第四話 急なお仕事大歓迎


 背後からの銃弾の嵐を間一髪、コンクリートの裏に逃げ込んで一生を得た。

 だが、同時に逃げ場も失った。

 新幹線の線路の真下。分厚く出来ている線路を支える柱だが、左右はガラ空きで見通しが良い。一歩でも外に出たら蜂の巣だ。

 敵がどれだけ増えたか知りたいが、未だ冷めやらぬ銃撃に僅かでも身を晒す勇気はない。

 サブマシンガンを握り締め、加瀬は必至に生き残る術を模索する。

 加瀬が行っていた仕事は、簡単に言えば“荷運び”だった。

 とある組織の重要なモノを襲い、依頼主の言う通りに運ぶ。危険は伴うが金払いが良かったので二つ返事で請け負ったらこのザマだ。

 予想していたよりもずっと多くの伏兵がおり、荷物の奪取には成功したが次々と仲間が倒れた。荷物は別の仲間が運んでいるが、囮となったこちら側は全滅。

 頼れるのは予備のマガジンがなくなったサブマシンガンだけ。大災害前に使用されてたベレッタシリーズを模倣して作れたものだが、この状況を打開出来る程の性能は持ち合わせていない。出来ることと言えば精々が牽制程度に弾をバラまくだけ。

 いっそのこと投降すれば命だけは助かるか。だが仲間と、何より金と信頼を失う。最悪仲間は金で雇えるが、裏社会は信用を失えばそれだけでお終いだ。それに今回の報酬は目が眩むほどの大金だ。囮としての役目は十分に果たしたのだから、なんとしても逃げ切りたい。


「でもどうする俺……!」

「どうしようね。思った以上にピンチだよオタク」


 不意に聞こえた声に銃口を向ける。


「ストップ。ステイ。落ち着け敵じゃない」


 右隣の柱に、加瀬と同じく隠れている男がいた。

 男は両の掌を向け、害意がないことをアピールしている。

 まだ若いのに髪は真っ白で、来ているコートは逆に真っ赤。何故か腰に特撮物のキーホルダーが飾られていて子供っぽくも見える。チャラい、と言うわけではないが硬派でもない。少なくともこんな状況でもあくびが出るあたり余裕を通り越して危機感というものを感じさせない。

 どうしてこんな所にいるのか不明だが、手元の相棒より頼りがいがなさそうだ。


「どうしてこうなったか聞いても?」

「赤の他人とお喋りしてる暇はねえんだよ」

「死んだら誰にも喋れないぜ。今の内に愚痴っとけば気持ち楽になる。死んだことないけどな」

「お喋りな野郎だな」


 いっそのことこいつが身代わりになってくれれば助かるんじゃないか。ここまで来たルートを喋って銃弾の雨に打たれてくれないだろうか。

 そんなことを考えていると、途端に銃声が止んだ。

 先程までの五月蝿さが嘘のようだ。思わず男と共に柱の向こうを覗き見る。

 リーダーだろうか、一人の男が銃を肩に担いで前に出る。


「大人しく盗ったモンを返せ。そうすれば命だけは見逃してやる」

「何盗んだよ。あんなに怒ってんだから大人しく返したらどうだ?」

「……他の仲間が配達先に持ってったよ」

「貧乏くじを引いたな」


 失笑と共に同情された。腹が立つ。


「十数える。その前に出てこなければ……」


 武装した集団が左右に裂かれ、何者かが現れる。

 その何者かは近づくにつれ徐々に人影が大きくなっていく。

 大きく、そう、比喩でもなんでもなく、前に進むに連れてその姿は巨大化し、服ははち切れ、肌も変色していった。リーダーと並ぶ頃には、すでに親と子ほどの身長差があった。

 その姿はまさしく緑の巨人。荒れ狂う鬼の形相がそこにあった。


「こいつを突っ込ませる」

「おい見ろよハルクだ。良かったな、スーパーヒーローが来てくれたぞ」

「ふざけてる場合か! ミュータントだぞ! 殺されるぞ!?」


 ミュータント――新時代の化物だ。一見何の変哲のない普通の人間だが、異能の力や異形の姿を得る人外。その能力は個人によって様々だが並の武器では傷一つ付けられないミュータントもいる。――目の前のミュータントは、一目で分かる通りその類だろう。

 何故ミュータントが生まれたのかは、恐らくクラミツハが関係しているとされている。

 そもそもクラミツハ自体が未だ謎に包まれた存在だ。発見してから二百年経って分かったことといえば、エネルギー資源の代替品となることと、人体にとって有害ということだけ。

 それだけしか分かっていないというのも不可思議な話だが、今は関係ない。

 有害であるはずのクラミツハだが、何故かミュータントにとっては体内を構成する一つとなっている。クラミツハがどう影響して異能となっているかは不明だが、ミュータントの体内にある以上、何かしらの関わりがあるのは確かだろう。少なくとも大災害前は存在すらしていなかったのだ。

 ハルクとかいう存在を加瀬は知らないが、戦闘系のミュータントに挑むのは自殺行為そのものだ。もはや予言としか言いようがない死が絶望感となって腹の底から湧き出る。


「おい間違えるな。ハルクはミューテイトだ。どうでもいいけど」

「今更増援を呼んだところで遅いぞ」

「……あっれこれ俺も仲間判定されてる?」


 自分の肝はこれでもかと言うほど縮こまっているのに、何故この男はこんな状況でも余裕綽々としているのだろうか。


「なあ、モノは相談なんだけど」

「なんだよ俺の代わりにあの化物に殺されてくれるってか!?」

「ああ、うん、それでもいいけど」


 あっけらかんと、信じられないことを口にする。

 いやそんな。思わず口走ってしまった言葉だが、二つ返事していい内容じゃないだろ。

 カウントダウンの声も、加瀬が絶句する様子も気にせず、男は続けた。


「俺は便利屋ってのやっててな」

「便利屋……?」

「ああ、金さえ貰えればなんでもするよ。例えば……」


 ミュータントを指差し、


「怪物退治とか」

「……本気か?」


 とても正気とは思えない。あんな化物に勝てるとしたら……と、加瀬は気付いた。


「お前もミュータントなのか?」

「察しがいいねえ」


 男は悪戯っ子のように笑う。


「あそこまで厳つくはなれないけどね。こう見えてあの手との付き合いは長いんだ」

「信用していいのか?」

「しなくていい。ただ、彼が優しかったらどういう肉になるかぐらいは選ばせてくれるだろうさ。ミンチとか叩きとか。そういうの得意そうだろ?」


 想像すらしたくない。

 だがこの男もミュータントなら希望はある。どれほどの実力を持つかは分からないが、アレを前にして余裕があるのだからそれなりに自信があるはずだ。

 生き残れると思うと、自然とやる気が出てきた。


「報酬はすでに貰ってる。後払いでいいか?」

「交渉成立だな」


 リーダーが十を数えきる間際、男が意気揚々と前に出る。

 手には二丁拳銃。表情は先程と打って変わって猛禽が如く鋭く勇ましい。


「ようハルク。ここにはアベンジャーズもXメンもいないが俺が痛――――――――――!!」


 何時の間に近づいたのだろう。まだカウントの途中だというのに間近にいた巨人に男はワンスイングで吹き飛ばされた。

 柱と柱の間を縫って、男は文字通り空へ飛んでいった。


「嘘だろテメエ――――!?」


 あんな自信満々なのに一瞬でやられるとか前座以下じゃねえか!

 気付けば男はもう米粒程度の大きさ。距離も高さも助かる見込みはない。

 あんまりな出来事に、半ば思考停止状態で立ち尽くす。もう何も考えられない。

 だから、まったくの無抵抗のまま巨人に捕まった。


「やっべ……!」

「ああなりたくなければイえ」


 巨人化の影響なのか、妙に舌っ足らずな発音で言った。


「ガキはどこだ」


 だからといって迫力が消えるはずがなく、目が合った瞬間に絶望が舞い戻った。

 巨人の手は巨体に相応しく大きい。片手で加瀬の胴を握り込めるほどに。同じぐらいの体格の男があそこまで綺麗に飛んでいったのだ。このまま握り潰すこともきっと容易いだろう。

 現に恐怖で黙っている加瀬に、巨人は握る力を更に加えた。

 人力の万力は余分な力を逃がすことなく全方位から隙なく圧力をかける。まるで大蛇に締め付けられたように、肉だけじゃなく骨ごと内臓が潰された。肺から搾り出すような悲鳴が出る。


「ぎあああああああぁぁぁぁ――――!」

「イえ、ハヤく」

「言う! 言うから、助けてくれぇ!」


 痛覚によって死をイメージしてしまえば、渋っていた情報さえも簡単に吐き出してしまう。それが苦しいものであれば尚更に。

 これが訓練された人間だったらそのまま死を選んだだろうが、加瀬はただのギャング崩れだ。そんな根性も度胸も持ち合わせていない、ただの金に目の眩んだ三下だ。

 観念すると言いやすくするためか、僅かに力が緩む。

 まだ圧迫感は凄まじいが、呼吸は楽になった。


「いえ」

「……荷物は、ガキは仲間が依頼主が言う所へ……持ってった」

「依頼主ってのは何処の誰だ」


 気付けばリーダーの男が近づいて、巨人の代わりに質問した。


「それは……知らない」

「おい」

「ま、待ってくれ!」


 握力が強まるのを察し、リーダーを止めた。


「本当に知らないんだ! 俺は依頼を受けた奴から下請け依頼されて、あのガキを攫ったらとある場所に持って来いと言われただけだ!」

「その場所は?」

「……八百万という便利屋だ。古いアパートを利用した店らしい」


 行ったことはない。しかし今回の協力者が場所を知っていて、仲間がその通りに進んでいるはずだ。

 リーダーは答えに納得すると、部下に追うように指示を出した。

 蜘蛛の子のように散る部下達を見送ってから、加瀬と目を合わせる。


「さて、吹き飛ばされたくはないんだったな」

「あ、ああ。知ってることは全部話した。だから助けてくれ……」

「そうか。全部話してくれたか」


 そう言ってニヤリと笑い。


「叩きつけてやれ」

「まっ……!」


 静止の言葉をかけるより早く、加瀬は急速に地面に接近した。

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