初戦闘(後)


 まぁ、ウサギがそんなこと言うはずがないのだが。


 しかし、殴ってはみたものの、まったく手応えがないのはまいった。まさか打撃は無効とでもいうのか。

 どうするかなど考える時間を与えてくれるハズもなく、ホーンラビットは再び突撃してくる。


「おっと」


 相変わらずの超スピードだが、今度はしっかり避けられた。3回も見ればわかるのだが、速さはあるが狙いがまっすぐなのだ。跳躍と同時に回避すれば十分避けられる。


 相手もかわされて警戒したのか、再び向かい合っててジリッジリッと間合いの奪い合いが再開する。激しい動の争いから一転して静の争いへ。


 殴って効かないのであれば刃物で勝負するしかない。頼れるのは右手にある小さなナイフだけだ。半身の構えの左右を入れ替え、左手での攻撃を諦めた。

 体勢を入れ替えた隙を逃がさず、ヤツが動いた。


跳躍が来る! しかしその程度…!


「お見通しだぜ!」


 と、突撃の方向から大きく回避した。


 しかし、ヤツはちょこん、と小さく横に跳んだだけで突撃はしていなかった。対してこちらは大きく回避して体勢を崩してしまっている。


「フェイント、だと!?」


 ヤツの目が嗤った気がした。


 サイドステップから狙いを定め、来る! 動けないオレとヤツの跳躍が交差し、血しぶきが舞う。


 舞った血は、ホーンラビットのものだった。


 ヤツは大きなミスを犯した。大きなチャンスだと思ったのだろう、頭を狙ってきたのだ。


 かつてみた弾丸を避ける映画のように後方に倒れこみながら、紙一重で回避したのだ。当然、そのまま後ろに倒れてしまうが、交差の瞬間に振り上げた右手に握ったナイフが運よくヤツの目の辺りを切り裂いた。


 確実に胴体を狙われていたら大きなダメージを負っただろう。ヤツが欲を出して勝負を決めに来てくれて助かった。


 とは言え、形勢が逆転したわけではない。こちらは仰向けに倒れてしまっているし、適当に振り回しただけの一撃は薄皮を切り裂いただけで、大きなダメージは与えていないだろう。


 半身を起こし確認すると、ヤツはゆっくり振り返るところだった。残念ながら目は無事で、左頬から真上に切り傷を付けるに終わっていた。


 相手にとっては、こちらが立ち上がり態勢を整えるまで絶好のチャンスであろう。


”マズイ”


 そう思ったが、襲って来なかった。

怪訝におもいながら立ち上がるとヤツは距離をとり、


「キュ」


 と、一声鳴いて振り向き、立ち去っていった。



「はぁぁぁ~」


 安堵のため息をつき、へたり込んでしまった。

見逃されたのだろうか…


「ステータスオープン」


 すっかり忘れていたステータスを確認すると、HPの表示が31/36となっていた。これほどやられたのに意外に減っていない。


「やはりHPをあてにするのは危険かもしれない」


 そんな事を思いながら、ふ、と空を見上げると空はすっかり夕暮れに色づいていた。



 こんなところで夜になってしまってはまずい、と気を取り直し街道へと戻り歩をすすめながら考える。


 あれ程のヤツが序盤のザコ敵なのであろうか……と。

いや、そんなはずはあるまい。察するにあれはフィールドに見合わぬ強さをもったレアモンスターなのではないか。異世界転生ゆえの引きの強さでいきなり強敵に出会ってしまうってのもありそうだ。

 そのうちに有名になればネームドモンスターになって付けた傷から“傷面スカーフェイス”とか呼ばれるんじゃないか。「あの傷をつけたのはオレなんだぜ」なんて話す日がくるかもしれない。そうしたら「な、なんだって!? あの“傷面スカーフェイス”に一撃入れるなんてやるじゃねえか」…なんて話になるかも。

 あれは宿敵、もしくは強敵ともとの出会いだったのではないだろうか。いつかお互いを認めあい、共に肩をならべ戦う日が来るかもしれない。そう思うことにした。



 幸いにも森はすぐに抜け、開けた景色の向こうに、木の塀で囲まれた集落らしきものが見えた。炊煙も上がっているし、間違いないだろう。まだちょっと距離があるが、なんとか野宿は避けられそうだ。

 気力を振り絞り、疲れた身体にムチを入れ少しだけペースを上げた。


 見た目では近いように見えたのだが、集落につく頃にはすっかり日が暮れていて、門はすでに閉まっていた。


 「開けてくれ!」


 そう叫びながら門を叩くと、門横の見張り台に人が登ってきた。


「どうしたい、こんな時間に?」


やはり言葉は通じるようだと密かに一安心しつつ、適当に言い訳することにした。


「盗賊に襲われて逃げてきたんだ。中に入れてもらえないだろうか?」


「お前だけか? 見たところ武器も持っていないようだが、一人でここまできたのか?」


「身ぐるみ剥がされたんだ、他は全員やられた。俺はその隙に逃げてきたんだ」


「……ちょっとまってろ、村長に確認を取ってくる」


 男はそう言うと、見張り台を降りていった。


しばらく待っていると見張り台に男が戻ってきて、周囲を確認した。


「今、門を開ける。ちょっと待ってろ」


そう言ってから、下になにか合図をしたようだ。

すると門が人が一人通れる程度開かれて、中から人があらわれた。


「入れ」


 声をかけられて中に入ると、武装した男が3人と明かりを持ったやや年配の男性一人に囲まれた。


「夜分にお手数とご迷惑をかけ申し訳ありません。盗賊に襲われ、逃げ出してきたのです。なんとか宿屋にでも泊めてもらえないでしょうか?」


 とりあえず先手謝罪で頭を下げた。

男たちは顔を向けあったあと、明かりを持った男性が一歩前に出て言った。


「こんな村に宿屋なんてありゃせんよ。まずは話を聞かせてもらいたいが、みればあちこち怪我をしてるようじゃないか。簡単な治療ならうちでもできるし、話はそれからにしよう」


「ああ! 治療まで! ありがとうございます!」


「ちゃんとした治療はできんからあんまり期待されても困るぞ」


 男性の後をついて行くと、周囲に比べ大きめの家へ案内された。どうやらこの集落で代表的な立ち位置らしい。中へ入ると、年配の女性が出てきた。


「あら?そちらの方は?まぁ!怪我してるじゃないですか!大変、手当しなくちゃ!」


 女性は傷を見るなり叫び、問答無用で拉致された。

上着を脱いで傷を見せると、痛かったが傷を水で洗われ、何やら塗り薬を塗られ包帯らしき布で巻かれた。治療の様子を見に男性が来た。


「どうじゃ? 具合は?」


「見た目は大きいけど、どれもかすり傷ね。心配いらないわ」


 そうだったのか。「こんなのかすり傷ですよ」とか言っておけばよかった。


 治療を終えるとテーブルに案内され、水を出されたのでごくごくと飲み干した。年配の男性と女性。そして30代中頃だろうか? 壮年のように見えるが、見た目が西洋人っぽくて年齢はよくわからない男性に囲まれる。


「さて、話を聞かせてもらおうか。お前さんはどこの誰なんじゃ?」


 年配の男性が切り出した。


「私は旅の者でアジフと言います。もともとこちらに来るつもりではなかったのですが、盗賊にさらわれて運ばれていたところに馬車が通りがかり、私は縛られて放り出されました。隠しもったナイフで縄を切り逃げ出してここまで逃げてきたのです」


 うそっぱちだが、異世界から来たって言うよりはまだマシだと思う。無用に正直者を気取るつもりもない。


「わしはここの村長でナイルと言う。こっちは妻のメフィカ。そこにいるのがゲインじゃ。それで、今日はそんな馬車はこちらに来ておらんが、どんな馬車でどうなったんだ?」


「森に潜みながら進んでいると、盗賊が馬車を引いて戻ってきてすれ違いました。来た時は3人ほど乗っていたように見えましたが、戻ってきた時には子供が一人と盗賊が一人荷台に乗っていただけで、しばらく進んだ森の中に3人の遺体が」


「ナイルさん…これは…」


「うむ、デストのヤツかもしれん。ルディも連れていったし、ギルドに依頼した護衛も2人だった。メリッサになんと伝えたらいいものか…いや、だがまだそうと決まったわけでもないしの」

「ちょうどデストもそろそろ戻ってくる頃だ。時期的にも合う」


 やっぱりあるのかギルド、そしてこの村に遺族がいるのか。これはマズい。


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