おっさん冒険者の地道な異世界旅

なまず太郎

プロローグ

 


 それはいつもと同じ帰り道。


 都市圏から少しだけ外れているけど、アクセスは程ほどによくて割と人気ある街だ。夕方で少し交通量は多いが渋滞するほどではない。

 愛着も何もない軽自動車を運転していた。昔は車に凝った時期もあったが、今では動けばいいと思っている。

 夕飯の買い物を近所のスーパーで済ませ、帰ったら半額シールのついた総菜をレンジで温めて食べるつもりだ。


 何しろアパートへ帰っても誰かが待っているわけでもない一人暮らしだ。わざわざ手の込んだ料理を作ったりしない。とりあず腹が満ちればいいのだ。46歳にもなって独身、派遣社員にもなると、すっかりあきらめが身に染み付いてしまった。

 今の仕事に特にこだわりはない、食事と同じ、とりあえず生活できればいいと思っている。


 スピーカーから流れる懐かしい音楽を聞きながら、ワイパーを操作してフロントガラスの雨粒を振り払う。片道一車線のカーブの途中、ワイパーの向こうに見えたのは、突っ込んでくる対向車のライトだった。


 それに対し、私のできたことは……


「は?」


 と、声を上げるだけだった。

来るであろう衝撃に身構えるまもなく私は目をつむった。



……そのはずだが、いつまでたっても衝撃がこない。

おそるおそる目を開けると、いつのまにか真っ白な空間に漂っていた。


「……なにがどうなった?」


 辺りを見渡してもただ白いばかり、途方に暮れていると、空中に光が現れた。


 初めは小さな点ほどだったが、徐々に輝きを増していき、目をすぼめなければ見られないほどになった頃、それは言葉を発した。


「斎藤 真一様 あなたを異世界へ招待いたします」


 その声は柔らかな女性のような声だった。......ふむ、異世界ときたか。これは噂に聞く異世界詐欺だろうか。詐欺手段の新しい流行としてワイドショーでやっていたが、あれは異世界に招待するメールが手段だったはずだ。


 こんな空間に拉致されるなど聞いた事がないし、手が込み過ぎている。そもそも、事故はどうなったのだ。


「すいません、いくつか質問してもいいでしょうか?」


 光に対し呼びかけると


「はい、どうぞ」


 と返ってきた。

ふむ、どうやらコミュニケーションはとれそうだ。だとすればまずしなければならないのは状況確認だな。


「私はどうなってしまったのでしょうか?トラックと衝突する直前までは覚えているのですが……死んでしまってここは死後の世界とかですか?」


「いいえ、あなたは死んでいません。事故が起こる直前にこの空間へ招待したのです」


 どうやら死んだわけではないようだ。とりあえずほっとした。あの状況なら死んでもおかしくなかった、というかほぼ死ぬ。奇跡的に死ななかったとしても無事であるはずがない。最悪の状況は回避できたかもしれないが、かといって楽観できるような状況でもない。


「助けていただいたようでありがとうございます。しかしなぜ私を?そして元の世界に戻ることはできるのでしょうか?」


 若者であれば「異世界キタ!!」と飛びつくかもしれない。しかし、こちとらいい歳こいたおっさんである。右も左もわからない世界よりもぬるま湯の現代が大好きなのだ。


「異世界へ転移させる人材を探していたところ、丁度死ぬ寸前の人がいましたので招待させていただきました。断られるのであればそのまま事故の直前へ戻すことになります」

 

 なんてこった! 最悪の状況回避できてなかった!

 思わず頭を抱え転がってみたが、そもそも地面がないので同じ場所でくるくる回るだけだった。


 う、うむ、軽く絶望したが、まだチャンスがあるだけよしとしよう。だが、このまま異世界に放り出されてもたまらない。できるだけ情報を集めねば。


「そ、その、異世界というのはどんな世界でしょうか?そこで何をすればいいのですか?」


「あなたがたの言うところのいわゆる剣と魔法の中世的世界です。そういった世界に異世界から転移すると楽しいことになる、とたくさんの書籍がありましたので実際にやったらどんなことが起こるか確認しようと思いまして」


 興味本位かよ!!

 だが、まあ戻っても死ぬだけなら中世ファンタジーも悪くない。そもそも夢も希望も家族もないのだ。


「……わかりました。異世界へおもむこうと思います」


「ご協力ありがとうございます。とは言えいきなり右も左もわからない所へ飛ばされても大変だと思いますので、最低限の初期サポートはいたします。差し当たって他に気になることはございますでしょうか?」


 初期サポート最低限なのか……頼りない。

 しかし、最近のおっさんはラノベも読めばゲームもする。なめてはいけない。


「その世界にはスキルやステータスは存在するのですか?」


「はい、もともとはなかったのですが、こちらの世界の書籍を読んで面白かったので担当神を任命して作りました。真一様にも1つだけスキルを差し上げます」


 世界を改変してしまうとは……ラノベの影響力恐るべし……

しかし1つだけか、これはよく考えねば


「スキルは選べますか? またスキルの他にもなにか基礎能力はありますか? 転移特典などはないのでしょうか? あと異世界でも言葉は通じますか?」


「スキルは選んでいただきます。基礎能力は人族46歳の平均値及び真一様の素質を加味したものとなります。スキルの選択が破格の転移特典だと思ってください。言語体系は違いますが、人族の主要言語“エラルト語Lv1”を付与いたします」


 お、言葉は通じるのか。


「異世界転移と言えば”鑑定”とか”収納”とか定番だと思うのですが……あとサービスで17歳くらいに戻ったりとか……」


「鑑定も収納もそれぞれ超強力なスキルとなります。あとそういったサービスは実施していません」


 さすが世界を改変するほどラノベを読んでるだけあって基礎スキルのチート性能を理解してやがる。しかし、異世界で46歳のおっさんにどうしろって言うのか。あたふたしている間にじいさんになってしまう。と、いうか多分それまで生き残れない。なんとか死なずに済まないだろうか。


「不老不死とかのスキルありますか?」


「不老と不死は別々のスキルとなっています」


 あー!おしい! 不死スキルなら死なずに済むかもしれないが、下手したらヨボヨボのじいさんになっても生き続けなければいけないかもしれない。さすがにそれは避けたい。不老スキルならとりあえず時間はかせげる。人として社会の中で暮らすのは色々問題ありそうだが、候補に考えてもよさそうだ。

 もしくは強力な戦闘系スキルで生き延びつつ、生活環境を整えるか、生活力のあるスキルを手にいれるか。


「スキル強奪やスキルコピーといったスキルはありますか? 他にもスキルを手に入れる手段はあるのでしょうか?」


「他の存在からスキルを手に入れるのはスキルシステムの禁則事項となっています。スキルは職業・訓練・経験・素質・その他の要素により獲得することができます」


 強奪系はだめか。スキルの獲得は可能、と。そうなると錬金や鍛冶なんかの後から手に入れられそうなスキルはもったいないな。

 そうなると不老スキルが第一候補かな……


 しかし、この歳になって新しい事を始めるのははっきりいってつらい。若い頃に比べて体も動かないし、派遣の仕事でも職場が変わると、仕事を覚えなおすのも大変だった。せめてあと少しでも若い頃なら……


 ん? 若い頃なら?


「若返るスキルとかあります?」


「ありませんが……スキルシステムには抵触しないようなのでそのスキルなら作成可能です」


 おお!行けるのか!人類の夢!世の女性のみなさまごめんなさい!実質不老スキルの上位互換だな!


「では、そのスキルでお願いします!」


「承りました。では真一様。最後にあちらの世界には漢字がありませんので、現在のステータスではお名前が“シンイチ・サイトウ”となっていますが、そのままでよろしいでしょうか?」


 む、異世界で和風名だと浮きそうだな。家名もあると貴族がらみで面倒なことを言われるかもしれない。昔RPGで使った名前に変えておこうか。


「名称は“アジフ”でお願いします」


 アジフライこそ至高だ。異論は各自で頼む。

自分の名前がそれでいいのかって? 問題ない(確信)


「では斎藤 真一様改めアジフ様ステータスの設定は以上になります」


「ステータスはどのように確認すればいいですか?」


「”ステータスオープン”と唱えて下さい。声に出しても念じるだけでも可能ですが、「ステータスオープン!」」


……? 何もおこらないぞ?


「……可能ですが、この空間はステータスシステムの圏外なので現地でご確認ください」


 ポーズまで決めたのだが、空振りだったようだ。割と恥ずかしい。話は最後まで聞けということだな、うん。

 ならば早速異世界にて確認しようではないか!


「……わかりました。そうさせていただきます」


「それでは転送させていただきます。よろしいでしょうか?」


「はい! お願いします!」


「どうかアジフ様の異世界ライフが良いものになりますように」



光はそう告げると輝きを増していき、目の前が真っ白になるのだった……


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