精霊憑き

◇1◇

「『精霊憑き』……?」

 聞き慣れない言葉をオウム返しに呟く。

「然様。あの少女は首輪をしていただろう。あの下に封印を施してある」

 オーパスが自分の首元を指差す。

「元来、精霊というのは人に力を貸す存在ではある。精霊魔術と呼ばれる形態が存在している」

 一般的に魔術と知られているものは『在来魔術』と『神性魔術』に分かれている。

 魔術に縁があまりないナナシでもその程度は知っているが、それを詳しく学ぶ機会もなかった。元々扱える系統の技術ではないと思っている部分もあった。

 ナナシの知る『在来魔術』は、元々『在来魔法』と呼ばれるものからの変化したものだ。

 魔法と呼ばれる超常的な能力を知識によって習得し、一定の者であれば扱えるように技術化したものが魔術と呼ばれている。

 ある程度の適正と、一定の期間が必要ではあるので、ここポイント・アライバルでは扱える者のほうが珍しいだろう。アルヴィスは元々ここの出身ではないので、扱えること自体に不思議はないのである。

 クラスタによる蒸気機関に稼働は、一つのクラスタによって生み出される蒸気の量が多く、コストの面に置いても、運用の面においても手軽だった。そのため魔術自体の運用の手間を考えれば陳腐化していったと言うことだった。

 もちろん、あくまでポイント・アライバルに限ったことではあるが。

「学がないオレにはあまり良くわからん」

 とにかく、『在来魔術』『神性魔術』の他に『精霊魔術』と呼ばれる形態がある。ということだけは理解した。

「それと、クラスタの精製がどう関わっているっていうんだ?」

 ああだこうだと考えても仕方もなく、とりあえずは話の続きを促す事にした。

「詳しい精製手順までは私も知らん。ただ、あの少女が関わっているということだけは確実だ」

「『精霊憑き』である事が関係あると?」

「そういうことだ。精霊自体が人に憑く。ということ自体が稀と言われている。あの少女と精霊の命が共有されていて、精霊が死ねば少女が死に、少女が死ねば精霊も死ぬ。という相関関係にある」

 宿主と共生している。ということらしい。

 本来であれば使役関係にあり、精霊からのフィードバックこそあれど、生死にかかわることはない。もっとも、精霊魔術を知らないナナシには知り得ないことではあった。

「クラスタの精製に関しても、元々ここでのみクラスタが発掘されていた。ということも関係がある」

「最果て戦争とか、そう言うのになんか関係あるのか?」

 最果て戦争。元々この地は人間種族が治めていた場所ではなければ、魔物、魔族と呼ばれる種族との長期に渡るいくつもの戦い、戦争によって開放された地だ。

 長く長く続いたため、最果て戦争。という呼ばれ方をする。

「クラスタ自体が、その戦争によっての発生した賜物である。というのが上層。つまりは商会での見解だ」

 片眉を上げ――眼帯に隠れているからあまり表情としては出ないのだが――訝しげにため息を吐いた。

「元々、この地での開拓自体は更に西に向かうための中継点としての役割が予定されていた。ドラゴンの顎と呼ばれるこの巨大な渓谷を横断する為のな」

「まあ、その話は聞いたことはあるよ。中継地点だからどこの国のものとしなかったとか、領地戦争をやるのはゴメンだとか、そう言った感じの話はさ」

 ここで暮らす人達は大体がその様に学んできた。

 結局今のところはここより西は未開の地のままである。

 たまに冒険者がここを通過して更に西に向かうことがあるらしいが、芳しくない。という情報ぐらいしか聞くこともない。ここにも冒険者のギルドはあるが、国が噛んでいない分、方針として開拓はあまり優先度をおいていない為だ。

「然様。ただその際に出てきたのがクラスタだ。最初のうちはただの新しい鉱石だったがな。特に魔力があるわけでもなく、ではあった」

 ナナシは腰に下げている自作の蒸気機関をテーブルの上に置く。

「それで、これか」

 蒸気機関。と一口に言っても使い道はいくつもある。

 この縦長かつ横長である渓谷での移動手段。工場の自動化。小さいものになるなら工具の駆動や調理器具の扱い。ナナシは工具のために普段から腰に下げている。

 果ては銃。蒸気機関で圧縮した空気によって弾丸を打ち出す機構になっている。二つ歯車トリガーの人たちはその為に銃と一緒に支給されている。

 ナナシも自作で蒸気機関こそ作成はしたが、クラスタ自体からの蒸気の発生手段についてはブラックボックスになっていて、分解してもよく分からなかった。

 クラスタ加工部分についてだけは、上層の商会の技術者達が作ったものでのみ起動することができる。

 この辺の問題が色々あるため、やはり西への興味が低いのだろう。

「上手い商売だよな」

 と、独りごちる。そのクラスタ加工部のパーツはそこそこ値段が張るのである。

「そういうことだ。正確には、スチームクラスタ。と呼ばれるそれは扱えるようになり、かなりの年月をかけてポイント・アライバルを発展させた。そのクラスタの精製ができるのであればそれこそかなりの利益を手に入れる事ができるだろう」

 実際通貨としても通っているクラスタだ。金を作っているようなものである。

 通貨としての運用は、ここが国家ではなく商会の集まりによって形成された街であるからであり、クラスタの流通を一手に担えるのであれば、国の重要機関を名乗っても過言ではないと言える。

「うーん」

 ナナシは話を整理するまでのことではないが、間を置くように唸る。

 なにせだ。これがどこまで事実なのかは解らないとして、この男が詐欺師でもない限りは幾らかは真実なのだろう。と思うからだった。

「ちょっと話がでかすぎやしないか? それにそれをオレに話しても良いのか。オレから聞いたとは言えさ」

 要するにこの情報、技術が漏洩すればそれだけで商会間のパワーバランスが崩れる。という話なのだ。どう変わるかは想像もつかないが、碌なことにならないだろう。というのがナナシの考えだった。

「私から吐き出せる情報で、あの少女の受け渡しの是非がかかっているのだろう。それにこの話を知ったところで、そちらでなにかできることがあるかね?」

 正論ではある。クラスタの精製手段も化工手段も解らない。なのでそういう事実があったとしてもナナシ自身に何かができるということは何一つないのだから。

「まあ、心象は良くなるよな。それで、話を戻すが、『精霊憑き』とそれがどう関係しているのか、と彼女を保護してどうするのか、という部分が知りたい」

「それを聞いたとして、彼女の保護を断った場合、ここでそちらと争うことになるかもしれんぞ?」

「痛くない腹は探られたくない。と?」

「そこまでではない」

 オーパスが首を横にふる。

「……?」

「そちらの話も聞かせてもらえないだろうか」

「こっちの知っている情報は出したつもりだったが……?」

 要領を得ない。と言った感じで首を傾げた。

「ナナシと言ったな。そちら自身の話だ。保護をする上で、協力者になりうるかを知りたい」

 意外な申し出。と言ったところだった。虚を突かれる形になり、「は?」と言った表情になる。

「なんでそうなるんだ? マトモな人間そうだったら引き渡してそれで終わり。ついでに謝礼でも貰えるもんだと思っていたが」

 謝礼が貰えないならルアルに預かって貰おうという話もご破産にはなりそうだ。などと考えながら煙草の灰を落とした。

「なぜ保護するか。という部分の話をする必要があるだろう。それを話すことになればあの少女の置かれている状況についても理解することになる。そうなればナナシ。お前の行動方針にも影響が出ることになる。それ故に、聞いておきたい」

 これは厄ネタだ。と言うのはシュアリィを拾った時点で感じていたが、これは間違いなく巻き込まれることになるのは確実だ。

 状況によってはかなり面倒なことになる。嫌な方向での想定が数多く浮かんでくる。

「なるほど……。というか、選択肢があんまりないな」

 実際に選択肢は殆どなかった。

 ちら、と孤児院の中を確認する。アニーはあくまで聞いている。というスタンスのようだ。

「……オレ自身も孤児だ。と言うかここ育ちなんだよ」

 不満そうに、テーブルにひじを置き、やや前に乗り出すように。

「そんで、暫定孤児を拾ってここに連れてきてしまった以上、責任はあるだろうな。少なくとも放り出すと言うのはあんまりだな。人探しもやると言っちまったし」

 煙草を缶の底に押し付けて消す。

「お人好しなのだな」

 薄く笑う様子に肩を竦め、嫌そうな表情を浮かべた。

「お人好しというほど善良じゃあねえさ。少なくとも関わった以上は正しいところに収まる様には心がけたいところだね。まったく。それに――」

「それに?」

「ここが巻き込まれるのはあんまり良い気がしない」

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