余裕



「いいか、ガイロ。Gランク冒険者ってのは依頼を出す人のこと、自分の住む街のこと、街の周りがどんな環境なのか、知らなきゃいけないことが山ほどある。それは街の教会に勤める私たちにも同じように必要な知識だ」


 この日は冒険者ギルドへ来ていた。ガイロの冒険者登録とルットマのパーティ探しだ。


「アジフさん、どうすればいいですか?」


「受付カウンターで教会から登録に来たって言えば通じるはずだ。登録料は教会持ちだから心配するな」


「はーい」


 元気よく返事して、ガイロが受付カウンターへ向かって行った。


「さて、ルットマの方は……」


「アジフさん、私、パーティくらい自分で探せますよ?」


 冒険者経験のあるルットマが声を上げた。だが、フリーで冒険者をしていた頃とは違う。その辺りを教えなければならない。


「別に俺が探してやるってわけじゃないよ。ルットマ、君は女性だ、それも教会所属の。ギルドから信用できるパーティを紹介してもらった方がいい」


「それはわかりますけど……」


「教会の仕事とパーティの行動予定を合わせなきゃならないんだ。理解あるパーティじゃないと無理だぞ? ただでさえ、薬草の生えないこの街で司祭は貴重なんだ。冒険者ギルドにとっても適当なパーティに入られるよりはありがたいはずさ」


 お、珍しく昼間の受付にロヤラがいるな。


「ロヤラ! 教会の新人のFランクパーティの斡旋を頼みたいんだ。見ての通り女性だから信用できるパーティをお願いしたい」


「アジフさん、こんにちは。そちらの女性ですね? 冒険者プレートを拝見してもよろしいですか?」


「は、はい! よろしくお願いします!」


 おっと、ルットマの背筋が伸びたな。異性の方がいいかとロヤラの受付を選んだのは正解だったか。同年代だし、ロヤラも顔の造りはいいからな。



 2人の教育は順調に進んでいった。やはり、初めから光魔法が使えるってのは大きい。ガイロはまだMPが少ないので補助要員だが、そんな中でもよくやってくれている。


「アジフさん、入れてもらったパーティで行きたい依頼があるんです。シフト代わってもらえませんか?」


「埋め合わせはしろよ」


「アジフさん! メイスを振りたい気分なんです! 鉄丸虫の退治に付き合ってください!」


「空き時間を調整するから待ってな」


 2人のフォローをしつつも


「礼拝中は皆スクワットするべきだと思うのだが」


「神への冒涜です」


 ゼンリマ神父の暴走を阻止する日々が続き、2人も次第に仕事に慣れ戦力になってきた。教会の仕事にも余裕が生まれてきていた。



 余裕ができて空いた時間によく訪れるのは、レッテロットの工房だ。


「可動機構は強度的に信頼性が足りないって言ってるだろ!」


 義足がジョイントで折れて、足に仕込んだ突起で攻撃するとか無理だろ!


「そんなこと言って、前にアジフの頼みで作った打ち出し式のかかとだって失敗だったじゃないか。あれ作るのにどんだけ苦労したと思ってんだい」


 踏み込みの強さでバネのロックが外れるアイデアは良かったはずだ。あんなに簡単に誤作動するとは。


「あれは惜しかった」


「バカ言ってんじゃないよ。とりあえず後ろ部分の横幅を広げた義足だけ持っていきな」


 頼んであったバネの強さと横幅を変えたマイナーチェンジか。でも、こういった少しずつの改良が一番大切なんだ。ギミックはレッテロットとの趣味に近い。


 本来、レッテロットは義肢職人ではない。魔道具職人だ。だが話をしているうちに、魔道具に関係ない事までつい頼んでしまう。まぁ、たとえ義肢職人に頼んでも関係ないって言われるかもしれないが。

 

 こうして義足の改良にかかれるのも、2人の新人の成長のおかげだ。



 鉱山の鉄鉱石の搬出日の朝、準備を進める教会に冒険者ギルドの職員が駆け込んできたのは、そんな教会のみんなに余裕が出てきた頃の事だった。


「サンドウォームが近くの砂漠に出ました! 特大です! 鉄鉱石の搬出は中止です。教会の応援を願いします!」


「むぅ、いかんな」


 ゼンリマ神父の眉間にしわが寄った。サンドウォームは大きさによって討伐ランクがAからDまで変化する魔物だ。特大A・大B・中C・小Dなので特大はAランクになる。


「ワシとペメリは砂漠に向かう。キフメ司祭はその後方で治療を。リネルとガイロは治療院で治療を続けるのだ。アジフは冒険者パーティと鉱山におるルットマを呼んできてそのまま治療院の治療に加われ」


「「「「「はいっ」」」」」


 皆がそれぞれに行動を始めた。教会の体制に余裕ができたからと、ルットマの「パーティメンバーと依頼に入りたい」って願いを聞いたのが裏目に出たか。

 いや、このイレギュラーの予想は無理だな。


 街の北門を出てひょうたん型の城壁のクビレ部分に入ると、左右にある城壁がまるで回廊のようだ。すでに搬出の中止の連絡は伝わっているようで回廊に鉄鉱石を運ぶ台車は見られない。


 だが、鉱山側の搬出の準備は進んでいたようで、鉄丸虫の落下音がここまで聞こえてくる。城壁内部に残る冒険者は低ランクパーティがほとんどなので、サンドウォーム退治には呼ばれていないようだ。


「来るぞー!」


 城壁の上から声がかかった。おっと、油断はできないな。

足を止めて上を見上げると、少し離れた所に鉄丸虫が落下してきた。


 直撃コースではないが念のため体勢を膝立ちに下げ、顔の前を腕で覆う。


 <ドンッ>

 5mほど離れた位置に鉄丸虫が落下し、周囲に土砂が舞い上がった。こんなの直撃したら痛いじゃ済まないな。

 パラパラと土砂が降り注ぎ、土煙から身体を伸ばした鉄丸虫が這い出し、そこにFランク冒険者が襲い掛かり、叩き潰した。Fランク依頼も楽じゃなさそうだ。


 気を取り直して立ち上がる。さらに進んで、開け放たれた鉱山の南門へと向かった。普段は人の通用門以外閉まっているはずなのだが、搬出の為に開けたのだろう。


 そこから鉱山エリアの中に入っていった。



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