黒馬
「まだ振られてますね。剣に意識が行き過ぎて相手のイメージがくずれてますよ」
そう教えてくれるのは指南役のコヒセミさん。ゴッツイ筋肉ででっかい両手剣を使う豪快な剣と、きめ細やかな心配りのできる犬獣人の良い人だ。趣味はガーデニングで夫婦で道具店を営んでいるそうだ。今度お邪魔しよう。
素振りとは言え、相手をイメージしてインパクトの瞬間に全力を伝えなきゃならない。当然空振りになるので、その後素早く次の動作へ移らなくちゃならないが、今までより重い剣に動作がぶれる。
インパクトの力を緩めれば次の動作に素早く移れるが、それでは素振りの意味がない。そう注意されている。
連地流の素振りは
・振り切った後、基本位に戻る(剣なら正眼)単振り
・振りきった後右回りに斬撃をつなげていく順振り
・左回りの逆振り
・左右を順番に入れ換えると描く∞と上下を入れ換えて描く8を右回りにつなげる順連振り
・左回りの逆連振り
の5種類。考えながらやっていると動きがバラバラになるので、考えなくてもできるようになるまで繰り返さなければならない。
次は縦と横に据えられた丸太に木剣で上下左右からのひたすら打ち込み。
最後に型稽古の寸止めなしの受けの相手。当然、こちらは型を覚えていないので、攻撃の前に打ち込む場所を声で教えてくれる。
両手剣や棍、槍も含めた色々な武器を相手にしなければならない。盾と剣を使って受けてさばかなきゃならないのでかなり実戦的。しかも受けの相手をしながら型を覚えないといけない。
新人の修練として、まず一通りの流れを教わった。スキル持ちってこともあって、初めとしてはかなりの負荷なんだとか。いきなりそんなに覚えられねぇよ。
ふらふらで宿に戻り、身体を拭いて食事を済ませると、倒れる様に寝てしまった。
翌朝は日の出と共に起きて、宿の裏で素振りをして井戸で身体を拭いてから食事をする。武人にでもなった気分だ、ふふふ……
宿を引き払い、次の宿に入り荷物を置いてから冒険者ギルドへ向かった。
周辺の地理を確認しながらEランク依頼を見ると、なるほど、確かに遠い。最も近くても徒歩で2日。常設依頼は該当がない。 だけどその分、1件辺りの依頼料は高い。採算は取れそうだ。
幸い、指南役のコヒセミさんが良い馬を扱っている牧場を教えてくれた。王都にも馬を扱っている業者はあるのだが、馬の扱いが悪くそこで買うのは素人らしい。
ただし、牧場まで辻馬車を乗り継いで2日かかる。やれやれだ 。
王都は広いので、予約のいらない辻馬車が多く走っている。値段も安く、都市バスの感覚に近い。乗り合い馬車は高速バスかな。
辻馬車で王都を回るのは思いのほか楽しかった。時計が無いので時刻表も当然ない。停車場でボケーっと待つのだが、それを見越して屋台が立っている。通常の屋台と違い、買う方はヒマなので世間話が始まる。しかも、そんな場所にいる屋台の店主に限って話上手が多い。
後ろに並ぶ人も普通なら前で世間話が始まったら文句を言うだろうが、ヒマなので世間話に混じってくる。おかげで色々な話を聞けた。こちらからの話で一番人気はアンデッド退治だった。話してるうちに、それほど強くなかったレブナントがレアモンスターの強敵になっていたのは許されるはず。
辻馬車の到着が残念に思えるほどだったが、2日目の昼には牧場へ到着した。牧場で購入したのは黒い牡馬だ。やはり男の友情が大切なのだ。名前は“ヒューガ”にしました。くろい馬のお酒の日向からもらった。
牧場主の紹介で、牧場の近くの革工房で馬具を買えた。その日は周辺で泊まり、翌日王都へ戻った。マイ馬なら1日もかからない。便利って素晴らしい。
次の日、午前中に連地流の道場で素振りのチェックをしていると、声をかけられた。
「なあ、君」
声をかけて来たのは以前キジフェイで会った女性だった。ついに来たか。
「はい、なんでしょう」
「以前どこかで会わなかったか?」
「……心当たりはありません。気のせいではないですか?」
「そうか、どこかで見た気がするんだが」
見覚えはあっても、確信まではしていないらしい。これならとぼけ通せるかな? 剣士だからなのか、男優りなしゃべり方をする人だ。
「今は修練中です。そういったことは終わってからでお願いできますか?」
「わかった、修練が終わったら話そう」
まだ逃がす気はないらしい。だが、とりあえず引き下がったので隙を見てこっそり抜け出し、速攻で冒険者ギルドへ行って依頼を受けた。
オーク討伐 Rank: E
村の周辺に出没するオークの討伐
オーク1匹:銀貨18枚
オークは村へ納品
5匹で依頼達成。上限は無し
ビヒレツ村 村長 ロイド
依頼票を剥がして、受付は空いていたがせっかくなのでエイリさんのところへ持っていった。
依頼票をみたエイリさんは困った顔をする。
「アジフさんこの依頼、受注指定はありませんが、パーティーの方がいいですよ」
そうでしょうとも、オークが複数って事は群れの可能性もある。でも群れじゃない可能性もある。情報が少なすぎる。
「受けるパーティーあるの?」
パーティーの方がいいが、パーティーでも受けづらい。そんな微妙な依頼だ。
困った顔がさらに困ってかわいい。仕方なく受注処理してくれた。
「気をつけてくださいねー」
そんな事を言っていたが。
ビヒレツ村までは馬で2日徒歩なら3…いや4日の距離だ。村に近づくとウルフが出てきたが、襲ってこなければこちらも相手にしない。迷っているようなら、当たらない弓で散らすと戦闘もなく村へ到着し、村長へ挨拶する。
「Eランク冒険者のアジフです」
「村長のロイドです。この度は依頼を受けてくださってありがとうございます。レリットのギルドにも依頼したのですが、受注されなくて困っていたのです」
やっと来たのがソロなので残念そうだが、そんな顔は見せずにそう言った。
「馬を預かってほしいのと、今回はオークを納品とのことなので荷車をお借りしたいです。あと、森の様子に詳しい人の話を聞きたいですね」
「馬は厩舎のある家で預かりましょう。寝床はウチの小屋を使ってくだされ。狩人のゼンドルという者がおりますので、そちらに案内します。荷車もそこで借りられると思いますし」
紹介された狩人は白髪まじりだが、筋骨のはった人物と、その息子らしき20前後の若者だった。
「狩人のゼンドルだ。2月ほど前からオークが現われ出して、少しずつ増えておる。罠にかかった獲物は食っちまうし、ヤツらは矢も通らんから逃げるしかない。すっかり春なのに肉が足りん。なんとかしてくれ」
「村長、数が増えていれば調査も慎重にしなくちゃならない。ある程度の日数を見ておいてください」
「わかりました。よろしくお願いします」
まだ日が高い。荷物を小屋に置き、名前の割におとなしいヒューガを預けてから荷車を借りて早速森へ入って行った。
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