第52話 援軍

「ウアアァ……」

「こいつらは……!」


 ステンドグラスを割り、この場所に乱入して来たのは、例の聖職者ゾンビだった。それも左右から合わせて一斉に五体と、狙ったかのようなタイミングである。しかもこいつら、窓際の高い位置に設けられた狭い足場に上手く着地して、俺達のところにまで降りて来ようとしない。言ってしまえば、俺達の魔具が届かない位置を確保していやがるのだ。


 窓をぶち破るというアグレッシブな侵入方法を可能に、そして地の利を活かせるよう頭を使っている様子から、魔法を使えるだけでなく、やはりこいつらの身体能力・頑丈さ・賢さは普通のゾンビ君を上回っているらしい。


「クッ、増援か!」

「ああ、俺らにとっての加勢だけどなッ! オルカ、シスターに魔法が当たる可能性は!?」

「……ッ! いや、ない! あの類の黒霊は、憑く対象の分まで魔法を引き寄せる! 先ほども言ったが物理攻撃が効かない分、魔法には驚くほどに軟弱なんだ!」

「なるほどな、了解!」


 本来こいつらは、あの幽霊――― 黒霊との区別が紛らわしいから、この際紫シーツで良いか。その紫シーツに乗じてシスターを狙う、ハイエナ的な勢力だ。実際この状況に置かれた魔法ナシの探索者は、こいつらの攻撃を何とかあのお化けに誘導し当てるなどして、苦戦しながらも劣勢を打破しようと努力するのだろう。けど、ゾンビ系の黒霊のみを寄こしたのが運の尽きだったな。こんなもの、俺にとっては鴨が葱を背負って来るような、美味しい展開でしかない!


 展開していたハクシロ、そして鳥さん達に急いで命令を出し、俺の格納内へと最速で帰還させる。よし、これで五体までの命令権が確保できた。んでもって―――


「―――ぶっ放せ!」


 高所を確保した聖職者ゾンビ達に同時命令、か弱いシスターを食い物にする紫シーツに向けて、炎の弾を五連発で放出。木製の杖より放たれた攻撃魔法は、吸い込まれるようにして一直線に紫シーツへと直撃した。


 ―――ドドドドドオォォン!


 次いで巻き起こる小爆発。大丈夫だと分かってはいても、黒霊に憑かれているシスターの身を心配してしまう。うん、結構な爆発だけど大丈夫だよね? 今頃になって凄く心配になって来たぞ。


「キィィヤアァァァ!!!」


 そんな俺のガラスのハートを更に心配させたのが、爆発の最中に上がった甲高い悲鳴だった。人間味はないが女性のものらしき悲鳴は、どう聞いたって苦しみから上げられたものだ。これがシスターのものじゃないかって、咄嗟にそう思ってしまったんだ。けどまあ、当然それは違った訳で。


「安心しろ、今のはあの黒霊のものだ。どうやら、五回もの魔法には耐えられなかったらしい」


 悲鳴は紫シーツのものだった。爆発が収まり視界が開くと、シスターを覆っていた紫シーツが散り散りとなっており、その端の方から炭になるが如く焦げていっているところだった。それから数秒も経たずして、奴はもう完全に消え去っていた。


 で、だ。肝心のシスターも何とか無事のようだった。爆発の余波に晒されていないか心底心配だっただけに、気を失いながらも生きた彼女の姿を見た時は、肺の中の空気を全部吐き出したんじゃないかってくらい、大きく息を吐いたもんだ。


「よ、良かった、生きてる…… マジで、良かった……!」

「あ、相棒は心配し過ぎじゃよ。ワシは最初から信じておったし(ドキドキ)」

「友情を深めているところ悪いが、早く彼女を救出しよう。ここはまだ安心できない」

「お、おう、そうだった。君、起きられそうか? どこか痛いところは? 意識はある?」

「う、うう、ん……?」


 ゆっくりと上半身を起こしてやると、シスターは眠りから覚めるように言葉を発してくれた。良かった、目を覚ましてくれたか。


「………(ぽー)」

「あ、あれっ? あの、シスターさん?」


 シスターは目覚めた。しかし、彼女はそれ以上自分の意思を示さず、ぼーっと虚空を眺めるばかり。こ、これはもしや、かなり不味い状態なのでは……?


「むう。無事ではあるが、あの黒霊にエネルギーを吸収され過ぎたか」

「そ、それって大丈夫なのか? 霊薬まだ余ってるけど、飲ませてみる?」

「いや、霊薬は探索者にしか効果がないんだ。一旦、女神像の場所まで移動させて回復を待とう。直に意識がハッキリしていく筈だ」

「女神像のところまでか。そうは言ってもな……」


 最寄りの女神像といえば、霧裂魔都に入る手前の公園だ。ここからは結構な距離がある。しかも、彼女を背負うなりしなくてはいけない訳で。


「えと、流石に男の俺が女性を背負う訳にはいかないよな?」

「何を言っている? 彼女が道中で目覚め、私に助けられたと勘違いしては事だろう。私が道中の警護に当たるから、ベクトが彼女を背負ってくれ」


 で、ですよねぇ。しかし、しかしだ。その場合、シスターの豊満な胸ががががが!


「すまん、相棒の変態性が暴れておる」

「は?」

「ううんううん! 何でもないぞ!?」


 ダリウスソードをしばきたいところだが、今は生憎と時間がない。上の方で待機モードになってる聖職者ゾンビ、略して聖ゾンにここまで降りて来るよう指示。格納に入り切らない二体はここで介錯し、三体は格納へと収納。これで格納内は一杯、このペースだと今後入れ替わりが激しくなりそうかな? ハクシロはオルカが気に入っている為、最優先で保護されそうだけど。


 ……で、問題のシスターだが。いや、俺は至って冷静だ。大丈夫、大丈夫。皮鎧越しだから、ぶっちゃけそこまで感触は伝わらない筈ってうわすご。


「のう、相棒」

「ダリウスソード、話は後だ。今、俺は必死に煩悩を捨てているところなんだ」

「いや、じゃがのう。さっきの連続魔法で、天使の石像が粉々じゃ」

「へっ?」


 ダリウスの言葉を受けて前を確認すると、確かに部屋の中央にあった天使の石像が豪快に砕け散っていた。


「ああ、石像、木っ端微塵に破壊されちゃってるな……」

「されちゃったじゃなくて、相棒が破壊したんじゃて。それにほれ、壊れた台座の下に何やら空間があるぞ?」

「えっ…… うわ、マジか」


 石像の瓦礫をどかして辺りを綺麗にすると、確かにそこには地下へと向かう階段があった。


「これは…… 地下への隠し通路か。偶然とはいえ、流石はベクトだ」

「うむ、相変わらずの運命力という名の悪運」

「それ、褒めてるんだよね? だけどシスターも居るし、今この隠し通路を探索するのは――― んん?」

「どうした、ベクト?」


 何気なく地下への入り口を覗いてみたら、それはあった。下水道の時と同じように、隠し通路には一定の光源が確保されていたから、それは直ぐに目に入った。


「……女神像がある」

「「は?」」

「いや、この通路の先に女神像があるんだって。ほら、直ぐそこ!」


 オルカが地下を覗く。ダリウスソードにも覗かせる。するとオルカは直ぐに俺の方へと振り返り、何とも言えない表情を作っていた。


「ベクト、もしや君は死の巫女の寵愛でも受けているんじゃないか?」

「ああ、なるほど。ワシ納得。相棒、そういう事なら早く言ってよね」

「違うからね!?」


 兎も角、俺達は目の前にある女神像を目指した。シスターを背負う距離も凄まじく短縮された。ホッとしたような、凄まじく残念なような……

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