第二十話 納得

「な、なぜだああああああ!」


 鈴川と名乗った男が、尻で床を這う。

 抜けた腰を重荷に手足をばたつかせて逃げる姿は、滑稽を通り越して憐憫を覚えた。


「そんなビビんなよ。まるでこっちが悪者だ」


 必死に稼いだ逃げ道を、数歩で簡単に詰めていく。


「なぜだなぜだなぜだ! 何度も殺したはずだぞ!」


 康之にとっては聞き慣れた疑問だ。

 その時の気分によって答えるかどうか決めているが、最近は答えないことが多い。正直に話したところで信じてもらえないのが多いからだ。

 だから今回も答えることなく、ただ追い詰める。


何度も殺す未来を見た・・・・・・・・・・! そして何度も殺した! なのになぜ死なない!」

「……ああ、思い出した」


 その言葉で、ようやくこの男がどういった存在か思い出す。


「お前アレか、未来が分かるって奴」


 ホークアイからの事前情報だ。

 研究所で生み出されたミュータントの内、特に脅威となる一人に、確か鈴川という名前があった。

 能力は未来視。一度会ったことのある相手の数秒から数十秒先の未来を見ることが出来る、ミュータントの中でも特に珍しい能力の持ち主だ。

 鈴川と直接会うのは初めてだが、事務所襲撃の際に見られていたのだろう。隠れ家が見つかったのも、ホークアイ曰く恐らくこの男の能力だそうだ。

 思い出したことで納得した。


「通りでこっちの動きが読まれていたわけだ」


 鈴川とその仲間との戦いはひたすらにやりにくかった。

 鈴川は戦闘に参加しない代わりに指示が的確で、攻撃を当てることも避けることも難しかった。加えて相手は全員ミュータント。致命傷を何度も食らい、おかげで服がボロボロだ。

 苦戦はした。だが強敵ではなかった。


「悪いな。見せ場がなくてよ」


 幾ら鈴川の指示が的確でも、隙は皆無に出来ていなかった。

 心臓を刺し、首を裂き、手足を落とし、内蔵を零す。その都度に隙は生まれ、銃弾を叩き込む。不死身を利用した戦法であるが、殺して満足して動きを止める辺りまだまだ未熟だ。

 認めたくはないが、常暗であればそんな隙は生まれないだろう。そういう意味では常暗を相手するよりずっと楽な戦いだった。

 死ぬたびに仲間達の死体を増やして蘇る康之を、余程恐怖に感じたのだろう。鈴川はだらしなく涙と涎を垂れ流す。


「た、たすけて……! おれは、め、命令に従っただけで……」

「悪いが似た言い訳を最近聞いたばかりなんだ。新鮮味がない」


 眉間をブチ抜いた。

 久々に手に入れた静寂に、少しばかり気が抜ける。

 敵はどのぐらい残っているだろうか。人間もミュータントも相当な数を相手にした。いい加減諦めて撤退してくれるとありがたいのだが。


「各員現状報告。どーぞー」

『ホークアイ。援護を再開する』

赤髪レッド、常暗を倒したよ。今は捜索に戻ってる』

金髪ゴールド問題なし。ユキの場所が割れたわ。それと何人か閉じ込めたから、多少は楽になるはずよ』

「オーライ。ホークアイ、こっからの援護は最低限でいい。帰り道の為に弾はとっとけ」


 分かった、と素っ気ない返事が来て通信が終わる。

 場所が分かったのならユキの奪還も時間の問題だ。終わりが見えると途端に気持ちが楽になる。使い慣れた愛銃を両手に、新たな敵を求めて駆け出す。


『上から降りてきたのが次の角にいるわよ。右ね』


 索敵に感謝し、外周寄りに動いて速度を殺さずに角を曲がる。

 いた。

 上の階よりも長い間隔の廊下に六人が走っていた。

 先頭が、驚きながらも銃を撃つ。咄嗟に撃った為に狙いが荒い。

 康之は勢いを乗せた足で左の壁を踏みつけ、走った。


「なっ――」


 散弾であれば掠る程度の手傷は負っただろうが、得物はライフルで、康之の残影を貫くだけ。

 予想外の行動に、敵の誰もが反応出来ていない。

 三歩。壁を走るぎりぎりのラインだ。最後の一歩で、康之は全身を捻り回転を加えた。

 遠心力により滞空時間が増えた間に、両腕を伸ばし二丁拳銃の引き金を引く。乱射に近い銃撃は、逃げ場のない敵の頭上から雷雨の如く降り注ぐ。

 着地。

 同時に全ての兵隊が死体となって崩れ落ちた。


「やっぱり二丁拳銃こいつが一番だな」


 リロードし、次に備える。

 次はエレベーターから来た。

 帰りはこれを使うか。エミリーがクラッキングしている今なら止められる心配もない。

 早々に帰り道のことを考え、開いていく扉を見据える。

 中にいたのはミュータントだった。

 大柄だが、ホークアイの的になった奴やハルクに比べると小さい。康之よりも一回り大きくなった程度だ。

 白髪なのは当然として、他に目に付くのは特徴的な大きな背ビレ。巨大な鉤爪のような背ビレが連続して並び、頭上より高く聳え立つ。皮膚が硬化して背ビレになったというよりは、背骨が飛び出した印象をだ。

 背中の守りは丈夫そうだが、裏腹に前は普通の人間と大差ない。ここから銃を撃てば終わりそうだ。

 だからそうしようと銃を向けると、背ビレが動いた。

 前転だ。確かに後ろを向くより早いが、回転し終えれば元に戻る。

 眉を潜めながら前転を待つ。


「――終わらないのかよ!」


 前転は終わらなかった。

 回り、そのまま速度を乗せて動き出した。

 まるでスポーツカーから外れたタイヤだ。瞬く間に殺人的な加速に達した背ビレは、まっすぐな殺意を康之に向ける。

 障害物もカーブもなく、一直線に。


「マズイマズイ洒落にならん!」


 当たったところで蘇る。それは変わりない。

 だが両断されるのと、ミンチにされるのとでは回復速度が違う。

 綺麗に斬られればすぐに回復するし、切断された先があればもっと早い。

 対してミンチは肉をずたずたになる。複雑な傷は不死身であろう治りが遅い。

 あの背ビレだ。当たれば肉を抉られ、内臓を根こそぎ削り取られる。そうなれば囮としての役目は果たせなくなる。

 来た道を急旋回して曲がった角に戻る。

 直後、真後ろを背ビレが通り抜けた。


「ここに来て一番のスリルだな……!」


 背ビレが通った廊下は深く抉られ、荒い線を残す。

 道中にあった康之が倒した兵隊は見るも無残な姿で散らばっていた。肉片がほとんど残らない分、ホークアイの狙撃の方がまだマシだ。

 今の内に移動、と動いた瞬間、ゴリゴリと硬いものを削る音が大きくなっていることに気付いた。

 先程、康之のすぐ傍を通った音と、同じ音だ。


 ――この施設の部屋はブロック単位で分けられており、俯瞰して見れば長方形や正方形が並んでいる構造になっている。

 上とは部屋の大きさは違うが、構造は一緒だ。なら左に曲がり続ければ元の場所に戻ることが出来る。つまり


「戻ってくるのが速すぎだ!」


 背ビレが帰ってくる。

 焦り、しかし妙案が浮かぶ。

 背ビレが来る道は、康之がこの階に来た道だ。

 ならば背ビレと康之の間にはホークアイが開けた穴がある。


 ――飛び越えた。


「アリかよ畜生!」


 走った。


「おいホークアイ! 出番だぞ!」

『最低限と言われたからな……』

「やるなとは言ってないだろ!」


 走り、だが速度はあちらの方が速い。

 何度目かの角を曲がった後、適当な部屋の扉に手を出し入った。

 締めて部屋の隅で警戒していると、音が部屋を通り過ぎていく。


「こんな狭い場所で戦えるかよ、あんな奴」


 広い場所や障害物が多ければそれなりに戦えた。あるいは捨て身であれば、倒すことは不可能ではない。

 囮として危険なミュータントを引き寄せたのは成功と言えるが、流石にアレは相手に出来ない。ホークアイに任せた方が安全だ。


「で、ここはどこだ」


 一瞬、本の多さに図書室かと思ったが違う。

 棚はあるが、入っているのは本ではなく書類だ。それこそ本のように分厚いノートや限界まで入ったバインダーが隙間なく詰められている。

 タイトルを見ているとミュータントに関するものが多く、一冊につき一体のミュータントの情報が書かれているようだ。


「なるほど。確かに紙媒体の方が安心出来るもんな」


 データで保管していればエミリーが見つけていた。見つけてしまえばコピーも破壊も自由自在だ。紙で保管すれば直接手にしない限り盗みも破棄も不可能。そして一度燃やしてしまえば、敵の手に渡ることは永遠にない。

 紙での保管が、何よりも重要なものだと教える。

 まだ近くに背ビレはいるだろう。囮を続けるにも背ビレとは一旦距離を離したい。

 時間稼ぎに書類の壁を流し見る。

 書類は入り口に向かって古い順で収まっているようだ。奥に進むにつれて、書類に書かれた数字が小さくなっていく。

 一番奥まで行き、最も古い書類に辿り着く。


「これは……?」


『一ー一 エーデルワイス』と書かれた書類がそこにあった。エーデルワイスの能力を発見して研究が始まったのだからそれは不自然ではないのだが、隣にもエーデルワイスと書かれた書類がある。数字が増え『一ー二』と頭が変わっている。それ以上は無い。

 現在エーデルワイスと呼ばれているユキが『一ー二』だとすれば、『一ー一』は


「母親か」


 手に取り、開く。

 生年月日や家族構成といったプライベートなことから、研究所に拉致されてからの研究成果。胸糞悪くなる情報まで、事細かく記載されていた。

 拉致された当時だろうか。付属された古い写真を見ると、瞳に生気がないが顔付きはユキによく似ている。白い髪は色素が抜けたのではなく遺伝らしい。ユキも大人になればこのような美人になるのだろうが、この写真では素直に喜べない。

 一通り見て、もう一度最初のページに戻る。

 再び見るのは、家族構成だ。

 その中の一人の名前。とうに頭の片隅へ追いやったはずの記憶が叩き起こされる。


「どうりで、他人とは思えないはずだ」


 得心する。ユキを保護したのは、やはり間違いではなかった。

 続いて『一―二』を手に取る。

 両親の欄は記載されていたが、どちらも本名ではなく番号で掛かれていた。続く内容は母親とほぼ同じだが、子供だからか比べると優しくなっている。とはいえ中身は実験だ。中には虐待に等しいものがある。

 一定の年齢を超えると実験は大人しいものとなった。ミュータントの量産が安定したからだろうか。非道な実験は鳴りを潜め、時には教育すら行っている。

 少し安心した。実験自体は無視出来ないが、母親と同じ境遇では、あまりにも過酷過ぎる。

 そして母親のと同様に、ユキの書類にも目を見開く情報があった。


「はは……頭が追いつかないな」


 少し、色々な対応を変える必要が出てきた。

 とは言えユキを救出してからの話だ。書類を閉じ、元に戻す。


 ――それが合図かのように、壁が破壊された。


 入り口側の壁だ。書棚を巻き込み書類を散らし、現れる。

 背ビレだ。

 獲物を見つけた喜びからか、奇声のような雄叫びを上げる。


「――感謝してやるよ。お前のおかげで、良いニュースと悪いニュースが入った」


 乱入者に怯むことなく、振り返り向かい合う。


「良いニュースは長年の疑問が解消されたこと。――普通悪い方からとか言うなよ」


 銃を構え、指を掛ける。


「悪いニュースは、やっぱりお前らが気に食わないってことだ」

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