十章 『最後の敵』
no,1
ぐっすりと寝た気がする。ただ嫌な夢もだ。
おかげで粗方の記憶が蘇った。殺意と一緒にだ。
起きようとしたアオイは、身動きが出来ないことに気づいた。
いや……両手でサラを抱きしめているせいもあるが、背後にはこれまた柔らかな感触がある。
最近夜な夜なやって来ては添い寝することを覚えたエスーナだろう。
一緒に寝ると安心出来るのかぐっすり眠れるらしい。
気持ちは解らなくもない。今朝の彼も人肌をこれほど感じられたから随分と深く眠っていたのだ。
ただ気軽に来られるとサラの秘密がバレそうだから、『馬鹿に寝ている所を見られたくない』と言って湯船をカーテンで目隠しできるようにした。
そして本人には極力湯船以外で人魚になるなと言ってある。
うん……と寝言と一緒に彼女が強く抱き付いて来る。背中に感じる胸の弾力が相変わらず凄い。
寝起きもあって興奮が止まらない。とりあえず両手でサラの胸を揉んでやり過ごすことにする。
「寝すぎたかな?」
「ビックリよね」
起きてみたら夕方だった。どれほど寝ていたのか怖くなる。
ザックリと数えれば24時間以上寝ていた計算になった。
食堂の方はキッシュが一人で回していた。
と言っても……客はまばらで、酒を煽り酔い潰れている者が大半だ。
世界が滅びるのを寝て過ごそうとしているのだろう。
「アオイたちは逃げないの?」
「逃げてどうなる訳でもないでしょ?」
「助かるかもしれないわよ。相手が遺跡から出て来なければ」
「無理でしょ? 建物の表まで冷気が来てるし……たぶん数日後にはここも遺跡の様な状態になります」
「そうなるのかしらね」
食事を作り終えたエスーナはカウンターを出てアオイたちと同じテーブルに着いた。
アオイ、サラ、エスーナ、キッシュの四人で食事を済ませ……そして時間を持て余す。
世界の終わりになるのか分からないが、そんな雰囲気が場をどんどん重くしていく。
「黙って座っててもあれなんで部屋に戻ります」
「あら? サラちゃんも逃げないの?」
「はい。……行く宛が無いので」
ペコッと頭を下げてサラは部屋に戻った。
エスーナも酔い潰れている者たちに声を掛けて回ると言って席を立つ。
残ったのはアオイとキッシュだ。
「……金を渡すからアイツを連れて遠くに行け」
「遠くに行って助かるのか?」
「たぶんな」
「訳を聞きたい」
「俺だったらたぶん封印が出来る。対価を払わんとならないけどな」
「対価とは?」
「使用することに対して見合うだけの物だ。世界を救うなんてモノに対して見合うのって何だと思う?」
「……サラフィーの夢は当たった訳か?」
「そうかもな」
やれやれと言った様子でアオイは天井を見た。
ドチビの魂胆から離れる訳だが……こんなふざけた"スキル"を与えたのが悪い。
使うなと言っていたことはこの際無視するが。
「あの子はああ見えて一途で真面目な子だ」
「だから?」
「……それだけだ」
アオイは席を立とうとしたキッシュの腕を掴んだ。
「悪い。一つだけ頼みがある」
「……分かった。聞こう」
部屋に戻るとまたベッドの上に馬鹿が寝ていた。
世界が終わるまで寝て過ごす気なのかと思いながらもアオイもベッドに向かう。
遺跡に向かうのは明日の朝と決めた。
夜は暗いのもあるが、現状モンスターがどんな活動をしているのか分からない。
確実にたどり着くには最善の手を尽くすべきだろう。
ゴロっと横になると……サラの手が伸びて来た。
撫でる様に纏わりついた手は、グイッと彼の顔を動かした。
「おまっ……首がヤバいだろう?」
「……」
擦り寄る様に近づいて来るその目は真剣そのものだ。
何を考えているのか良く分からない時があるが今がまさにそれだった。
「何がしたい?」
「行くんですか」
「……ああ」
「どうして!」
真剣な問いには真面目に答えるのがアオイだ。だから相手の言葉に素直に答えた。
「俺にはあれを封印する方法がある」
「今までに何度も封印されたかもしれないって、そう言ったのはアオイじゃないですか!」
「そうだな。でも何らかの手段を使って封印して来た結果……この村は何度も無くなっている」
「……」
「村が無くなればエスーナも困るだろうし、何より行く宛の無い人魚が二匹居る」
「ならみんなで逃げましょう! 遠くに!」
「それも悪くない。でもな……何か俺、ここの空気が好きなんだわ。馬鹿なことして、毎日平和に過ごしてさ。好きなんだよ」
「わたしもです。でもそれにはアオイも居るからです。一人でも欠けたらダメなんです」
ボロボロと涙を流してサラは言う。
「わたしはアオイとのこんな日々が好きなんです。ずっと一緒にこうしてたいんです」
「俺はお前の相手に毎日お疲れさんだけどな」
「だったら頑張って迷惑かけないようにします! アオイの言うことは何でも聞きます!」
「おいおい。この欲求不満な塊にそんなこと言うなよ~。大変なことになるぞ?」
「良いです。アオイが相手だったら……わたしは」
頬に触れていた相手の手が力んだ。
伸びる様に近づいて来たその顔が……今までで一番近くに在った。
唇にフルフルと震える感触が暖かかった。
「好きなんです。アオイのことが。わたしき人魚だけど……でも人を好きになったんです」
「ったく。お前は王子様を求めて地上に来たんだろ?」
「居ません。だからアオイがわたしの"王子様"になってください」
「無理だな」
「即答!」
「だって俺の親は王様じゃないし」
「あ~も~! 真面目に答えないで下さいよ! あれです! 雰囲気です! その場の空気です!」
(C) 甲斐八雲
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