第51話 魔法

 青霊の叫びに導かれ、大聖堂の奥地へと足を踏み入れる。そんな俺達を道中で出迎えてくれたのは、つい先ほど苦戦を強いらせてくれた、あの骸骨兵士&初見のゾンビ兵士だった。お前ら、大聖堂こんなところにまで居たのかよと、頭の中で愚痴りながら戦闘を開始する。骸骨は能力が厄介とはいえ、最初から二撃入れる事を念頭に置けば、後は覚悟さえ決めてしまえば問題ない。ゾンビはまあ、うん、統率で動きを止めてやったら楽勝だった。


「クコッ……!」

「カカカッ……!」


 倒された骸骨&ゾンビ達は言葉にならない断末魔だけを残し、俺とオルカの魔具に吸収されていった。よし、頗る順調! なんて、そんな事を思ってしまったのがフラグだったんだろうか? 霧の先に、また見覚えのない顔が並び始めた。


「ウオォォ……」


 礼拝堂のところで殺された、あの青霊と同じ格好をしたゾンビである。聖職者らしき服装を纏い、朽ちる寸前な木の杖を携えたそいつは、今や聞き慣れてしまった呻き声を上げながら、その杖を振るい始めた。


「何だ? まだ距離があるってのに―――」

「―――ベクト、油断するな! 魔法が来るぞ!」


 オルカの警告を耳にして、危機感が一気に高まる。そして次の瞬間、聖職者ゾンビの杖より真っ赤な何かが飛び出した。これは、炎の弾!?


「うおおっ!?」


 思った通り、迫り来たのは拳大の炎の弾だった。スピード的にはそれほど速くなく、ハクシロにも劣る程度のものだ。ただ、この世界で魔法を目にしたのは、これが初となる。突然の出来事に驚いてしまい、必要以上の回避行動を取ってしまった。そして俺が元いた場所に着弾した魔法は、ドガンという轟音と共に、結構な威力がありそうな小さな爆発を引き起こす。


「こ、これが魔法か。当たると不味いかも……?」


 そんな感想を漏らしながら、次の魔法が放たれないうちに接近し、聖職者ゾンビの首を飛ばす。魔法は確かに強力だが、身体能力は普通のゾンビ君に毛が生えた程度のようで、接近戦になれば楽勝であった。しかし、この力は後方支援役として使えそうだ。一体は倒せたし、次に現れたら何体か格納に入れておきたいかも。


「魔法は使用者の魔力によって威力が変化してだな――― っと、今は呑気に解説している時ではなかった。急ぐぞ!」

「おう!」


 何体かの骸骨&ゾンビ兵士を更に倒し、飛び込んだ先の部屋。そこはステンドグラスの窓が張り巡らされた一室だった。本来カラフルな色合いのステンドグラスは、太陽光を浴びて煌びやかな光景を見せてくれるものだ。しかし、この世界に現実に則した太陽はなく、外に浮かぶは赤い月のみ。血色の光を浴びて浮かび上がるのは、不気味に染まる赤の部屋だ。


 そんな赤の部屋の中央には天使を模った大きな石像と、その近くで必死に祈っているシスターの姿があった。この赤の中で、彼女だけは淡い青色。さっきの悲鳴の主は、彼女で間違いなさそうだ。ただ、周りに黒霊の者らしき姿はない。部屋の中に居るのはシスターだけだ。


「あれ、黒霊がいない? って事は、この不気味な部屋を見て悲鳴を上げたのか?」

「……どちらにせよ、これから黒霊が押しかけて来る可能性が高い。酒場の時のように、まずは彼女を落ち着かせよう。私が周囲を警戒しているから、ベクトから声を掛けてやってくれ」

「了解、頼んだ」


 ハクシロを左右に展開、念を入れて鳥さんも石像の上から周囲警戒させておく。手が触れられる距離にまでシスターに近づくが、よほど祈りに集中しているのか、未だに彼女は俺達に気付く素振りを見せない。


「なあ、祈りを捧げているところ申し訳ないんだけど、ここは危険なんだ。俺達と一緒に避難してくれないか?」

「………」

「……えっと、聞こえてる?」


 おかしい。俺が何度声を掛けてもシスターは俯いたまま、祈る体勢を止めようとしない。というか、こっちを向いてもくれない。


「お、おーい?」

「………」


 シスターは手を組み目を瞑ったままだ。顔を覗き込んでも反応してくれない。ただ、そうする事で漸く彼女の顔を見る事はできた。修道服特有の頭巾に隠されていた髪は、我が家の甘い蜂蜜のような黄金色。歳はサンドラと近そうで、同世代かそれよりも少し下といったところだろうか。あと、目を閉じていても分かるくらいに整った顔だ。アリーシャももう少ししたら、彼女みたいに可愛く成長するんだろうなぁと、パピィは思ってしまいます。


『相棒、至近距離だからって変に照れんで良いから』


 照れ隠しがバレただと!? クッ、心の声がダリウスに隠せない……!


『修道服の上からでも分かるくらい胸が大きいなぁグヘヘ、とか思ったじゃろ!? もう、おませさんじゃのう! しかし安心せよ、ワシも同じ思いじゃて!』


 いや、そこまでは思ってない。


「に……」

「えっ?」


 ダリウスの戯言により、危うく視線が血迷うところだった。しかし、寸前のところでシスターが微かに言葉を発したのを耳にする。自然と俺の意識はそちらに集中させられた。


「に、げ…… だ……」

「何だって? 何かを伝えたいのか?」

「逃げて、ください…… 私、もう…… 駄目、なんです…… もう、抑えられま、せん……!」


 その瞬間、俺はシスターより放たれる、何か嫌な気配を感じ取った。それはオルカも同じだったようで、俺達は同時に飛び退いてシスターから離れる。


「私、の、中に…… 悪しき、者が……!」


 そう言いながらシスターは祈るのを止め、フラフラと不安定な様子で立ち上がる。彼女の額には汗がにじんでおり、何かに抵抗しているかのように、必死に歯を食いしばっていた。次いで、シスターの足が床を離れ、背後の石像と同じ高さにまで浮かび上がって――― ってぇぇぇ!?


「ハァ!? 何だ、何が起こってる!?」

「……恐らく、彼女は何かに憑かれている」

「ど、どういう事だ?」

「霊体系の黒霊だ。彼女の周りをよく見てみろ。霧のせいで見辛くはあるが、それとは別種の靄が掛かってる。恐らくさっきまでは、憑かれた彼女が必死に押さえつけていたんだろう」


 確かに宙に浮かんだシスターの周囲には、目を凝らせば何かが居るのが見えた。彼女を取り囲むようにして、紫気味の透明なシーツのようなものがヒラヒラと靡いている。ハハッ、何とも古典的な幽霊じゃないか。普通に怖いです。


「霊体…… モノホンの幽霊の類って事か?」

「ああ。物理的に触れられないから、魔具では倒す事のできない厄介な敵だ」

「そ、それって無敵じゃないか!?」

「普通に戦う分にはな。ただ、代わりに魔法の効きが良い。先ほどの炎弾も悪くないだろう」


 いや、つっても俺、魔法使えないんですけど?


「う、ううっ……」

「魔法と言っても…… というかあの子、さっきからずっと苦しんでないか!?」

「霊体は外傷を与えて来るような事はしないが、憑りついた者の生命エネルギーを徐々に吸収していく性質があるんだ。よって、時間が惜しい。ベクト、解決策がないのであれば、すまないが今回は私が救助するぞ。今から白の空間に戻って、魔法の霊刻印を刻んでいる暇はない」


 いつの間にか、オルカの剣の表面に霜が張り付き始めていた。これは冷気、オルカの魔法だろうか? 一方の俺は魔法が扱えず、『統率』の力もあの幽霊には効果がないようで、骸骨兵士の時と同じく命令を受け付けない。 ……完全に手詰まり、である。


「ああ、シスターの命が最優先だ。俺に構わず救助を―――」


 ―――ガシャンガシャン!


 オルカに全てを託そうとしたその時、ステンドグラスを割って外から何者かが侵入して来た。

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