祈トレ


明らかにおかしい。


 その後も途切れない患者に、夕方前にはとうとうペメリさんのMPが尽きた。教会にこんなに患者がくるなんて異常だ。そのまま何事もない様にキフメ司祭に交代したので、たまらず聞いてみた。


「こんなに怪我人が続出するなんて、街で何か大きな事件でも起きてるんですか?」


「毎日これくらいですよ。街の北に鉱山があって、そこで怪我人が出るんです。鉱夫も冒険者も」


「でも、ポーションで治せばいいじゃないですか」


「ポーションは貴重なんですよ。この辺りには薬草なんて生えてませんから」


「あ、そういえば」


 周囲は砂漠と荒野だけだった。無くしてわかる薬草のありがたみ。GランクFランクのみんな、ありがとう。



 夕方の礼拝すらも交代で行って、それでも怪我人は途切れなかった。


 結局この日は夜半前まで治療院に張り付き、ようやく怪我人が途切れた。鉱山が閉山になる時間らしい。


「夜中に患者が来たらワシを起こすようにな」


 ゼンリマ神父の言葉に辛うじてうなずき、部屋に入ってベッドに倒れ込むとすぐに眠ってしまった。


<リリリリリ>

 ……が、魔道具の音にすぐに叩き起こされた。裏口の呼び鈴ボタンと連動して音が鳴る魔道具だ。ずっとリネル君の担当だったそうなので、今夜は代わったんだ。


 裏口の覗き窓を開けると


「怪我人だ、頼む!」


「神父様を起こして来ます。待ってて下さい」


 ゼンリマ神父の部屋をノックし「怪我人です」と告げると、すぐに扉が開いた。


「明かりを頼む」


 と言われたのでライトの魔法を浮かべて患者を照らすと、骨折した冒険者だった。骨折する人が多いな。


 ゼンリマ神父は治療を終えるとさっさと部屋に戻って行った。


 結局その後は朝までに3回ほど怪我人が出て、ぐっすり寝た気がしなかった。

一日過ごしてわかった。これは緊急外来だ。


 しかも、ポーションの不足と怪我人の発生源の近さが教会の負担を上げている。ちょっとした前線病院のようでもある。過酷ってそういう意味だったのか。


 だが、冒険者稼業で夜営すれば、夜中に魔物に襲われる事はしょっちゅうある。それに夜の魔道具番は一日交代でいいのだから。


 それに、朝の礼拝のときの


「アジフさんのおかげで久しぶりにゆっくりできました」


 リネル君の笑顔には替えられない。少年の頃から過酷すぎる。



 その後も一週間ほどは治療院での仕事に加えて、祭事の準備や礼拝堂の掃除、礼拝日の準備や対応、後片付けなど教わりながらあわただしく過ぎて行った。


 全部をすぐに覚える事などできないが、生活のリズムがつかめてきて夜番の無い日には剣術の修行も再開できた。


 ゼンリマ神父に呼び出されたのはそんな頃のことだった。


「アジフ、ずいぶん慣れてきたみたいだな」


「はい、皆さんにも良くしていただいています」


 うむ、と神父は満足気にうなずいた。


「片足を失っていてもさすがは現役冒険者だ。予想より早いが、修行を始めても良いと思う」


 おお! ついに来た! 異世界に来てから8年。ついに魔法をこの手にする時が来るのか!


「いや、泣くほどの事はあるまい。何より習得できるかどうかはお主次第なのだぞ」


はっ! そうだった! まだ油断するには早い。


「すいません、つい感極まって」


「変わったヤツだ。それで魔力操作のレベルはどれくらいなんだ?」


「レベル10です」


「なんだ、それなら後は祈祷を捧げるだけではないか。修行はいるが、そう長くはかかるまいよ」


「よっしゃー! 魔力操作鍛えてきてよかったー!」


 全力のガッツポーズをしたらついでに口に出てしまった。


「お主、剣士なんだろう? やっぱり変わったヤツだな。今日からワシが修行をつけてやるが、教会の仕事もおろそかにするでないぞ」


「もちろんです、よろしくお願いします」



 その日から毎日の業務に加えて祈祷の修行が始まった。


「もっと腹から声を出さんか!」


「あ゛~~~~」


「そこで魔力と声をグルッと混ぜるのだ!」


「あ゛~~、いや、わかんないです」


 ゼンリマ神父は割と感覚派だった。


「魔力が腹で渦を巻くのはわかるな? 腹から出す声をそのまま出すのではなく、その渦と同じ方向に回してから乗せて出すのだ。さぁ! もう一度だ!」


「あ゛~~~~」


 感覚を掴めないまま、その日の修行は終わりとなった。



「とりあえず腹筋が足りん。腹筋100回やって今日は終わりだ」


「いや、腹筋は魔法と関係ないと思うんですが?」


 恐れてはいたが、やはりそう来たか。だが、いくら教えてもらう立場とは言え、譲れない事はある。人を筋肉回廊に巻き込もうとしたってその手には乗るものか!


「それは違う」


「え!?」


 違うの?


「腹筋を鍛えた筋肉痛は常に腹筋を意識させてくれる。つまりその分魔力と声に集中できるワケだ。たとえ魔法に直接関係なくても、世の中には無駄な腹筋も筋肉痛もありはせん。声に魔力が乗るまでに腹筋を割るぞ。わかったらさっさとやれっ!」


 直接関係ないって言っちゃってる辺り、理論派なのか感覚派なのかわからない謎理論だな。


 翌日には「腹筋と背筋は繋がっている」と背筋の筋トレが追加され 、さらに次の日には「健全な筋肉には健全な信仰と魔力が宿る」と、全身の筋トレが解禁された。


 修行をしながらも、相変わらず患者の絶えない治療院の仕事をし、祭事の手伝いをする。夜中に魔道具の音が響くたびに筋肉痛はいらないはずだと悪態をつく、そんな日々が始まったが、教会の仕事はそれだけではなかった。



 その日は昼からロクイドル冒険者ギルドのマスターを名乗る人物が教会へ訪れてきて、ゼンリマ神父と何やら話をしていた。


 話が終わって、ギルドマスターが帰ってから教会の皆が礼拝堂へ集められた。


「皆、明日は鉱山の搬出日だ。冒険者ギルドを通じて領主殿から教会に依頼がきた。まぁ、いつも通りだが、アジフは初参加だからリネルと行動してくれ」


「わかりました」


 そうは返事したが、何の事だかわからない。リネル君と一緒ならそれ程危険はないのだろうか。


「キフメ司祭は依頼の流れをアジフに説明をしておくように。アジフ、明日は念のため朝から鎧と武器を身に着けておけよ」


「わかりました」


 戦闘があるのかな? リネル君と一緒で大丈夫だろうか。後でキフメ司祭に聞いてみよう。


「では皆、明日は頼むぞ」


「「「「はいっ」」」」



 ゼンリマ神父の言葉で皆が解散した後、治療院で働きながらキフメ司祭から話を聞いておく事になった。


「そもそも明日は何と戦うんです? 魔物のように聞こえましたが」


「アジフさん、この街の鉱山から何が採れるかご存じですか?」


「たしか、鉄鉱石が採れるとか」


「明日はその鉄鉱石が運び出される日なので、それを狙って鉄を食べる鉄丸虫って魔物が集まるんですよ。冒険者なら聞いた事があると思いますが」


 あの転がるダンゴムシか。確か倒すと魔物を引き寄せるっていう。甲殻が鉄だと言っていたが、鉄を食べるのか。


「鉄丸虫に引き寄せられて他の魔物も集まる訳ですか」


「そうです、明日は忙しくなりますよ」



 そう言ったキフメ司祭は心なしか疲れているように見えた。


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