第79話 検証開始
肉でできた不気味なスライム、以下肉スライムのでかさはホワイトをも超え、俺が見上げに見上げなければ視界に収まらないサイズにまで達していた。普通のスライムの何体分になるんだよ、これ。今目の前に出ている体が全部とは限らないし、これは地面や壁の亀裂や隙間も要注意かな。じゃ、早速―――
「―――検証に入ろうか! ホワイト!」
「ヴァン!」
こちらの初手はホワイトの咆哮だ。ハゼちゃん単体のそれよりも強力な叫びは、声量だけで敵の大群を吹き飛ばす。肉スライムは避ける動作も起こせず、巨大な空気砲を唐突にその身で受ける事となった。
「そう簡単にぶっ飛ばされてはくれないか」
攻撃で巨体が浮き始めた為、もしや吹き飛ぶ? なんて考えも一瞬過ったが、結果として奴はホワイトの咆哮を堪え切っていた。崩しかけた体勢を立て直した原因は、奴の特殊なボディにある。巨体が浮いた際、地面に接していた肉体の一部を変形させ、複数の根っ子として床に突き刺していたのだ。この形態になってから奴の安定性は格段に増し、咆哮を受けても浮きもしなくなった。図体が図体なだけに、その有様は巨木を彷彿とさせる。
まあ、つまるところ見た目よりも頭が回るって事だ。決まった形に定まっていない、スライムの特性を活かせる知性は厄介そのもの。研究員の記録に真実味が帯びてきやがったよ!
『奴の攻撃手段も気になるのう。相棒よ、現段階で
そんなの決まっている。研究員に融合機と呼ばれていたあだ名通り、一番警戒すべきは『融合』の力だ。
―――ブンッ!
ホワイトの咆哮が終わった途端、肉スライムは体の一部を鞭のようにしならせ、俺達に向かってそれを振るって来た。但しホワイトのスピードに比べれば、その攻撃速度は緩慢そのもの。俺を背中に乗せている状態のホワイトでも、余裕を持って回避する事ができる。
今回の戦い、俺の定位置は基本的にホワイトの背中だ。この状態の方が素の俺が動き回るよりも俊敏だし、『嗅覚』で周囲の状況を把握できる分、ホワイトに騎乗して一緒に危険を脱する方が色々と効率が良い。例えば、こういう場合とか。
「ゴォル!」
―――シュッ!
ホワイトが地面から跳躍した次の瞬間、先ほどまで俺達が居た床の真下より、何本かの槍型の触手が突き出して来た。恐らくは根っ子を作ったのと同じ要領で地面の中を突き進み、息を潜ませながら俺達の足下にまで到達していたんだろう。一番初めに警戒しようと誓った、地面下からの奇襲攻撃だ。
「「あっぶな!」」
分かってはいても、自然と声は出てしまう。俺もダリウスも出してしまう。ホワイトに乗っていて良かったよ、本当にもう!
「早速奇襲を織り交ぜて来おったか!」
「俺単独だったら、掠っていたかもな…… ホワイト、回避行動は一任する。今は何よりも、あいつの攻撃に触れない事を優先してくれ」
「ゴオォ!」
本格的な攻撃を開始した肉スライムは、本体の大塊からニョキニョキと更なる触手を生やし、それらを無造作に振るって来た。如何に鈍重な攻撃と言えども、掠るのも避けたいこの状況において、これだけ数が増えると明確な脅威となり得る。それに加え、床や壁から突き抜けて来る突き刺し攻撃もあるとなれば、厄介さでは黒ネズミよりも数段上だろう。
「だけど臆してばかりじゃ始まらない、ってな!」
検証その一、物理攻撃の有効性について。回避行動に徹するホワイトの背より、俺は円盤の盾を投擲。ゾンビ程度であれば纏めて屠ってしまう恐ろしき
―――ズババババッ!
相変わらずの威力と褒めるべきか、それとも盾としての在り方を疑うべきか、投じた盾は複数の触手を見事に両断してくれた。本体にどれほどのダメージを与えているのかは分からないが、取り敢えず斬撃は効果があるらしい。その辺は赤スライムと同じか。
「ッ!」
肉スライムも盾の威力に驚いたのか、攻撃の手が少し緩む。これを機に追撃したいところだけど、今回は調査が目的なので深追いはしない。つうか、まだできない。肝心の検証が終わっていないからな。
『相棒、また来るぞ!』
生じた隙は僅かなもので、少し待っていると直ぐに触手による攻撃が再開された。丁度良い頃合いだし、次の検証に移ってしまおうか。
検証その二、接触の危険性について。『融合』の能力を有しているという前情報がある以上、俺達は迂闊に奴の体に触れる事ができず、また接近戦を挑む事もできない。しかし、俺やホワイトで実体験するには、ちょいとこの力は危険過ぎる。触れた瞬間に奴の体に取り込まれた、なんて事になったら、笑い事じゃ済まないからな。という訳で、こいつで試させてもらう。
「すまん、赤ゾンビ君!」
謝罪の言葉と共に俺が解き放ったのは、大黒霊の巣へと来る前に、その辺でちょいと捕獲して来た赤ゾンビ君だった。彼には申し訳ないが、これは必要な事なんだ。迫り来る触手の軌道上に、格納内からポンと放出する。
「アウアッ……!」
赤ゾンビ君は鞭と化した触手に叩き付けられ、体の軸があらぬ方向に曲がってしまう。その有様はオバーキルそのもので、普通であればこの時点で靄となって四散してしまう事態だろう。しかし彼は消失せず、肉体は触手の表層に貼り付いたままだった。それ以降呻き声も発さず、徐々に触手の内部へと埋まっていく。
「うん? いや、これは……」
―――ッ!? 違う、ただ埋まっているんじゃない! 触手との接触面が溶かされて、埋まって行くように見えているんだ! うわあ、赤ゾンビ君の体、ジュワジュワいってる……
『うおっ、えげつないのう! 融合というよりも、スライムが放つ『強酸』による効果に似ておらんか!?』
だな。しかもこれ、抵抗できなくなってからの、『吸収』の追い打ちもしてないか? 多分だけど、赤スライムのそれより性能も良さそうだ。うーむ、こいつは『融合』云々を回避する以前の話か。そもそも触ったらアウトな敵っぽい。
その後も俺達の検証は続き、魔法攻撃の耐性はあるか、ドワーフ殺しはいける口なのか等々、色々と試させてもらった。ホワイトが居たから比較的楽に検証を進める事ができたけど、これが俺単独であったら、検証の時点で命懸けだったかな。というよりもこの肉スライム、探索者が単独で戦って良い難易度じゃないと思うよ? 俺はまだ日誌の前情報があったから良いけどさ、普通にこれ初見殺しじゃん。『感染』みたいに耐性がある訳でもないのに、触れたら即アウトってのはやり過ぎだと思う。
……それとも、これらについても耐性があったりするんだろうか? 耐性前提条件でこの難易度なら、百歩譲ってまだ理解できるかも。
『ないものねだりしても、仕方ないじゃろうて。それで対策は思い浮かんだのか?』
ああ、一応はな。斬撃に引き続き魔法は普通に効くし、ドワーフ殺しも嫌がってた。ドワーフ殺しを満載して、魔法をぶっ放す頭数を増やすのが妥当な策だと思う。危なくなったら赤スライムを肉壁にするのもアリかな。『強酸』は元から溶けている者には効かないらしいし。
『ふむ、遠距離からの攻撃を基本とする、か。確かに妥当かの。そうと決まれば一度撤退し、手持ちの黒霊をそれ用の構成にせんといかんな』
ああ、初戦はこんなもんで―――
「ゴォルルルルゥ……!」
―――待て、ホワイトが何かを警戒してる。
改めて奴を観察。すると、肉スライムの動きに変化がある事を発見する。体(頭の?)の天辺を塔みたいに尖がらせて、何かを模ってる? 攻撃ではないみたいだけど、一体何のつもりだ? いや、待て、アレって…… もしかして、電波塔?
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