了解です。奥様、参りましょうぜ」

「衣類はここ半月でかなり用意できました。着れるものはそのままで、寸法合わせが必要ならすぐにいたします」

「料理はお任せを。消化のよい、栄養たっぷりな物を用意します」

「よし……まずは、住人の回復からだ。気合を入れていくぞ!!」


 マサムネの掛け声が響き、なんだなんだと住人たちが出てきた。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 マサムネは、猫亜人の少女と一緒に瓦礫の集落を歩いていた。

 住人たちが大勢いた。全員がやせ細り、辛そうな目でマサムネを見る。どうやらまともに動けるのは猫亜人の少女だけらしい。


「ところで、きみの名前は?」

「シロ」

「シロね。よろしく」

「ん」


 そっけない感じだが、嫌われてはいない。

 都市の真ん中あたりに到着した。噴水らしき残骸の前に、一人の蜥蜴亜人が座っていた。

 

「長、この人……人間の国から、あたしたちを助けに来たんだって」

「初めまして。マサムネと申します」

「…………」


 長と呼ばれたのは、やせ細った蜥蜴の亜人だった。

 全身傷だらけで、片目が完全に潰れていた。だが、かなり痩せている。


「……人間、今さらなにしにきた」

「あなた方を救いに来ました」

「はっ……我らの土地を奪い、破壊し、殺した人間が……奪った土地を放置し、管理することもなく、今さらになって救いにだと? ふざけるな……今度は奪わせないぞ……あの時は負けたが、もう……この命に代えても、奪わせん!!」

「長!!」


 シロが、立ち上がろうとした長を支える。

 もう、立つ気力すら残っていないほど痩せていた。

 確かに、全て長の言う通りだ。奪うだけ奪い、何もしなかった。普通なら奪った土地を管理くらいする。それすら放棄した人間が今さらになって救うなど、おこがましいにもほどがある。

 だが、マサムネは引かなかった。


「あなたの言う通りだ。都合のいいことばかり言っているのはわかります……でも、人間ではなく俺を信じてください。俺がここの領主となった以上、あなた方を飢えさせるつもりはありません」

「…………」

「長……あたし、この人は信じてもいいと思う」

「…………」

「お願いします。話を聞いて───」


 すると───ふわりと、いい香りがした。

 町の中央付近で、ノゾミが焚きだしを始めたのだ。

 肉と野菜がたっぷり入ったスープの香りが、町一杯に広がっていく。

 事前に仕込みをしていた食材を煮込むだけなので、時間もかからない。それに、巨大な大鍋が五つほどあるので、住人たちがお代わりをしても足りるだろう。

 すると、別の声が。


「いやー、大物ゲットぉ!! おーい!! たまたま近くにおっきなイノシシいたから狩ったわよー!! ノゾミ、解体するから調理よろしくー!!」


 ユメが叫び、巨大イノシシをゴロウが運んでいた。

 さらに、シロの弟二人が、綺麗な服を着ていた。


「おねえちゃん!! みてみて、もらったの!!」

「いい匂いの服ー!! あ、あっちから美味しい匂い!!」


 ニャトとトラは、炊き出しの方へ。

 すると、少しずつ住人たちが炊き出しに集まり、スープをもらい始めていた。

 数が増えてきたので、トゥーも手伝っている。

 これを見た長は、マサムネに言う。


「…………まだ、信じきれん。だが……お前が何をするつもりか、見せてもらおう。もし我らの生活を脅かすと判断したら……その喉笛、噛み千切ってやるからな」

「はい。その前にまず、暖かいスープでも……シロ、行こうか」

「うん!」


 亜人たちとの交流、出だしは順調だと思うマサムネだった。

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