箱庭の主人公

巡屋 明日奈

○月×日

僕は『主人公』だ。


一人の少年が椅子から立ち上がった。周りは殺風景な部屋だ。

扉の外側には貼り紙がしてある。

[主人公さん控え室]、安っぽい裏紙が風もないのに音を立てる。


もうすぐ次のシーンが始まる、もう行かなくちゃ。


主人公少年は静かに扉を開けると共演者他キャラクターの待つ方へと歩いていった。

彼は役者。

とある人の生み出す物語をなぞる道具ツールにして、その人の物語そのもの。

その人の紡ぐ物語を演じることだけが存在意義であり、生まれた意味。


主人公は共演者の元にたどり着いた。彼はそこに見覚えのない姿を見た。ファンタジーな衣装に身を包んだ役者たちの輪の中央に、その人はいた。

まるで喪服のような真っ黒なスーツを纏った、男とも女ともつかない人。不気味なまでに美しい笑みを浮かべ、その人は佇んでいた。


「あ、貴方が主人公さんですね?」


高いようにも低いようにも聞こえる不思議な声が発せられた。主人公はそれを肯定するように頷いた。


「これで全員揃いましたね。それではわたくしより連絡をさせていただきます」


その人はふわりと優雅にお辞儀をした。


「まずは自己紹介からですね。私、管理人と申します。様々な人の作品を管理するのがお仕事でして」


その人、もとい管理人は言った。


「今回もお仕事で来させていただきました」


完璧な笑顔で淡々と告げる。

不思議な雰囲気もこの美しさも、まるで天使のようだ。

その天使のような管理人は音もなく主人公に近寄った。

周りの草原舞台装置がそれに応じるようになびく。舞台装置もさらに晴れやかに輝く。

いかにも主人公、といった出で立ちの主人公と不気味なまでに美しい天使のような管理人。側から見ればまるでヒロインメインキャラクターと出会ったヒーロー主人公のような、そんな図。しかし主人公は得体の知れない緊張感を感じていた。


何か、用ですか?


主人公が恐る恐る訪ねる。管理人は仮面のような笑顔で笑い返す。


あの、お仕事で来たんですよね?何のお仕事ですか?

早めに終わらせてくれないと次のシーンができないんです。


主人公のその言葉に管理人が静かに返す。


「その必要は、ありません。」


……なんて?


「その必要はない、と言ったのです。貴方たちがこの続きを紡ぐことはありません」


管理人の言葉に主人公が眉をひそめる。その声が聞こえたのか、周りの共演者たちもざわざわと騒ぎ始めた。


「静粛に」


管理人の一言で主人公含め道具たちはすっと黙った。有無を言わせぬ何かをその声から感じ取った。

いつも演じる時に聞こえる、作者の声よりも凛とした強制力。


「所謂『打ち切り』というものです。貴方たちはこれにて消え、この世界小説もその後すぐに消えます」


その声を合図に、共演者たちの体がするすると透けてほどけていく。


打ち切りは、突然なもの。そりゃあ打ち切りなんだから突然で当たり前だ。


主人公もほどけていく自身の指先をじっと見つめた。そしてその目線を管理人に移す。

ほどける世界の中、管理人は初めと変わらない位置でただ立っていた。千切れた舞台装置が天使の翼のように管理人の背を舞う。


一つ、教えてください。


管理人が主人公を見つめる。


「何をですか?」


なぜ、打ち切りなんですか?つまらなかったのですか?


主人公のその問いに管理人は少し目を見開いた。そして僅かに俯く。


次の瞬間、主人公はほどける自身のことも忘れて慄いた。



天使管理人の素顔が見えた。




とても、怒っている。

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箱庭の主人公 巡屋 明日奈 @mirror-canon27

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