星屑を詰めたボトルメッセージ

クロロニー

星屑を詰めたボトルメッセージ

 このメッセージがいつ、どこであなたに届くのか、私にはもう皆目見当がつきません。それでも一つだけ確かなことがあります。それは、五分後にあなたはきっと私のことを思い知る、ということです。

 エミリーという名前に聞き覚えはあるでしょうか? エミリー・ルーゲント。あなたはもう忘れてしまったかもしれませんね。十二、三のミッションスクールに通っていた頃のことを思い出してみてください。あるいは十四、五の頃の天体観測に明け暮れていた頃のことを。私、エミリー・ルーゲントはあなたのすぐ傍にいましたよ。ようやく思い出せましたか? あの頃の私は決してこんな落ち着いた口調ではなかったから、あなたはきっと困惑しているでしょうね。あの頃の私はもっとお転婆で、手のかかるお子様で、あなたの気を引きたくて必死でした。私のせいで三百年に一度の貴重な流星群を見逃してしまったこともありました。あの日、ひどい口論になってしまったことを私は昨日のことのように思い出せます。あの時は本当にごめんなさい。あなたに責められたくなくて必死だったのです。あの時に謝っていればあなたの信頼を失わずに済んだのに、あの頃の私はそれもわからないくらい愚かだったのです。もう覚えていないかもしれませんが、私はずっと謝る機会を探していました。この思いがあなたに届くことを願っています。

 私がこんなに落ち着いたのも長い歳月を経たおかげでしょうか。あるいは色んな国の言葉を覚えたからかもしれません。勉強が苦手だった私も、あれから沢山のことを覚えたのですよ。言語だけじゃなく、物理学も数学も地球科学も。結構時間がかかってしまいましたけどね。天文学は今でもまだまだ勉強中です。思えばあの頃も天文学だけは熱中して取り組めていたように思います。きっとあなたの教え方が上手だったからなのでしょうね。あなたに教えてもらった色んなことが人生の中でずっと、私を助けてくれていたのです。今も、そしてこれからも。

 あなたと最後に会ったのは確か私が十六の時です。街を出て国で一番の大学へと進学するあなたの背中を、私はただ見送ることしかできませんでした。それから数年の間にあなたは宇宙飛行士になり、惑星移住計画の先発調査隊に選ばれましたね。遠く離れた地で、あなたの活躍をまるで我がことのように嬉しく思い、そして一晩じゅう心の中でエールを送ったりしたものです。どうか無事に帰ってきてください、と。その願いを神様は決して聞き届けてはくれませんでしたが。

 あなた達のミッションのうち、最も重要なものが「地球に生還すること」でした。これは私だけでなく全人類が望んでいたことです。あなた達もきっと諦めることなく救難信号を出し続けていることでしょう。今も。しかし、あなた達が宇宙にいる間に地球の状況は激変してしまいました。全世界的に致死性の高いウイルスが蔓延し始めたためです。人類は互いに距離を置いたりすることで対策を続け、一時期は根絶寸前まで追いやったのですが、ウイルスは突然変異を繰り返し、元々致死率の高かった五十代以降に加えて生命力が低く隔離の難しい赤子に対して猛威を振るい始めました。結果としてこの数十年の間に世界の人口は十分の一。今もなお急速に減少し続けて、もう数年すると更に十分の一になるだろうと言われています。百年を待たず人類は滅んでしまうでしょうね。そんな状態では社会などとてもじゃないですが機能しません。それでも疫病から生き残るために最低限のところには人員を割いて、手の回らないところはどんどん切り捨てられていきました。救難信号がキャッチされないのもそのためです。人類は誰もあなた達の帰還を望まなくなりました。私を含めた一部の人達を除いて。「地球に生還すること」はもう重要な任務ではなくなってしまったのです。

 そう、あなたが出発してから地球ではもう四十六年三ヵ月もの月日が経ちました。リップ・ヴァン・ウィンクル効果――あなたは確かウラシマ効果と言っていましたね――のせいであなたが過ごしているであろう時間と私が地球で過ごしている時間は、もう決定的に違っていることでしょう。亜光速で進む計画だったわけですから、あなた達の方はまだ十年も経っていないでしょうね。もしかすると一年も経っていないのかもしれません。あの頃はあなたの方がお兄さんでしたのに、今となっては私の方がずっとお姉さんになっているというのは何とも不思議な話ですね。いえ、お姉さんではなくおばあさんと言うべきかもしれません。でも、今でも私はあなたのことをお兄さんだと思っていますよ。この人生で最も敬愛して止まない憧れのお兄さん。私の世界を空へ、宇宙へと広げてくれた、最愛の人。

 今でもこそこそと外に出てはふと夜空を見上げたりします。特別空が綺麗な日には、電磁波望遠鏡を動かす傍らで自作の天体望遠鏡を持ち出して、星空の隙間を隈なく冒険するのです。五年前、あなた達の宇宙船を恒星の光の中で偶然発見した時のように。

 宇宙の星々に比べて、私たち人間の作るものはあまりにも小さすぎます。あなたの乗る宇宙船もそうです。あまりにも小さすぎて拡大写真で見返しても全然わからないほどなのに、あの時あの場所で見つけられたのは予感があったからでしょうか? 四十年ずっと探していたのですから、神様がちょっとばかしオマケしてくれたのかもしれません。

 見つけたのが私で本当によかったです。今やみな地上のことで手一杯で宇宙へアプローチしようなどと考える酔狂な人間はほんの僅かです。どこの大学も医学や生物学、化学ばかりで、それ以外の部門や大学はこの数十年のうちに潰されるか潰れるかしました。そして知識を持っていた人はみなそれらの分野に転身するか、あるいはウイルスに殺されてしまいました。頼れるのは己のみ。幸いにも私は知識を持ちながら生き永らえておりましたので、あなたとコンタクトを取る方法を必死に考えました。幸いにもアイデアはすぐに出てきました。これは自慢ですが、確か一か月もかからなかったと思います。そもそも元々ある程度暖めていたアイデアだったので、細かいところを詰めるだけではあったのですが。量子テレポーテーションの原理と不確定性原理を応用すれば、情報の伝達が比較的広範囲に光速で行えるというアイデアです。このメッセージもそうやってあなたの元に届いているわけです。科学者としてもっと詳しい話を聞きたいでしょうが、これ以上はやめておきましょう。気になるのでしたら暇つぶしに考えてみてください。これは私からあなたへの挑戦状です。五十年分のね。

 少し脱線が過ぎましたかね? でも、この脱線もまた本題でもあるのです。私があなた達にコンタクトを取ろうと思ったのにはいくつか理由があります。――まあしかし、理由がなくともきっと取ろうとしたでしょうね。

 あなた達は今もまだ地球に帰りたいと思っているでしょうか? しかしそれは意味のないことです。四年前に宇宙船を発見した時、既にあなた達は何光年か離れた場所にいました。亜光速で急いで戻ったとしてもきっと人類は残っていないでしょうね。私も、もちろん。残念なことですが。それどころかウイルスは地球全土に満ちていることでしょう。つまりあなた達が大地に降り立ったが最後、死のウイルスがたちまち襲いかかるということです。あなた達をむざむざウイルスの危険に晒させるわけにはいきません。人類最後の生き残りとして、どうか生き抜いていてください。

「地球へ帰還してはならない」ことを告げる、それがこのメッセージの一つめの目的です。そしてもう一つの目的が、地球が放つこの光の欠片たちでこの広大な宇宙の隙間を僅かでも埋めることです。宇宙でのあてどない旅路は、とても孤独なものになるでしょう。その孤独な漂流のほんの慰めになればいいと思い、こうしてメッセージを宙に浮かべるのです。

 もうお分かりですね? メッセージはこれ一つではありません。これは言わば星の海に浮かべたボトルメッセージなのです。そこにあるのは私のメッセージだけではありません。色んな人のメッセージを集めて浮かべています。地球が恋しくなったらぜひ探してみてくださいね。

 なんて、他のメッセージを既に読んでもう知っていたかもしれませんが、念のため。

 あなたが最初に読むメッセージがこれであることを祈っています。

 エミリールーゲントより、愛を込めて。


 P.S.

 私はあなた達が生きていることを信じて疑いません。夜空に浮かぶ星の中の一つとしてあなた達の到着を待ち続けています。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星屑を詰めたボトルメッセージ クロロニー @mefisutoshow

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ