no,4

「やり方は俺の自由で良いんだよな?」

「それは任せる。細々と指示を出しても人間の器では難しいだろうしな」

「神に対して祈りを捧げる様にすれば良いのか?」

「それが一番良いが……まあ贅沢は言わん。祈りを捧げる習慣を広げれさえすれば満足しよう」

「で、どこぞのチビは高みの見物か? 正直、俺一人だと一生掛かってもどうにもならんぞ?」

「ふむ。それは確かにそうだな」


 人間一人の努力などたかが知れている。

 それを理解しているからこそ神は素直に彼の言葉に頷いた。


「解った。協力ぐらいはしてやろう」

「そうして貰えると助かる。まあお前が出て来て色々されると面倒臭いから……"困った時に手を貸してくれれば十分"だ」

「解った。それぐらいなら良いだろう」


 胸を張って鷹揚に頷く神。彼女とすれば懐の深さを見せたはずだった。

 が……敵の首を取ったとばかりにアオイは笑う。残忍な笑みで。


「早速で悪いが、"困った"ことに背中が痒い。掻いてくれるよな?」

「おい人間。何を言って……まて? なぜだ?」

「やっぱな。天使と悪魔は"契約"にはことさら厳しいんだよな? 絶対厳守が基本姿勢だ」


 背を向けるまでも無く……彼の背後に回った神がその手で背中を掻く。


「謀ったな!」

「騙される方が悪いんだよ。人質を取って調子に乗った自分を悔やめ」

「くぬぬ!」

「もうちょっと右かな? そうそこ。あ~上手だぞ」

「くそぉ~!」


 本当の意味での"神の手"で、アオイの背中から痒い場所が無くなった。


「覚えていろよ人間! この屈辱は決して忘れんぞ!」

「馬鹿だな~。もうお前は詰んでるんだよ」

「何を?」

「『困ったな~。何かエッチなことがしたい』とかお願いしたらどうなるでしょうか?」

「くぬぬぬぬ!」


 本当に詰んでいた。

 相手が『困った』と言って願ってしまえば無条件にどうにかしなければいけない。

 だが神とてうっかりすることはあっても馬鹿では無い。パチンと指を鳴らして彼の要望に応える。


「……暑いです。やっぱり海の中は気持ち良いです~」

「なに?」

「希望を叶えたまでだよ人間」


 下半身を人魚のそれにしたサラが上着を脱ぎ出している。


「エッチなことがしたいのであろう? さあ存分にそこの魚を抱くと良い。なぁ~いちょっとしたサービスで、性欲の方を上限無しにしておいてある」

「おまっ!」

「アオイ……あはは。アオイだ~」

「落ち着け馬鹿。腰にしがみ付くな!」

「あはははは。大丈夫です。いっぱい産むから楽しんでください」

「何を? 卵なの? 人魚って卵なの? せめてイルカの様な哺乳類であれ!」

「ククク。アーッハハ! さあ楽しめ人間よ」

「ちっ! 困った。とりあえずサラを元に戻せ!」

「ふむ。欲の無い」


 パチンと指が鳴ると糸の切れた操り人形の様に、セラは地面へと崩れ落ちた。

 意識はまだ回復していないのか気絶している様に見える。


 相手を抱き起して様子を確認し……アオイは安堵の息を吐いた。

 脱いだ上着を急いで着せる彼の様子に、神は満足気に胸を張った。


「調子に乗るなよ人間。知恵比べで我を出し抜けると思うな」

「思いっきり出し抜かれたくせに」

「……そんな日もある」

「まあ良いさ。お前って切り札をノーリスクで使えるようになりたかっただけだしな」

「ほう。では何か策を思いついたのか?」

「自分……頭は良い方なんで」


 そっとサラの額にキスをしてアオイは神を見た。


「コイツが持ってた絵本。あれってお前がこの世界に?」

「ああ。我には時間の概念が無いから聞いてると変に思うかもしれないが、人魚がこの世界に誕生して間もない頃にな……持って来て読んで聴かせた」

「後半を破いたのは?」

「子供に聴かせる内容では無いだろう?」


 軽く肩を竦める神の様子にアオイは苦笑した。まあ確かにそう言えなくもない。


「なら二つだけこの世界に持って来て欲しい物がある。厳密に言うと……一つと、もう一つはそれを作る材料全てかな」

「変な物でなければ手を打とう」

「醤油の材料とわさび」

「良し分かった」


 即決で相手が応じた。

 問題は海が近くに無いことだが、いつだか転移装置があるって話を聞いたし……まあどうにかなるはずだとアオイは楽観していた。

 わさびと醤油は魚以外でも十分に使えるし。


「ところでその魚は大丈夫か? 口から泡を吹いているが?」

「……カニと仲良く遊んでいる夢でも見ているんだろう?」


 ガタガタと恐ろしいほど震え、全身から血の気が引いているサラを彼は抱え持つ。


「で、わさびと醤油で何をする?」

「いや……それは俺のやる気を増幅する為の物であって特に関係無い」

「ふむ。ならばどうする?」

「簡単だよ。凄く簡単で……で、神よ? どこまでついてくる気だ?」

「うむ。いつ以来の地上か忘れるほど久しぶりの地上だ。少し遊んで行こうかと思ってな」


 パチンと指を鳴らすと、神の髪の色が黒く染まった。


「今から我はお前の"姉"だ。飲み食いは全てお前に回す」

「破産するほど豪遊しなければ構わんよ」


 金に関しては本当にどんぶり勘定なのがアオイだ。


「で、どうすればお前はこの世界に、祈りの習慣が広められると?」

「何度も言わせるなよ。実は"奇蹟"を起こせれば比較的簡単なんだよ」

「ほほう」

「宗教ってもんは古来よりトリック染みた"奇蹟"をネタに広まっている。こっちには本物の奇蹟が起こせるんだ。ならもう勝ったも同然だ」

「ふむ」


 歩きながらアオイはサラを抱き直した。


「それにまあ……不本意ではあっても"それ"を作ると、この馬鹿を護ることが出来るしな」

「大切にしているじゃないか」

「悪いか?」

「ああ悪いな。我に感謝の気持ちが見えん」

「言ってろチビ」

「なら言おう。我は言ったはずだ。『異なる世界で世界を学べ』と。お前の知らぬ本当の"家族せかい"をな」


 クククと笑った神は、隣を歩く眷属の背を叩いた。


「どうだ? 腕の中にあるその"家族"は?」

「不本意だが悪くない。まあ……これの為なら死んでも良いって思うくらいに」

「長生きしろよ人間。お前の寿命は長くしてあるからな」

「ヨボヨボになるまでこき使うなよ」



 後にアオイは……妻であるサラと共に300歳まで生きた。




(C) 甲斐八雲

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