失った物


 堪えていた盾から伸びる糸を剣で切りつけると、両端から引っ張られていた糸が“プツン”と切れた。

 すると不意に力が抜かれたジャイアントスパイダーがのけぞり、バランスを崩し地面に落下した。


 ようやく地面に降りたな!  すかさず間合いを詰め剣戟を集める。とりあえず木の上に登られないよう牽制に剣を払った。


<カィンッ>

 硬い殻に当たるたびに森に鳴り響く音が煩わしい。8本の脚の前の2本で剣を受け、突いてくる。こちらの剣は一本、向こうは前の2本だが、手数で負けるわけにはいかない。


「うぉららぁー!」


 片側を盾で受け、連撃の速度で押すんだ! そうすれば!

 気合で押し返し、ついに1本の脚が連撃の圧力に負けて跳ね上がった。


「せいッ」


 前脚の内側の関節へ剣を打ち込み、切り飛ばした。よしっ後ろ脚は前方までは回るまい。これで頭が見えた!


<カンッ>

 残る一本の脚の攻撃を受けた盾が軽い音をあげる。


<シィィィッ>

 牙が開かれ口から糸が吐かれるが、見え見えだっ!  軽くかわすと、糸を吐きながらも避けようとするかの様に身をよじる、その頭めがけて剣を振り下ろそうとした。その背後から<ドンッ>と何かがぶつかってよろける。


「なっ!?」


 背後からぶつかってきたのはフォシッテだった。ジャイアントスパイダーは避けようとなどしていなかった。フォシッテを糸で捉えて引き寄せていたんだ。バランスを崩した、体勢が崩れる。


 隙を逃さず攻撃してくるかと思ったのだが、ジャイアントスパイダーはこちらを襲わず大きく跳んだ。


 かなわないとみて逃げたか!?


 そう思った。だが、ヤツが着地した先には驚き地面にへたり込むネビがいた。牙を剥き、ネビに襲い掛かるジャイアントスパイダー。ダメだ!この距離では走っても間に合わない!


「らぁっ」


それでも、届いてくれと走りながら手に持った剣を投げつけた。


<ズッ>

 宙を飛んだ剣は命中し、柔らかい腹部に突き刺さる。ジャイアントスパイダーは<ビクッ>と身を震わせた。しかし、それでもなおネビに覆いかぶさろうと前に進む。


 倒しほどの傷は与えられなかったが、一瞬の足止めにはなった! これなら間に合う!

 ジャイアントスパイダーの牙と口が開き、ネビに迫る。間一髪、そこに走り込み大きく踏み込んで噛みつこうとするその頭を蹴り飛ばした。


<ドカッ>

 跳ね上がるジャイアントスパイダーの頭と、足防具グリーブごと喰いちぎられた自分の右足。


「ぐぁぁっ」


 右足に灼けるような痛みが走るが後だ!腰から抜いた短剣を、膝立ちから跳び込むようにジャイアントスパイダーの頭部へ


<ズシュリ>

埋め込んだ。


 巨大なクモの頭が地面に落ちるが、まだ足はピクピクンと動いている。抱き着くように首筋の継ぎ目にショートソードを刺し込むと、ようやく全ての動きが止まった。



痛ってぇぇぇー!!


「ぐぅぅ」


 だが、男の子なのだ。口を噛み締め、傷口を押さえながら鞄からポーションを


「こ、これ!」

「ぐあぅっ」


 ネビが差し出したポーションを足にかけ、鞄から出したポーションを飲み干すと、傷口の痛みが次第にやわらいだ。


「はぁはぁ…」


 なんとか傷口は塞がって血は止まったようだ。

傷口を確認すると、右足のふくらはぎより下がごっそりなくなっていた。切断された部位はポーションでは繋がらない。やっちまったよ、どうするんだコレ。



「あ、あの」「お、おれ」


ああ、2人とも完全にパニックでおろおろしてるな。


「フォシッテはジャイアントスパイダーの解体を、魔石と牙と破れてなければ糸袋を取ってくれ。ネビは杖にする手頃な枝を……杖じゃ足りないか。枝をいくつか集めてくれ」


「「は、はい」」


 ジャイアントスパイダーの牙には毒があるからな、一応解毒ポーションも飲んでおくか。



 枯れ枝を集めて火を作り、木工スキルを駆使してネビの集めた枝を組み合わせ、不細工で応急的な松葉杖を作った。

 完全に片足だと辛いので、足に革を巻いて上から木の棒を縛り付けた。ぐらぐらして体重はかけられないが、バランスの補助くらいにはなりそうだ。村までなんとかこれでたどり着きたい。


「あ、あの、すいませんでした」


 ネビが再び頭を下げる。


「そういうのは村に着いてからでいい。見ての通り、俺は戦えないから君たちが頼みなんだ。すまないと思うなら索敵を切らさないでくれ」


 すっかり暗闇に沈んだ森を見まわした。のんびりはできないな。


「光よ、ライト」


 頭上に手を掲げ、ソフトボールほどの光源を浮かべた。自分一人なら暗視のスキルでよかったのだが、戦力がこの2人ではそうもいかない。


「司祭様なのですか?」


「いや、ただの信徒だ」


 膝をついて片足で起き上がり、松葉杖の感触を確認した。ちょっと短かったかな?



 暗い夜の森を三人で進む。一人が松葉杖なのでペースが上がらない。夜の森なんていくらでも過ごしてきた。だが武器を持てないってだけでこんなにも心細く見えるとは。

 見えない木の陰に魔物がひそんでいる気がする。ざわめく樹上から狙われている気がする。


 不安に押しつぶされそうだ。

 傷をふさいだはずの足先がじくじく痛む気がする。

 剣に大金をつぎ込まないで先に防具を揃えればよかった。


今更どうしようもないってわかりきってる事ばかりが頭をよぎる。心が弱くなっているな。身体の一部を失って心にスキマでもできたのだろうか?


そんな事を考えていると、フォシッテが声をあげた。


「前方、ゴブリン2だ!」


 フォシッテの声にゴブリンたちが気付いてこっちを見た。


「グギャ」「ギャギャ」


「フォシッテ、声がでかすぎる。気付かれた」


「ゴブリンなんてどうってことねぇよ!」


槍を掲げフォシッテが前に出た。こんな奴に頼らにゃならんとは……



……ん?


いや、待て待て待て!なんで戦う事を諦めた俺、そうじゃないだろ!?

心が折れて、それで終わりと、そんなわけにいくかよ!



「どけ」


 低い声でフォシッテに告げる。


「いや、でもその足じゃ」

「グギャー!」


 ゴブリンが迫る、松葉杖を捨てて片足で立ち剣を抜く。


「どいて退がれ」


 殺気をも込めてもう一度告げる。その圧力にフォシッテが槍を構えたまま後ろに退がった。


「ギャギャ!」


 ゴブリンが無警戒に棍棒を振り上げ迫る。この足ではこちらからは前に出れないが、迎え撃つならやれない事はないはずだ。


「ギャッ」


 片足立ちのまま、下段に構えた剣をがら空きの胴体へ薙ぎ払った。後出しでも剣速が違うのだよ!

 振り払った剣に重心が流れるが、常に体幹に意識を残す。仕事してくれよ、並列思考。


「グギャーッ」


 両断したゴブリンの後ろから迫るゴブリンを、横薙ぎから上段に切り返した剣で袈裟懸けに切り降ろした。


 とと、振り下ろした剣に身体が持っていかれた。上体が流れると意識していても重心がずれるな。

 周囲に魔物は…なし、と。剣を拭いて鞘に納め、片足でしゃがんで松葉杖を拾った。



「さて、フォシッテ、ネビ」


「「は、はい」」


「悪いが、その様子ではまかせられない。先に村へ戻ってくれ」


「いや、でも、そんな」


 ライトの光源を消すと、辺りを暗闇が包んだ。 暗視スキルで目を凝らせば、いつもの夜の森が広がっている。暗闇から恐怖はもう感じない。


「命まで助けてもらってそんなことできません!」


ネビも声を荒らげる。


「仲間を失い、命を危険にさらした反省が見られない。この身ではこれ以上君たちの面倒は見られないんだ」


「ろくに歩けもしないくせに俺たちをお荷物みたいに言うなよ!」


「命がかかる戦いで、取れる優位は確実に取る。そんな冒険者の基礎もできない奴がお荷物でなくてなんだというんだ?」


 二人はまだ若い。冒険者の基本をちゃんと教わっていないのだろう。先達としてはこういった機会に指導してやるべきなのかもしれない。だが、この足ではそんな余裕はない。


「そんなに死にたいなら勝手にすればいい! ネビ! 行こうぜ!」


 松明に火を点けてフォシッテがネビの手を引く。ネビはちらちらとこちらを気にしながらも、2人は先を歩いて行った。



 心がチクリと痛む。彼らには悪い事をしてしまった。まだ若い冒険者の貴重な学ぶ機会を奪ってしまっては、孤児院のガキ共に合わせる顔がない。


 だが、彼らの実力では救出任務はまだ無理だ。こちらを助けようと張り切ればお互いに負担になってしまう。溺れる者が溺れる者をつかんではワラにもならない。

 酷なようでも、ここはそれぞれに行動すれば、彼らだっていつも通りの実力を発揮できるはずだ。



「さて、」


 そして自分も人の心配をしている場合ではない。松葉杖をついて遅いペースで夜の森を進んで行く。どこからか聞こえる虫の音、夜に鳴く鳥の鳴き声。森の空気はいつもと同じだ。



 警戒をしながらも進んで行くと、途中に魔石を抜かれたゴブリンの死体があった。彼らが倒したのだろう。その後は幸いにも魔物に遭わずに、村が見える位置まで戻って来れた。



 だが、ようやくたどりついた村はかがり火が焚かれ厳重な警戒がされていた。

  



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