15. 番コントラスト
色んな出来事があった金曜日、テスト勉強に追われる週末、そして期末テストが行われる月曜日から水曜日までの三日間が瞬く間に過ぎ去っていった。
金曜日にはハプニングもあったものの、週末はいつものように追い込み、テストもいつも通りで悪い結果ではないだろう、という感じ。もちろんまだ自己採点の時点であるけれど。
しかし全ていつも通りで完結したか、と訊かれるとそうではない。
テスト勉強で問題集を解いている時も、テストに怠さを感じながら自転車を走らせ通学する時も、事務的にテストの空欄を埋めていても、鷹瀬のことが頭の片隅に染みのように残っている。
早く消えてほしいがな……。そんなことを思うが、中々記憶から消えてはくれない。あんなことがあったのたが、簡単に消えなくて当然ではあるのだが。
けどまあ布石は打った。これがどう転ぶかだな。鷹瀬は気分屋なので上手くいかないかもしれないが。
帰りのホームルーム後の掃除の時間、掃除当番として適当に教室の隅っこを箒で払っていると、俺と同じくテスト安牌勢で同級生の細江千尋が話しかけてくる。
「春宮くん、テストどうだった?」
「まあまあだな。そっちは?」
「それ、私に訊きますか?」
「細江に訊いたつもりはない。気になるのは細江の生徒の方だ」
「あ、そっちね。それは……ご覧の通りですよ」
細江は親指を立て、クイッと背後の彼氏である千葉昴の居場所を指差す。当の本人は掃除をサボり遠い目をしながら、窓の外を見ている。……ああ、結果分かっちまったよ。
訊きたくないなあと思いながらも、ここで訊かないのも薄情だと思い、肩をポンと叩き、昴に話しかける。優しい……なるべく心に染みる優しい言葉を……。
「昴、あと二年頑張れよ」
「二年か……。時の流れは遠距離恋愛以上に残酷だよね。千尋は待ってくれるかなあ……」
「大丈夫だ、きっと。それにほら。苦難が愛を育むとも言うし。ポジティブにいこうぜ」
「響太郎も待っててくれるかい?」
「待つつもりは一切ないし、そもそも何を待つのかもしらんけど、学年が一つ下だからと言ってパシったりはしない。一生、元クラスメイトだ」
「響太郎……!」
教室、窓際、テスト終わり、昼過ぎ。映画のラストシーンばりの友情を確認し合うような感動的な光景が繰り広げられる。バックで洒落てるジャズがBGMとして流れていることだろう。
しかし優しい言葉と言いながら、何気に俺、酷いこと言ってんなぁ。別の意味で心に染みさせている気がする。なのになんでこんなに雰囲気いい感じなの? 怒ってもいいんだぞ?
「おーい、二人共、何してるんですかー?」
ジト目でこちらを見つめている細江。なんだよ、男の友情を確かめ合っていたのに。
「てか昴、テスト大丈夫だったんでしょ?」
「まあね、赤点はなんとか回避できたかな」
「じゃあなんで物憂げに窓の外眺めてたんだよ……」
「いや、お腹すいたなあって」
あっけらかんとして昴が実情を開陳する。なんだったんだ……、さっきの映画風友情育んでますよ系茶番劇は……。テスト後で浮かれすぎだろ、どっちも。
それでも残る疑問はある。昴が赤点を回避するテスト。それはつまりこういった可能性がある。
「そんなにテスト簡単だったか? それとも一年生のテスト受けたのか?」
「いや、実力。実力ですから!」
昴が必死に抗議をしているが、そんな訳がない。こいつの実力はテスト全教科赤点はもちろんのこと、あまりのおバカ回答に教師が解説授業で笑いのネタにするほどだ。
こういうのは二割くらいを流して聞くに限る。残りもスルーで。代わりに細江が言葉を添える。
「テストの難易度は別に普通でしょ」
「じゃあ一年生用の……」
「昴は一年生の内容覚えてないから、余計点数取れないと思うよ」
「なるほど。じゃあ細江先生の教え方が良かったんだな」
「ん、ありがと」
「え、俺の努力は?」
昴が何か言ってるが、知ったこっちゃない。むしろこの二年間の勉学の壊滅的遅れを、少しばかりだが取り戻させた細江の腕に惚れ惚れする。俺も是非、細江に師事したいくらいだ。
「ほら、ごちゃごちゃ言ってないで、掃除しろ」
「響太郎……いつになく酷いねぇ。ホントに酷い」
そうブツブツ言いながらも、用具入れから箒を取ってきて、そこら辺の埃を集めている。始めからそうして欲しかったんだけどなあ。
掃除に一段落ついた頃、再び昴は俺に話しかけてくる。
「そうだ、響太郎。この後食べにいかないか? いい店見つけたんだ」
「あ、いいなあ。私も行きたい」
「いや、そのいい店っていうのはドロッドロのスープが売りの豚骨ラーメンを出す店なんだ。さすがに女子は厳しいでしょ?」
「それはそうだけどさー。仲間外れ?」
ぷくーと頬を膨らませる細江。あまり見ない表情で、それには昴も困ってしまっている。
テスト終わりは大抵、気が抜けるものだ。三年生になれば受験を控えるので、そうも言ってられないだろうが、彼女を押し退けてお誘いを受けた今、少しくらい気を抜いても罰は当たらないだろうとは思った。けど今日に限っては。
「悪い。今日は学校残る」
「図書当番?」
「いや、図書当番なら、ほら」
そう言って昴の隣にいる細江を指差す。細江とは同じ日に図書当番をするペアとなっているので、俺があるなら細江もあることになってしまう。しかも今日は当番の金曜日ではない。
「ふーん」
昴は納得したような声を出す。俺はその時の表情を見れなかった。
こいつの「ふーん」とか「へー」とかはどうも怖いのだ。要らぬ心配だと思っても、情報通で思慮もそこそこに深い。頭は悪いが。だから俺が素知らぬふりをしても、鷹瀬と何かあったことを知ってそうに感じる。
昴の一言からでは何も分からない。答えは表情に載ってるのだろう。少し息苦しさを覚えていると、昴が言葉を紡ぐ。
「ま、何でもいいや。また今度行こーよ」
強張っていた筋肉が弛緩したように感じる。昴の内心は知らない。けどとりあえず何か言われることは避けた。
「ああ、暇だったらな。今日は彼女に勉強看てもらったお礼でもしたらどうだ?」
「そうだね、そうさせてもらうよ」
そう言って細江とこの後の予定について色々と話し始める。受け答えする細江はいかにも嬉しそうに笑みを零す。
さてと……擬似的恋のキューピッドになった後、教室を出ていく。用事があるからだ。出ていく直前、細江が俺に向かって親指を立て、サムズアップする。
ふっ、と俺は笑う。これでいいんだ。付き合ってる内は彼女を優先して、幸せにするべきなのだ。友達とか幼なじみを優先すべきじゃない。そうでなきゃ『地獄に堕ちろよ』なんて言われてしまうし。
掃除終わりで現在放課後。昼食がまだなのでお腹は確かに減っているが、染みが抜けるまではメシが不味いので、先に用事を済ませよう。
向かうのは待ち合わせに指定した新館の屋上。奇しくもその待ち合わせの相手は前回と同じ、鷹瀬カンナ。
憂鬱だなあ……。あまりの憂鬱さに歩調が遅くなる。まさに牛歩。けど嫌でも歩みを進めれば、いつか着くものであり、比較的二年生教室から近い新館屋上にはあっという間に着いてしまう。
一瞬の峻巡。だが迷ってもしょうがないと思い、屋上の扉を開ける。不思議と前よりも扉が重くなっている気がした。
「遅い」
付き合っている時、何度も聞いた不機嫌な声が鼓膜を揺らす。既に屋上に鷹瀬はいて、つまらなさそうに柵に寄りかかっていた。
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